第1話 6

「――かんぱ~いっ!」


 再現都市訓練場から教室に戻ってきて。


 僕らはジュースで祝杯を挙げていた。


 外はすっかり夕暮れで、一年生達が寮へと帰っていくのが窓から見えた。


 くっつけた机の上には、購買で買ってきたスナック菓子が並べられていて。


 ジュースも含めて、これらは帯刀先生のおごりだ。


「それにしても悟!

 おめえ、やる時はやるって、俺は信じてたぞっ!」


 まるでお酒にでも酔ってるかのように、カンちゃんは僕の肩に腕を回して、そう称賛してくれる。


「いや、あれは<禍津日マガツヒ>のおかげで……だから、桔花きっかの功績でしょ」


 褒められ慣れてない僕は、くすぐったくてそう答える。


「――いやいやいや!

 たしかにあの子を動くようにしたのはあたしだし、鬼型素体は特騎として数えられることが多いけどさ!

 あの動きは、騎体がどうこうって話じゃないでしょ!」


 桔花が顔を赤くして、両手を振りたくって否定する。


「そんなことないよ!

 <禍津日>ってさ、僕が思い描いた通りに動いてくれるんだ。

 あんな騎体を直した桔花は、やっぱりすごいと思う!」


 功績を譲り合う僕らに、信乃が声を弾ませて笑う。


「悟くんは、もうちょっと自信を持っても良いかもしれませんね」


「――そうだぞ、悟!

 おまえ、今日の撃墜数断トツトップなんだぞ?」


 模擬戦後に発表された個人成績で、僕は学年次席の光也くんに十二騎もの大差をつけて勝利していた。


 それは二年全クラスの中で、トップという事で。


「そ、それは序盤で僕と光也くんがぶつかったからで、遭遇がもうちょっと後だったら、結果は変わってたんじゃないかなぁ」


 運が良かっただけだと思うんだ。


「……そもそもの話として――」


 そんな僕に、信乃がそう前置きして、手にしたポテチで僕を指す。


「悟くんが甲冑をまともに扱えないのは、あなたの武が恐ろしい高みにあるからです!」


「――は?」


 僕は驚いて、間抜けな声をあげてしまった。


「……僕の武が?」


 十年近く前のあの日、魔道器官を壊してしまい、兄さん達に防人には向いていないと諭されて。


 それでも諦めなかった僕を諦めさせる為だったのだろう。


 兄さん達は、僕を師匠に弟子入りさせたんだ。


 鍛錬はすごく厳しくて、苦しいものだったけど、それでも歯を食いしばって、ずっと続けて。


 けれど、防央校さきおうこうに入学した僕に待っていたのは、甲冑をうまく使えないという事実だった。


 防人として――やっぱり僕は、できそこないなんだと、そう思っていた。


 そんな僕の武が、高みにある?


「……姉様から聞いた話なのですが。

 かつて濃密な瘴気に魔道器官を侵されて、壊されてしまった後輩がいたそうです」


 瘴気とは、魔物が発する生物を侵す毒気どくけだ。


 防人は、この瘴気を避ける為に魔道干渉領域――ステージを開いて、魔物と対峙する。


 魔物が防人にしか倒せないと言われる所以ゆえんだ。


「彼女もまた、悟くんと同じように、女防人――当時は撫子と呼ばれていたのですが――を目指して、鍛錬を重ねて。

 結果、御家の伝来甲冑以外は、まともに動かせないようになったそうですよ?」


「あー、あねさんの話か!」


 思い当たる話だったのか、カンちゃんが両手を打ち合わせる。


「――隠された英雄……当代上洲かみす魔王の穂月ほづき紗江さえ様――それが、その御方の名前です」


「たしかに姐さん、<舞姫>以外使ってるの見たことねえや。

 てこた、悟って魔王騎レベルじゃねえと、騎体がついて行けねえってこと?」


 カンちゃんの問いに、信乃は微笑みを浮かべてうなずく。


「一年の時に、授業で見かけてから、わたしはずっと気になっていたのです。

 先生達や他の生徒は、悟くんが魔道器官に欠損がある為に、まともに動かせないと考えていたようですが、それなら――そもそも動かないはずでしょう?」


「あー、そうだよ!

