第2話 1
二年生になって一週間が過ぎた。
初日こそ、一日まるまる模擬戦に使われたものの、二日目からは通常授業も始まった。
防央校では、防人育成の教練課程だけでなく、いわゆる五教科の授業も行われる。
卒業すると、防人入隊試験の受験資格と同時に、高校卒業資格も得られるんだ。
普通の高校と違うのは、時間割に育成教練があるという点。
二年からは小隊員それぞれが、専攻が異なる者同士でクラスメイトとなる為、専門教練――実習などは、クラスが一緒でも時間割が異なることも出てくる。
要するに、終わる時間が違ってくるんだ。
武士専攻の僕は、基本的に肉体や魔道器官を鍛えるのが主目的となるので、実習授業が終わるのは、比較的早め。
――あとは各自、自主トレしておくように!
と、なりやすいんだ。
そんなわけで放課後を迎えた僕は、教室で鞄を回収すると、移動を開始する。
向かう先は隊舎だ。
この隊舎も、防人学校が普通の高校と違う点だろうか。
二年になると小隊ごとに、隊で使用する甲冑の整備蔵を与えられるんだ。
ミーティング用にプレハブも備えられた造りで、自然、生徒達の溜まり場となっていく。
甲冑での合戦訓練も行える広い校庭に面した、隊舎が立ち並ぶ一角。
『ん組』の僕らの隊舎は、校舎から一番遠い場所にあって。
全高五メートル前後の甲冑を収めるため、隊舎は天井の高い造りになっている。
整備用の工作機械なんかも設けられていて、ちょっとした倉庫のような造りなんだ。
甲冑搬入用のシャッターがあって、今はそれが開け放たれている。
今日は僕より先に、誰か来てるらしい。
「――おつかれ~」
いつも僕が一番先に来るから、そう声をかけるのが、なんとなく嬉しい。
「あ、悟、おつかれ~!」
返事は
駐騎場となっている隊舎の奥には、甲冑の固定器が五つ設置してある。
昨日までは<
そして、床には大量の大型コンテナが並べられていて。
「悟、見てみて! あたしの甲冑だよ!」
と、桔花は固定器の足場の上で、ツナギ姿で背後の甲冑を指し示す。
濃紫の外装に鎧われたそれは、白の面に白いたてがみをしていて。
垂は小振りな割に、佩楯は<禍津日>より大型で、脚をほぼ覆っている。
「――桔花って、甲冑使えたんだ?」
驚く僕に、桔花はVサインを見せて笑う。
「これでも弓も教わってて、それなりに戦えるんだよ?
そりゃ、武士科ほどじゃないけどね。
小隊行動するに当たって、甲冑は必要だと思って、実家に送ってもらってたんだ」
「へ~」
「でも、おかしいんだよね。
<禍津日>の外装と一緒に送ったって、お姉ちゃん達言ってたのに、この子だけ今日になっちゃってさ」
「配送トラブルとか?」
「ん~……そうなのかなぁ?」
いまいち納得が行かないのか、桔花は腕組みして首をひねる。
「それよりもカッコイイ甲冑だね。
武士科の授業で、基本的な量産騎や有名な伝来甲冑の事は教わってるけど、桔花の甲冑は何処の甲冑メーカーのものとも異なっているように思えた。
「ふっふっふ~。よくぞ聞いてくれました!
これはね、
ぶっちゃけ制御術式からいじってあるから、<巴>とは別物だよ。
銘は<
胸を張って、愛騎を誇る桔花。
「背中の翼みたいな機構はなに?」
僕は<鳴弓>の背後に回って、その背中から伸びた部分を指差す。
「あれこそ、この子の秘密兵器にして最大の特徴なの!
――でも、今はまだひみつ~。
明日からの山岳訓練のお楽しみっ!」
口に人差し指を当てて、桔花は本当に楽しそうだ。
「じゃあ、楽しみにさせてもらうよ」
そう言って僕は<鳴弓>の前に戻ってきて。
「これが桔花の甲冑だとして、あっちのは?
