第1話 5

 地を転がり、建物に叩きつけられて、視界が空を捉える。


「――うわっ!?」


 崩れてきた建物から、這うように逃げ延びる。


 光也こうやくんの甲冑――須波すなみ家の伝来品、下洲魔王騎と名高い<満潮>の横薙ぎひとつで、<峰 零式>はすでにボロボロだ。


 同調している感覚が、痛みとなって左腕と右脚の不調を訴えてくる。


 見ると肩甲は砕け、脚絆も脱落して素体が剥き出しになっていた。


「……さすが<峰>は頑丈だなぁ」


 痛みを堪えて、思わず呟く。


 空中戦や高機動戦を主眼に置いた、現行世代の騎体と違い、それ以前の甲冑は正面からの格闘戦を主眼に造られている。


 練習騎にして量産型とはいえ、<峰 零式>もその流れに組み込まれていて、見た目の軽装さとは裏腹に、素体自体が頑丈に造られているんだ。


「――まだやれる!」


 騎体はまだ動くし、なによりこの手はまだ鳴刀を離してはいない。


 再び正眼の構えを取って、僕は<満潮>を視界に捉える。


『そんな無様を晒して、武士として恥ずかしくないのか?』


 光也くんは再び、肩に大太刀をかけて、嘲るように言った。


「――恥ずかしいのは、立ち向かうべき時に戦えない事だ!」


 僕は吼えて、地面を蹴った。


『――それでこそ武士もののふっ!

 猛りなさい! <士魂ブレイブ・ハート>っ!』


 信乃の凛とした声が響いて、不意に騎体が――身体が合致する感覚。


 魔道器官が高稼働を始め、騎体の周囲を魔道干渉領域――ステージが包み込んだ。


「ハアアァァ――ッ!」


 勢いそのままに、僕は<満潮>の面目がけて鳴刀を振るう。


『――フン』


 僕の一撃を光也くんは難なく受け流し。


『加賀くんの支援魔法を受けて、この程度の動きか!』


 返す刀で<峰 零式>の左腕が斬り飛ばされる。


 肩口から白色の鮮血が吹き出し、あまりの痛みに目の奥がチカチカして。


「……ぐぅぅっ」


 噛み合せた奥歯からうめき声が溢れた。


『――ご託は結構! だが、武士とはまず力があってこそだ。

 無力な者が理想を説いても、それは弱者の戯言でしかない!』


 <満潮>の大太刀がさらに閃いて。


 ――右脚に激痛。


「――があぁぁッ!?」


 切り飛ばされた脚が右のビルに突き刺さり、僕は騎体を支えられずに倒れ込む。


 ――クソっ! 魔王騎ってここまでデタラメなのかよ!


 騎体を支える甲冑の両脚は、特に強靭に造られている。


 それを一振りで斬り飛ばすなんて!


 僕は固定器から四肢を引き抜き、面を剥ぎ取った。


 同調が解除されて、身体を苛んでいた幻痛が弱まる。


 胴を開いて鞍から這い出ると、<満潮>は<峰 零式>の喉元に大太刀の切っ先を突きつけていて。


『……なんだ? 今度は生身でやろうと言うのか?』


 鞍から這い出た僕を見下ろし、光也くんは嘲笑う。


「……ああ、まともに動かない甲冑を使うより、その方が良いかもね」


 腰から鳴刀を引き抜いて、僕は肩がけに構えた。


 光也くんの哄笑が辺りに響き渡った。


『ハハッ! それはもう蛮勇ですらない! 無謀ってものだ!

 甲冑に生身で勝てるはずがないだろう?』


 魔物が巨大化してきている近代戦において、甲冑は必須装備だ。


 生身での戦闘が重要視されてないのは、僕だってよくわかってる。


 でも! けれどさ!


