第2話 2
開け放たれた隊舎の入り口から風に乗って。
笛の音色のような、澄んだ風切り音が聞こえてくる。
まるで曲の一節を繰り返すようなこの音は、悟が素振りする鳴刀が奏でる音だ。
あたし、この音色、好きだなぁ。
刃に刻まれた溝を通る風が、振るう角度によって音の高低が変化する。
そこに魔道を通せば、古式魔法が喚起されるはずだ。
魔道器を自作する素材集めに、あのゴミ山に行くようになって、あたしはすぐにこの音色に魅せられた。
時には資材集めそっちのけで、廃材に寝そべって、聞き入っていたりもしたよ。
あまりにも真剣に、そして必死に素振りする悟に、あたしは声をかけられなくて。
まさかそのまま、半年以上が過ぎちゃうとは、思いもしなかったけどね。
作業を続けながら、鳴刀の音色に聞き惚れていると、そこに合いの手のように金属音が拍子を取り始める。
新たな曲に心を弾ませて、あたしは<若葉>用の外装をクレーンに吊るしていく。
「――おぃ~すっ! お、
「おつかれ~。悟なら須波と一緒に鍛錬中だよ」
やってきた平田の声に、あたしはクレーンを操作しながら返事を返す。
「なんか甲冑が届いてるんだけど、アレってあんたの?」
クレーンが移動始め、右大垂が<若葉>に装着された。
「おー、<迅雷>送ってくれるなんてなぁ。
右大垂の内腕が<若葉>本来の垂に噛み合ってるのを確認する。
その間にも、平田は固定器に駆け上がって、胴を開け放って、鞍を覗き込んだ。
「それ、<迅雷>って言うんだ?
やっぱり
今度は左大垂を移動させながら訊ねる。
「そそそ。さすが物部ちゃん。
よくわかったな!
守陵のご当主と、
元々は親父用にって、<疾風 三型>が贈られたんだよ」
<疾風 三型>というと、守陵家伝来甲冑を
「でもまあ、ウチの親父は今じゃ穂月家の番頭だから、甲冑は使わねえっていうんで、御家の
……大姉ちゃんから聞いたことがある。
穂月家の匠は、頭のおかしい連中ばかりだって。
あたしから見て、大姉ちゃんも相当頭おかしいと思うんだけど、そんな大姉ちゃんから見ても頭おかしい連中ってことだ。
「ずーっと雌型甲冑ばっかし弄ってたから、爺さん達、雄型甲冑がやってきて、はっちゃけちゃったみてえでさ、寝食忘れて遊び倒したんだよ」
平田の言葉が確かなら……あの<迅雷>という甲冑は、穂月家の頭のおかしい匠達が、持てる技術の粋を極めた作品という事になる。
「まあ、使うのが俺だから、戦力としては期待しないでもらいたいが、諜報工作用に特化された――分類上は特騎だな」
「――ハァ!?」
特騎なのに、諜報工作騎?
そんなコンセプトの甲冑、聞いたことがない。
「ちょっと、平田! 図面! 図面あるの?」
そんな珍しい騎体、放っておけるはずがないじゃない!
「あー、そっか。整備すんのは物部ちゃんなんだから、そういうのも必要になるよな。
でもわりぃ。
爺さん達、職人の技は身体で覚えるもんだつって、基本的に図面とか書かねえんだよ……」
「……穂月の匠は頭おかしいって、大姉ちゃんが言ってた理由がわかった気がする……」
これだけの甲冑を、図面なしで造り上げるなんて……
半目でボヤくと、平田は苦笑して。
「書かないだけで、書けないわけじゃねえから、後で送ってくれるように連絡しておくって。
で? そっちが物部ちゃんの甲冑か?」
尋ねられて、あたしはうなずく。
「そうよ。なんとか山岳訓練に間に合ってよかったわ」
そう答えながら、<若葉>の改造作業を再開。
「あー、お互い模擬戦には間に合わなかったもんな」
「ん? どういう事?」
「いや、<迅雷>、本当は先週には届いてるはずだったんだよ。
それがなぜか、今日になってようやく、だ。
物部ちゃんもそうだったんじゃねえの?」
平田の言葉に、あたしはクレーンを操作する手を止めた。
「――あんたもなの?」
無言でうなずく平田。
「なんか、嫌な話だね」
「な? ウラがありそうだよな?」
あたしはうなずきを返すものの。
「……でも、そうだとして誰が、なんの目的で?」
平田は肩をすくめて首を振った。
薄気味の悪い話だ。
「ん~、よくわかんないけど、用心の為に平田、あんた念入りに騎体チェックね。
あたしはこっちの作業が終わったら、他の騎体も見てみる」
「ええ!? 俺が!?」
「<迅雷>知ってるの、あんただけでしょ~?