それにこのコンテナも」
僕はもう一騎の新たな甲冑を指差して、桔花に訊ねる。
紺の外装に黒のたてがみ。額には一角が生えている。
「平田のじゃない?
垂も佩楯も小型だから、素体はたぶん、<疾風>系列だと思うんだけど」
東北守護家の
カンちゃんの家の主家が
「で、このコンテナはね、信乃ちゃんの<若葉>を強化しようと思ってね。
実家から超特急で送ってもらったんだ」
と、<鳴弓>の固定器から降りた桔花は、コンテナを開いて見せてくれる。
白い外装が収められていた。
「信乃ちゃん家って、士族なのに伝来甲冑がないみたいでね。
――いや、あっても信乃ちゃんは次女だから、継承できないんだろうけどさ。
だから、ずっと練習騎を使い続けるつもりだったみたいなんだよ」
桔花は呆れたように肩をすくめる。
「どうせ指揮に専念するから、そんなに性能は必要ないし、夏休み明けからは<天女>に転換できるようになるから、<若葉>のままで良いってさぁ」
くるりと身を回し、僕に顔を寄せる桔花。
「技術官志望のあたしとしては、そういうのは放っておけないワケですよ。
だ・か・ら~、改造申請出しちゃった。ニヒ」
満面の笑みを浮かべて、桔花は腰に手を当てて胸を張る。
「そんなワケで、あたしはこれから<若葉>の大改造とか、明日のもろもろの準備に大忙しなワケなのですよ」
大変そうな言葉の割に、桔花は楽しげで。
「手伝える事があれば、手伝うけど?」
僕が訊ねると、桔花は首を振って、僕の背後を指差す。
「武士は鍛えてな~んぼ。
まずは日課の鍛錬をこなしてくるべきでしょ。
さっきから須波が待ってるよ」
振り返ると、隊舎の入り口に戦装束の光也くんが立っていて。
「――お話は良いのかな?
さあ、悟くん、今日も励もうじゃないか!」
彼は良い笑顔で、校庭を指差して、爽やかにそう告げた。
「あ、待たせちゃってたのか。ゴメン!
じゃあ、桔花。ちょっと行ってくるね」
僕が隊舎入り口に駆け出すと。
「頑張ってね~」
桔花は手を振って送り出してくれた。
僕と光也くんは、並んで校庭への階段を降りる。
あの模擬戦の翌日、光也くんはわざわざ僕らの教室に訪ねて来て、暴言の数々を謝罪してくれたんだ。
――噂を鵜呑みにして、君を侮辱してしまい、本当に済まない。
そう告げて、深々と頭を下げた光也くんに、僕は慌てたよ。
なんでも彼は、僕が能無しにも関わらず、実家の力で防央校に居座り続け、信乃を
けれど、実際に刃を交えて、それが噂にしか過ぎないと気づいて。
さすが
間違いを間違いと認めて、謝罪するなんて、中々できる事じゃない。
まして領主家の跡継ぎという立場があれば、なおさらだろう。
だから僕は謝罪を受け入れて。
僕と光也くんは友達になった。
そうして光也くんは、僕の武に近づきたいと、放課後に一緒に鍛錬するのを申し出てきたんだ。
一年の時はずっとひとりで鍛錬していたから、一緒にやってくれる人がいるのは素直に嬉しくて。
僕はその申し出を受け入れて、一緒に鍛錬するようになった。
「じゃあ、軽く流そうか」
と、僕と光也くんは校庭を走り始める。
「君の軽くというのが、この校庭を十周というのは、いまだにおかしいと思うんだ」
甲冑の合戦訓練もできる校庭は、普通の学校の校庭より大きく造られていて、トラック一周が約2キロある。
「いきなり長距離なのは、身体に毒だからね」
「……つまり、俺に合わせてくれてるワケだね。
なるべく早く、君の本来の鍛錬に耐えられる身体を作るよ」
生真面目に応える光也くんに、僕は苦笑。
「いや、僕としては、光也くんのお陰で掛り稽古ができるようになったから、助かってるくらいだよ」
一年の時は、素振りしかできなかったからね。