「……僕は生身でも……甲冑を失くしてもなお、誰かの為に魔物に立ち向かうような……本当に強い人を知っているよ」


 それこそが僕が武士を、防人を目指したきっかけ。


 その記憶があるから、僕は誰に何を言われようとも突き進んでこれた。


『そいつもきっと、バカなんだろうな!』


 光也くんの言葉に、柄を握りしめる手に力がこもる。


 なにを言われても良い。


 けれど、あの人達を笑う事は赦さない。


『……そこで彼の姿勢を笑うような人だから、わたしはあなたを必要としないのです』


 信乃の静かな侮蔑の言葉。


『――そうだね。あたしもちょっとイラつくよ。須波!』


 桔花きっかの声が遠話で届いて。


 同時に、地下駐車場の入り口から工作装甲車が飛び出してきて、<満潮>の背後でドリフト。


 連結された貨車がスキール音を響かせて、<満潮>に激突した。


「――お待たせ、悟! 完成だよ!」


 装甲車の運転席から身を乗り出して、桔花が叫ぶ。


『――おのれ、小細工を!』


 装甲車に弾き飛ばされた<満潮>が、膝を着きながら叫ぶ。


「――残念だが、小細工はそれだけじゃねえんだよなぁ」


 そんなカンちゃんの声と同時。


 <満潮>の左脚で炸裂音が響いた。


「うおぉ――ッ!?」


 光也くんが驚愕の声をあげて、衝撃に<満潮>が倒れ込む。


「ハッハー! ビルすら砕く、物部ちゃん特性の刻印符だ!

