閑話
「――
再現都市訓練場の外に造られた管制塔内。
その中にある発令室で、『い組』担任にして学年主任の町村先生が、呻くようにしてわたしに尋ねてくる。
彼が指差すのは、室内に備え付けられたメインモニターで。
再現都市の各ブロックに配備した、偵察ドローンによる映像が投影されるそこには、今、戦場を縦横に駆け抜ける漆黒の甲冑が映し出されていた。
「――なんであんな騎体を『ん組」が持っている!?」
顔を寄せて怒鳴ってくる町村先生に、わたしは笑みを浮かべる。
「なんでもなにも、わたしはちゃんと騎体変更の可否確認をしましたよね?
言ったはずですよ。
生徒所有の甲冑を修理して使っても良いかって」
新任教師だと思って、話半分に嘲笑して許可したのはどこのどいつだったか。
わたしの記憶では、目の前にいる小太りな中年に似ていた容貌をしていたはずだが。
答える間にも、三山くんはさらに一騎撃墜したようだ。
本当にすごいね。
あんな曲芸みたいな甲冑制御をできる人は、わたしはふたりくらいしか覚えがないよ。
「――た、確かに許可したが!
あんな高性能な甲冑、『ん組』にあるなんて思わないだろう!?」
なおも食い下がる町村先生に。
「――はぁ!?」
あたしは席を立って詰め寄った。
「アレが! あの武が!
すべて甲冑の性能のおかげだと仰るのですか!?」
「――そうだとしか考えられないだろう!
三山 悟だぞ?
欠けた望月! 魔道器官が壊れたできそこないだ!
現にヤツは乗り換えるまで、まともに甲冑を動かせていなかったじゃないか!」
「――教師が生徒をできそこないと呼ぶのか!?」
わたしは思わず怒鳴った。
発令室に詰めた、他組の教師達の視線が、わたし達に注がれる。
「そうやって彼をちゃんと見ようとしないから、彼の実力を見誤るんだ!
なぜ、彼の努力を、武を評価してやらない!?
そもそも彼が甲冑をまともに扱えなかったのは、練習騎が彼について行けなかったからだ!」
高めすぎた武が、鍛え抜いた魔道器官が、甲冑の性能を置き去りにして、むしろ枷になってしまう。
そういう事案をわたしは知っている。
「あなた方が落ちこぼれと見放した三山くんに、同じく落ちこぼれとされた
なぜ、それを素直に評価してやれない!」
「――で、では、あの甲冑は物部が!?」
「そうです。あなたがガラクタ姫と揶揄した、物部ですよ」
彼女は物部の家の生まれらしく、一年時から様々な魔道器を生み出しては実験していたのだという。
そして、そのたびに騒動を巻き起こして教師達を悩ませ、問題児――落ちこぼれのレッテルを貼り付けられた。
「――ぐっ! だが! だが……」
「現実に、彼らは『い組』を下しているんです。そこは評価してもらいますよ」
なおも食い下がろうとする町村先生を無視して、わたしは席に戻った。
付き合ってられない。
いつの時代も古式派――血統主義者は面倒だ。
町村先生が三山くんを蔑むのは、魔道器官の欠損だけでなく、その生まれ故にだとわかっている。
どんな思想を持とうが構わないが、それを生徒に押し付けるのは違うだろう。
ため息をついて、わたしは目の前のデスクモニターに視線を向ける。
『ん組』を追尾するように設定されたモニターには、大将旗を背負った<若葉 〇八式>――
「――しかし信乃くんは、
彼女が執った作戦は、ひどく単純で――そして大胆なものだった。
装甲車の荷台に騎体を乗せて、駅前から移動。
あえて目立つように発光器――あれは物部くんの工作物だろう――を上空に打ち上げて、自らを囮にした。
バイクで小回りの利く平田くんが、斥候を担当して、敵位置を把握。
その情報を受けて、三山くんが強襲するという戦術で、次々に撃破していく。
「帯刀先生って、鈴乃様とお知り合いなんですか?」
と、わたしの呟きを聞きつけたのか、隣の席から小山先生が声をかけてきた。
わたしと同じ、今年からの新任教師で、わたしと同じように町村先生に目を付けられている、『と組』の女性担任だ。
「はい。
いまでこそ防人養成校は、男女共学になっているが、わたしが学生の頃は男女別だった。