 なんであたし、気づかなかったんだろ!?」


 僕も信乃に指摘されて、ようやく気づいた。


 甲冑とは、着用者の魔道器官を炉として稼働する、魔道武装だ。


 僕自身、魔道器官の出力不足で甲冑が動かせないと思っていたんだけど。


「逆だったんだねぇ。

 ――悟、キミ、強くなりすぎたんだよ!」


 両手を打ち合わせて笑う桔花。


「そして、そんな悟くんの力を引き出したのが、桔花ちゃんというわけですね」


 そんな桔花に肩を寄せて、信乃が優しくそう告げる。


「やだ、あたしは<禍津日マガツヒ>を直しただけだし!」


「うふふ。それがすごいんですよ。

 模擬戦後に、あの甲冑、先生達に回収されたでしょう?

 不正がないか調査する為だったそうなんですが……」


「ええ!? あれってそういう事だったの?

 あたしてっきり、新型騎の技術が認められたのかと思ってたよ!」


 腕を組んで、頬を膨らませる桔花の頭を撫でながら、信乃が続けた。


「ところが、工廠科の先生方でも、あの素体――どころか外装に用いられている技術さえも、理解できなかったそうですよ」


「そりゃそうでしょ。

 春休みにお姉ちゃん達にも手伝ってもらった、物部ものべ家の最先端技術の結晶なんだから!」


「本当にバカですよねぇ」


 信乃が黒い笑みを浮かべて呟く。


 それから手を打ち合わせて、僕らを見回し。


「さておき、今日は本当にお疲れさまでした。

 みなさんは、わたしが想像していた以上に優秀でした。

 だからこそ、わたしはみなさんに宣言したいと思います」


 そう前置きして、彼女は咳払いをひとつ。


 僕らも思わず、居住まいを正した。


「――『ん組』には、英雄になってもらいます」


「はあっ!?」


 驚きの声をあげる僕らに構わず、信乃は続ける。


「地位でも、家柄でも、血脈でもなく。

 そんなくだらない評価など気にせず――ただ、助けを求める誰かの為に、動ける誰か。

 本来あるべき防人を体現する部隊。

 わたし達が目指すのは、そんな部隊です」


 どんな想いが、信乃にそう言わせているのか、僕にはわからない。


 ……けれど。


 脳裏を過ぎる、ひとつの記憶。


 なにもできずに、泣き喚いていたあの頃を思って。


 僕は信乃にうなずきを返す。


「――それは助けを求められる誰か……」


 あの日、大怪異に覆われた空に、高らかに響いた希望の唄を呟く。


 この唄が、あの日の記憶があったから、僕は鍛錬を頑張ってこれた。


 桔花もカンちゃんもうなずいて。


「良いね。目標はでかい方が燃えるもんな!」


「あたしもいつまでも問題児扱いされたまんまじゃ、御家の評判に関わるしね」


 口々に告げるふたりに、信乃は再度、全員を見回す。


「落ちこぼれだって、人を救えると見せつけてやりましょう!」


 そして、彼女は同意を求めるように僕を見つめる。


「……英雄なんて、自信がないけど……」


 僕は頭を掻いて苦笑を返し。


「――やれるだけ、やってみるよ」


 いまいち自信を持てない僕は、いまはそう答えるのが精一杯。





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでで一話が終了となります。

 テンポ重視で、用語などの説明を省いている部分もありますが、後々、順を追って説明していきます。

 なるべく字面でイメージが湧きやすいようにしておりますので、ニュアンスで感じて頂ければな、と^^;


 一話は基本的に『ん組』の紹介をと考えて構成しておりまして、二話以降からそれぞれの掘り下げをして行こうと考えています。

 

 作者の他作品をお読み頂いている方はお気づきかと思いますが、そうではない方向けに少々宣伝。

 本作は、他作品との共通設定を踏襲しつつ、『唄う神器とわたしの魔法』と舞台を同じくしております。

 基本的に他作品を読まなくても楽しめるように書いておりますが、お読み頂くとニヤリとできるようなギミックを仕込んでいたりします。

 ちなみに唄う神器の続編というわけではありませんので、ご了承ください。


 なんとなく、テンプレ的な無自覚系無双モノを書きたくて始めた本作、引き続きご愛顧頂けると幸いです。


 「面白い」「もっとやれ」と思って頂けましたら、作者の励みになりますので、どうぞフォローや★をお願い致します。

 また、感想やご意見、ご質問など頂けましたら、可能な限りお答え致しますので、どうぞお気軽にお寄せくださいませ。


 それでは2話のあとがきにて

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