 悟! 今のうちだ!」


 <満潮>の背後の路地から姿を現したカンちゃんが、親指を立てて叫んだ。


『――ぐぅ……小賢しい真似を……』


 光也くんが呻いて、倒れた騎体を起こそうともがいている。


 ビルを砕くほどのあの符を受けたというのに、脚絆がヒビ割れてるだけなのが、さすが魔王騎といったところか。


「ありがとう、カンちゃん!」


 僕はそう応えて、装甲車の荷台に駆け上がる。


 廃棄資材のゴミ山で見つけた素体は、いまや漆黒の外装に覆われて、僕を待ち構えていた。


 腕を覆うほどの大型の垂。


 佩楯も脚の半ばほどまでもある大型だ。


 胴には紅の組紐が紋様を彩り、その中央には落雫積塵らくだせきじんの紋が象られている。


 頭部を覆う兜は面から伸びる双角を際立たせていて、白銀のたてがみが風になびいた。


「――悟っ!」


 運転席から荷台にやってきた桔花が、僕に面を放ってくる。


 それを受け取って、僕は鞍へと上がった。


 面を付けて、固定器に四肢を差し込めば、面の裏側に制御術式の墨字が表記されていく。


 それは見たこともない文字で。


 と、面に触れる、桔花の指の感触。


「……陰陽寮製の術式じゃないみたいでね。

 貴属が使うような、すごい古い術式なんだ。

 時間がなくて、書き換えが間に合わなくて、ごめん。

 あたしが初回起動を補助するよ」


 表記されていた文字に、ふりがなのように草書体の漢字が注釈されていって。


 目を通し、脳を経由して、魔道器官に術式が刻まれていく。


「――とこしえの、眠りより目覚めてもたらせ、<穢レノ御主けがれのみぬし>」


 桔花の唄うような喚起詞に応じて、甲冑の無貌の面に黄金の紋様が走って、かおを描き出す。


 ――目が開いた・・・・・


 ああ、これが甲冑と合一するという感覚。


 僕はいまや、この甲冑で。


「――うまく行ったみたいだね」


 桔花が鞍から出て、荷台に降りる。


 胴の装甲が閉じて、僕はゆっくりと身体を起こした。


 荷台から、地面に足を下ろす。


「やっちゃえ、悟! あの高慢ちきをぶっとばせ!」


 荷台で拳を振り上げる桔花に頷きで応え、僕は向こうで、取り落した大太刀を拾っている<満潮>を見据えた。


 魔道器官を通して、この騎体の銘がことばとなって伝わってくる。


 ――それは、穢れの中から生まれ出て、人に正しさを示す神の名。


 ゴミ山に埋もれていた、まさにこの騎体にふさわしいに思えた。


「……行くよ、光也くん」


 腰に佩いた鳴刀を抜き放ち、僕は肩がけに構える。


 僕のこれまでの鍛錬のすべてを、君と、君が誇る下洲魔王騎にぶつけてみせるよ。

「――<禍津日マガツヒ>、参る!」


 震脚が路面を踏み割って、僕は一気に間合いを詰める。


『――騎体を変えたところで!』


 下段からの逆袈裟。


 僕の目はたしかにその軌道を捉えて。


 大垂と佩楯が吼えて、騎体がクルリと回る。


『――なんだとっ!?』


 ――縦にだ。


 天地逆さになった視界の中で、僕は<満潮>の大太刀を弾いて、さらに騎体を横に回す。


 視界が斜めに流れて、それでも<禍津日>は確かに僕に応えてくれる。


「ハアッ!」


 たてがみが黄金色の燐光を放ち、鳴刀が笛の音を奏でる。


 上体を泳がせた<満潮>の左腕を斬り飛ばす。


『――っ!?』


 着地した僕は、さらに身を捻って。


『――見せてみなさい! あなたが重ね続けた、その武の高みを!』


 信乃の凛とした激励。


「――その子はきっと、応えてくれるよ!」


 桔花の叫びが重なって。


 だから僕は、胸の奥から湧き上がる喚起詞を紡ぐ。


「響け! <ひと欠片の勇気ブレイブ・ピース>!」


 胸の奥の魔道器官が唸りをあげる。


 騎体の周囲にステージが開いて、魔道が具現を始めた。


 周囲が揺らいで、笛の音が曲を奏でる。


 奥構えにした鳴刀が黄金色に輝いて。


 続く唄は、<禍津日>が教えてくれた。


「――開け! <黄泉平坂よもつひらさか>っ!」


 咆えるように唄って、僕は逆袈裟に<満潮>を斬り上げる。


『――――ッ!?』


 まともに一撃をくらった<満潮>は。


『…………ハハっ! なんともないじゃないか……』


 無傷のままにそこにあって、光也くんは乾いた笑い声をあげた。


 僕は鳴刀を納刀。


 鍔鳴りが周囲に響いて。


 直後、<満潮>の背後に黄金色の亀裂が走った。


 ピシリと、金属の断裂音が連続して。


『……なんだ?』


 瞬間、音を立てて<満潮>の外装が砕け散り、背後の亀裂に吸い込まれていく。


 剥き出しになった<満潮>の素体の胸部に、斜めに斬閃走って、純白の鮮血が吹き出す。


『――ガアァァァァッ!?』


「……大事な伝来品だろうからね。

 素体だけは残したよ」


 倒れ込む<満潮>を見下ろしながらそう告げて。


 僕がステージを閉じると、虚空に走った黄金の亀裂もまた消失した。


 残心を解いて一息ついて。


 僕は仲間達を見回す。


「――よっしゃあ! 学年次席をやっちまいやがった!」


 真っ先に喜んでくれたのはカンちゃんで。


「急ごしらえで魔王騎に勝つなんて、これって悟がすごいの? それとも騎体?」


 戸惑った声をあげるのは、桔花だ。


『……両方という事にしておきましょう。

 なにはともあれ、まだ敵は残っているのです。

 喜ぶのはすべてが終わってから』


 遠話で冷静に告げてくるのは信乃。


「――さあ、悟くんが動けるようになった今、待ちの構えは終わりです」


 笑みを含んだ信乃の言葉に、僕らは苦笑しながらうなずく。


 どうやら彼女は、とんでもなく負けず嫌いのようだ。


「――勝ちますよ。この戦!」


 彼女の宣言に、僕らは声を合わせて応じた。

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