「それだって、俺は受けに回ってばかりだ。
現代戦が甲冑戦闘主体とはいえ、もっと鍛えておくべきだったと反省し通しさ」
「ホント、光也くんは生真面目だなぁ」
意外な事に、<満潮>であれほどの剣の冴えを見せていた光也くんは、生身での打ち合いでは僕に打ち負け続けていた。
――現代防人教育の弊害だね。
というのは、光也くんの言葉で。
甲冑戦闘が主体になった現代において、防人の武の鍛錬は肉体より、型の稽古に費やされるのだという。
「――甲冑相手でも、生身で戦おうとする君を、あの時は嘲笑ってしまったけれど、今なら君が本気だったと理解できる。
おそらく君は、生身であっても、量産騎くらいなら相手取れるはずだ」
「ええ? 褒めすぎでしょ。
あの時の僕はただ、必死だっただけだよ」
僕は手を振って、その言葉を否定。
光也くんの中で、僕はどれほど美化されているのか。
「いや、これでも俺は須波流大太刀術の師範代だ。
相手との力量差くらいは理解できるよ。
そう思わせるほどに、君の武は高みにある。
この一週間、君の鍛錬に付き合わせてもらったが、僕に合わせていてさえ、常軌を逸していると思える時がある」
そう言えば、一緒に鍛錬をはじめた日は、光也くんは途中で泡を吹いて失神しちゃったんだよね。
かなり焦ったよ。
だから、師匠に伝話して、光也くんに合わせた鍛錬メニューを作ってもらったんだ。
「師匠が言うにはね、一定レベルから上の防人を目指すなら、死ぬ気にならないといけないんだって。
僕は魔道器官が壊れてるから、人よりもっと頑張らないといけないそうだよ」
「それで本当に殺しにかかるような鍛錬を課すのだから、君の師匠というのは、よっぽどだね。
さぞかし名のある武人なのだろうね?」
「いやぁ、武人ではないかな。
僕の言葉に、光也くんは驚愕に目を見開いた。
「――上洲の
「そう。御家の関係で、子供の頃に兄さんに紹介してもらってね。
それから時々、
それ以外は基本的に、あの人の修行は伝話経由だ。引き籠もりの自由人だから。
「なるほど。あの御方なら当代上洲魔王で、壊れた魔道器官の治療も育成も経験があるだろうからね。
君の兄上は、そこに賭けたというわけだな」
「まあ、結果はご存知の通り、普通の甲冑を動かせないままだったけどね」
「……悟くん、自分を卑下するのは、もうやめた方が良い」
つい自虐的な言葉を口にする僕に、光也くんは真剣な顔でたしなめてくれた。
「その件はもう、理由が明らかになっただろう?
それに、君が手に入れたあの騎体は、誰にでも動かせるシロモノじゃない」
先日、光也くんは<満潮>を打ち負かした<禍津日>に興味があると言って、搭乗を希望したんだ。
けれど、光也くんは動かすどころか、同調すらできなくて。
「特騎の最上級である魔王騎を駆る僕でさえ、同調できない騎体だ。
それを手足のように扱える君は、もっとその武を、その魔道を誇るべきだよ」
「ハハ。ごめん。それにありがとう。
でも、こればっかりは性分だしねぇ」
苦笑で応える僕に、光也くんは不満げだ。
「まあ、その辺りの矯正は、加賀くんがなんとかしてくれるんだろう」
「……信乃って意外と黒いからなぁ。
僕、不安だよ」
この一週間で、彼女の性格はだいたい把握できてきたんだ。
見た目は上品なお嬢様な感じなのに、行動や言動はかなり黒い。
「――ブッ! 彼女にそんな事を言えるのは、君らくらいだよ」
思わず吹き出す光也くん。
「いやいや、本当なんだって。
昨日だってさ――」
徐々に茜色に染まり始めた空の下、僕らは談笑しながら走り続ける。
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