とりあえず、同調して動作チェックしてくる!」
「うぇ~い……」
くたびれた声色で返事をした平田は、プレハブで戦装束に着替えると、<迅雷>の鞍に上がり、校庭へと向かって行った。
……歩行に支障はないみたいね。
隊舎から出ていく<迅雷>を見送り、あたしは再び<若葉>の改造に取り掛かる。
四ツ橋重工製の名騎<若葉 〇八式>は、練習騎であるにもかかわらず、その汎用性の高さから、即時実戦投入が可能な優れた甲冑だ。
大姉ちゃんが学生の頃には、旧式の<若葉 〇式>で局地侵災――
だから、その後継騎である<〇八式>も、当然、そのポテンシャルを秘めている。
「なんと言っても、外装アタッチメントが豊富なのが良いのよね」
それを活かしたあたしの設計を元に、実家の工房でお姉ちゃん達が造ってくれたのが、今取り付けている外装だ。
稼働展開式の佩楯を左右の腰に着けて、胴に追加装甲を据える。
最後にこの改造の目玉の、背部武装を装着させて、あたしは一息。
外装をボルトで本固定する為に、大型レンチを掴み上げると。
「――お疲れ様って、あら?」
信乃ちゃんがやってきて、小首を傾げる。
「甲冑が増えてる?
それに<若葉>が……」
小首を傾げる信乃ちゃんに駆け寄り。
「信乃ちゃ~ん! 待ってたよ~!」
レンチを掴んだまま抱きついて、あたしは外装の仮留めを終えたばかりの<若葉>の前に、信乃ちゃんを誘う。
「これから本留めなんだけどね。
これが信乃ちゃんの新しい<若葉>だよ~!」
「改造するって言ってましたけど、本当にやっちゃったのですか?
こんなに早く?」
信乃ちゃんは、変貌した<若葉 〇八式>を見上げながら、驚いたように尋ねてくる。
<若葉 〇八式>の青地の装甲に、追加された白の外装が良く映えている。
「へへん。これでも物部家の端くれだからね。
ブツさえ届けば、ちゃちゃっとね~」
「あなたって人は、本当に……」
苦笑のような微笑みを浮かべながらも、信乃ちゃんは優しくあたしの頭を撫でる。
「それにさ、あたしの甲冑もそうだけど、平田のも特騎らしいんだ。
クラスみんなが特騎なのに、隊長の信乃ちゃんだけ練習騎じゃ格好つかないでしょ?」
「では……?」
「うん。物部の刻印術の粋を凝らして、素体が<若葉>でも、特騎申請できる騎体に仕上げる予定!
明日の山岳訓練、楽しみにしててよ! ニヒ」
親指立てて、あたしは笑う。
「悟くんの<
「そこは御家じゃなく、あたしを褒めてよ~」
「はいはい。
それで、この子の銘は?
ここまで変わってしまったのなら、<若葉>ではないのでしょう?」
「ん~、実は考えてなかったんだよね。
あたし、昔から、銘入れとか苦手なんだ」
コレだって思って名づけても、だいたいお姉ちゃん達に笑われてきたから、苦手意識が強くなっちゃってるってのもあるんだよね。
信乃ちゃんは騎体を見上げて、顎に手を当てる。
「……なら、<
青地に白の外装からのイメージですが……」
「……<浮雲>……いいねっ!」
新武装のイメージにもピッタリに思えるよ。
「それじゃあ、銘も決まったところで、明日のミーティングを始めますよ。
悟くん達を呼んできますので、プレハブで待っててください」
そう言って、信乃ちゃんはプレハブに自分の鞄を置くと、隊舎の外に向かっていった。
あたしは
「……新武装、信乃ちゃん、喜んでくれると良いなぁ」
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