男は
それが今のようになったのは、あの群発大侵災に端を発する戦術転換――甲冑主体の戦闘に切り替わったから。
甲冑を用いた戦闘ならば、そこに男女の別は存在せず、むしろ同じ教練を受ける事で結束が高まるだろうと、共学が推奨されることになったんだ。
撫子学校での日々を思い出すと、思わず頬が緩む。
苦しくて辛い事も多かったけれど、それ以上に輝かしい日々だった。
「鈴乃様と同級生! うらやましい~」
彼女はどうやら鈴乃くんのファンらしい。
彼女は
彼女に憧れる女防人は多い。
「鈴乃様に比べて、信乃さんが大胆って、どういう事ですか?」
尋ねられて、わたしはうなずく。
「鈴乃くんの戦術は、基本的に堅実なんですよ。
幾重にも保険をかけて、味方の被害をなるべく少ないように少ないようにと、策を張り巡らせるんです」
「さすが鈴乃様っ!」
両手を合わせて、身をよじる小山先生に、わたしは思わず苦笑。
「一方で、信乃くんは自身を囮に、敵を集め、味方を単騎急襲させています。
まあ、四人で手が足りないという理由もあるのでしょうが、鈴乃くんなら、有利な立地に
こんな見せつけるような真似をしない」
たぶん、あえてなんだろうけれど。
「……これだけの能力がある小隊なのに、なんで鈴乃さんはあえて『ん組』を選んだんですかねぇ?」
小山先生は頬に手を当てて、小首を傾げる。
「それはわたしも不思議に思いまして」
信乃くんが進級時に、学年主席として与えられた特権。
それは自身が望んだ小隊員を指定できるというもので、別に『ん組』を名乗る必要なんてなかったんだ。
極端な話、小隊員は今のままに『い組』を名乗る事だってできたはず。
けれど、彼女はあえて『ん組』を選んだ。
はじめは落ちこぼれと呼ばれている者ばかりを集めたから、他の生徒に気を遣ったのかと思ったのだけれど。
「……小山先生、いろは歌での『ん』の扱いを知ってますか?」
「えっと、最後に記されるもので、だから『ん』組は最底辺って思われてて……」
わたしに気を遣って、もごもごと告げる小山先生。
「ところが信乃くんは、そうは捉えてなかったようでして。
いろは歌で最後に表記されつつ、唯一唄われない音――それが『ん』で、だからこそ『ん組』は特別な隊なのだそうですよ」
『ん組』を組織した信乃くんは、最初から隊員達の力を信じていたってわけだ。
――落ちこぼれの集まりではなく、特別な隊として。
そんな話をしている間に、三山くんが駆る<
「やりましたね、帯刀センセ!」
自分の担任クラスが敗れたというのに、称賛してくれる小山先生は可愛らしい人だ。
一方、発令室内に詰めた他の先生達は、落胆のため息をつく。
底辺と見下していた、我がクラスの勝利がお気に召さないのだろう。
「――不正だ!
あの騎体になにかしらの細工がしてあったんだろう!?
そうでなければ、須波の魔王騎が敗れる事などありえない!」
町村先生が再び声を張り上げて。
彼に賛同するのは、古式派に属する先生達だろう。
わたしはため息と共に立ち上がり。
「――疑うなら、どうぞ調査なさってください。
あの騎体を理解できるのなら、ね」
わたしの想像通りなら、<禍津日>という
――<旧き者>達の遺物。
三山くんと物部くんは、校舎裏の資材廃棄場で見つけたと言っていたが……
どういう経緯で、そこにあったかはわからないけれど。
それを三山くんが見つけたという事に、わたしは符号めいたものを感じてしまう。
「……<
そして、そんな子らを導く立場であるという事さえ、当時と似通っていて、なにか運命じみたものを感じてしまう。
「――待て! どこに行くんだ!?」
立ち去ろうとするわたしに、町村先生が食い下がって。
「教え子達の勝利を労ってやろうと思うのですが、いけませんか?」
そう言い捨てて、わたしは発令室を後にする。
色々と考える事は多いけれど。
とにかく今は、教え子達の健闘を讃えたいと思う。
まずはそれからだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます