第1話 4
太平洋は千葉沖九〇〇キロに浮かぶ
標高二〇〇〇メートルほどの
僕らが通う防央校も、この央州の南部――森林地帯を切り開いた、防人駐屯地に隣接して存在していた。
今回の模擬戦も、そんな防人駐屯地の訓練施設を借りて行われる事になっていて。
山一つを
かつて起きた群発大侵災の反省から、市街防衛戦を想定して作られたのが、この訓練場だ。
およそ二〇キロ四方に渡って再現されたこの街並みは、公都中心部から郊外までを再現したもので、西部にはビル群が林立し、そこから離れるほどに、住宅街のような背の低い建物が多くなっていく。
帝国陰陽寮謹製の魔道が施されているらしく、破損しても復旧が容易という事もあって、上洲下洲にある防人養成校からも、訓練に訪れる事がある施設だ。
模擬戦のルールは、ひどく単純だ。
この広大な再現都市に、『い組』から『ん組』までの、およそ二百五十名が、組ごとにランダムに配置されて。
各組に配られた大将旗を、最後まで守り切った組が勝者となる。
甲冑に着ける組、指揮車に着ける組と、大将旗の扱いは組によって様々。
ただし、どこかに隠したり、陣地を築いて設置するのは認められていない。
「――要するに大将を守りながらの、殲滅戦というわけですね」
基本的に魔物は、普通の生き物と違って退くことを知らない。
当然、それと戦う防人の基本戦術は、殲滅戦になるんだ。
模擬戦とはいえ――いや、だからこそ、ルールは魔物を想定したものになっているようだ。
初期装備は組ごとに選んでも良いという事もあり、僕ら『ん組』は甲冑二騎と工作装甲車、それからオフロードバイクを選んだ。
大将騎となる雌型練習甲冑<若葉 〇八式>には、
オフロードバイクはカンちゃんが乗り込み、
僕はというと、多くの男子が雄型高等練習甲冑<
大型の
一方、僕が選んだ<峰 零式>は垂も佩楯も小さい造りをしている。
そもそもがまともに甲冑を動かせない僕にとって、大垂や佩楯なんて邪魔にしかならない。
一年の時に使っていた、慣れた騎体の方が良いだろうという単純な選択だ。
僕らが配置されたのは、再現都市を一キロ四方ごとに区切った座標の指定で、『り-三』地区。
いろは順の縦軸と数字の横軸で指定されたそこは、地図で言うなら西部中央に当たり、周囲はビル群に囲まれている。
カンちゃんがバイクを走らせて周辺状況の情報を集めてきて、信乃が地図にそれらを書き込んでいく。
模擬戦開始まで、あと十分。
「――それじゃあ、作戦会議と行きましょうか」
駅前の地下駐車場に隠した工作装甲車の元に集まった僕らに、信乃はそう切り出した。
「あたしはとにかく、作業を急ぐって事で良いのよね?」
荷台の上から桔花が訊ねると、信乃は頷きを返した。
「注意して欲しいのは、作業開始は戦闘が始まってからって事ね」
それが帯刀先生がもぎ取ってきた、『特例』ルールだ。
破損騎体を、作戦行動中に現場で修理して乗り換えるのならば、実際に起り得る事象だと、他組の教官を説き伏せたらしい。
――『ん組』の生徒に、そんなことできるものか。
他組の教官達は口を揃えて哂ったそうで、『特例』を説明する帯刀先生は、少し不機嫌そうだった。
「悟くんは、<峰>の感覚はどう?」
尋ねてくる信乃に、僕は首を横に振る。
「やっぱり、歩かせるのが精一杯かな……戦闘稼働はちょっと自信ない」
実家で初めて甲冑に触れた時から、ずっと付きまとう感覚。
「なんでか、ズレてる感覚がするんだよね……」
兄さん達や他の防人が言うには、甲冑との同調って、甲冑を自分の身体のように感じるそうなんだけど。
僕はそんな感覚を感じた事は一度もない。
まるで重い服でも着せられてるような感覚で、甲冑と同調――一体化していると言うより、操縦して動かしているという感覚が強いんだ。
「――でも、この子は違うんだよね?」
荷台に仰向けにされた騎体を叩きながら、桔花が尋ねてくる。
「うん、不思議な事にね」
面がなかったから、完全に同調したわけじゃないけど、少なくともこの甲冑だけは、僕の思った通りに動いてくれたんだ。
「つまり、桔花ちゃんの作業完了後からが本番って事ね」
そう呟いた信乃は、地図を見下ろして、この地下駐車場につながる主要道路に印を付ける。
それから、その周辺にあるいくつかのビルに斜線を入れて。
「平田くん、前半の作戦の肝はあなたの活躍にかかってるわ」
そう告げた信乃は、すごく楽しそうに説明を始めた。
――戦闘開始を告げる、サイレンが鳴り響く中。
僕は<峰 零式>で駅舎前に陣取った。
やや後方の高架の上には、大将旗を背負い錫杖を携えた信乃の<若葉 〇八式>がたたずむ。
「――そんな目立つところで、本当に良いの?」
戦闘中、僕らは信乃が施した遠話の魔法で繋がっている。
『むしろ、大将であるわたしが目立つ事こそ、作戦の要なのですよ』
確かにそう説明されたけれど。
指揮官としての信乃は有名だけれど、武の腕前がどれほどのものなのかわからないから、やっぱり不安になってしまう。
僕の役目は、とにかく彼女を守り切る事らしいけど。
サイレンが止んで、わずかに遅れて空気を裂く音が響き渡って。
あちこちから、空めがけて甲冑が駆け上がる。
大垂や佩楯に刻まれた、風精と火精の魔術の複合刻印による甲冑の大跳躍だ。
市街戦はまず、立地の確認と標的の発見に時間を費やされる。
空に跳び上がった甲冑は、戦術教練の基本通り、上空からその両方を行おうしているんだ。
そうして上空で鉢合わせになったいくつかの甲冑達が、下降を始めながら魔術を撃ち合い、戦闘を始める。
『……わたしに気づいたのは、三つってところかしら。
小隊と合流して、経路策定して移動開始まで約三分――五分後には来ますね』
信乃はそう目算して、錫杖を打ち鳴らす。
『――平田くん、間に合うかしら?』
『あと二枚だ。五分もあれば余裕よゆう!』
カンちゃんは楽しげに笑う。
『しっかし、加賀ちゃん、すげえ事思いつくよな!
コレ、本当に死人出ねえの?』
『防人の搭乗装備は搭乗員保護用の結界刻印が施されています。
擦り傷程度は負うかもしれませんが、命に関わるような怪我はしませんよ』
信乃の声も、どこか楽しげだ。
『そもそも、こんな符を作っちゃう
『――ひ~ら~たぁ。聞こえてるよっ!
アレってナニさ!』
桔花が唸るように威嚇して、僕らは思わず吹き出す。
いつの間にか、僕の緊張も吹き飛んでいた。
そんな事を話しながらも、カンちゃんは工作の為にもバイクを走らせ続けていたようで、無人の街並みに、カンちゃんが駆るバイクの駆動音が響き続けていた。
『――よし、今、最後のを貼り終えた!』
『では、タイミングは任せます』
『任された!』
カンちゃんがそう応じた直後に、空気を裂く音が遠くから聞こえてきて。
『――おいでなすった!』
再びバイクの駆動音がビルの谷間にこだます。
『二組――計七騎の甲冑と、装甲指揮車が一両だ。戦闘しながらそっちに移動してる!
遅れて、通りの向こうに別隊の斥候騎が見える。
先行のを潰すぞ?』
『――どうぞ』
――直後。
まるで木板を打ち合わせたような音が連続した。
『おおおぉぉぉぉ――!?』
切羽詰まった様子のカンちゃんの声が、遠話を通して聞こえてきて。
突風が吹き抜けて、大量の砂埃がここまで吹き抜けてきた。
天を突いてそびえるビルの一つが、ひどくゆっくりと傾いていく。
「――カンちゃんっ!?」
説明されていたとはいえ、現実の光景となると焦ってしまい、僕はカンちゃんに呼びかける。
『――ぺっぺっ。あ~、口も鼻もじゃりじゃりだ』
苦笑混じりの応答に、思わず胸を撫で下ろす。
『加賀ちゃん、先行七騎、すべて巻き込んでやったぜ!』
『ご苦労様。指揮車は放置してください。
――斥候騎は?』
『砂埃で視界が悪くて見えねえ』
『了解。周辺警戒しつつ、その調子で行けると思ったら、どんどんお願いします』
『あいさ』
カンちゃんは軽く応じて、遠話を終える。
これが信乃の立てた作戦だ。
駅前に林立するビル群を、桔花が造った刻印符を使って崩して、敵ごと押し潰すという、トンデモ作戦。
運良くビルの崩壊に敵を巻き込めなくても、道路が瓦礫で埋められる為、敵の侵攻を遅らせる事ができるのだという。
「……桔花の符って……」
ビルひとつをまるまる崩せる符を造る桔花に、僕が思わず呟くと。
『あら、東北の物部家と言えば、刻印術の大家なんですよ?』
なぜか信乃が誇らしげに応えて。
『と言っても、あたしの場合はお姉ちゃん達と違って、そっちの才能は弱かったみたいでね。
あの符も二枚の符の共振作用を利用したものなんだよね。
お姉ちゃん達なら、直接ビルに刻印を刻んで崩せてたはずだよ』
なにやら説明してくれる桔花だったけど、刻印術に疎い僕にはよくわからなかった。
「へえ、桔花ってお姉ちゃんがいるのか」
『悟ってば、ここで出てくる感想がそれなわけ?』
呆れたような桔花の声色に、思わず僕の表情も緩む。
そんな時だった。
『――やべぇ! なんかすげえ速えのが!』
カンちゃんの慌てた声。
符を発動させた、生木を打ち合わせたような音が響いて、突風が通りを駆け抜ける。
ビルに一本が傾いで行って、砂埃が辺りに立ち込める。
『――悪い! はずした! 一騎、行くぞ!』
その声に、僕は<峰 零式>に鳴刀を引き抜かせる。
やっぱり騎体が重く感じる。
『――来ました!』
信乃の声が響いて。
『オオォォォ――――ッ!!』
雄叫びと共に、砂埃から突風を巻いて飛び出してきたソレの初太刀を受けられたのは、たぶん偶然だ。
「――ぐぅっ!?」
景色がすごい勢いで流れて、ビルに叩きつけられて、ようやく静止。
重厚な着地音で、相手が間合いを開けたのがわかった。
『――見つけたぞ。望月の出来損ない!』
そう告げるのは、濃蒼の甲冑で。
肩の垂は中型だけど、姿勢制御に使われる佩楯は大型。
たてがみの色は蒼白で、兜飾りは波の意匠。
碧の紋様が
「……光也くんか……」
こんな序盤で彼と対峙する事になるなんて……
僕はビルから騎体を引き抜き、鳴刀を正眼に構える。
その動きだけで、光也くんは僕の力量を推し量ったように、大太刀を肩に掛けて鼻を鳴らした。
『……加賀くんが褒めるから、どれほどのものかと思ったが……』
「……彼女はきっと、僕を買い被ってるんだよ」
悔しいけれど、そうとしか言えない。
自分に才能がないのは、僕自信がよくわかってるんだ。
『――そんな事はありません』
凛とした声が響いて、信乃の<若葉 〇八式>が、僕の騎体の横に降り立った。
『……彼こそ、わたしの求める
はっきりとそう言い切られて。
嬉しくないわけがないじゃないか。
「信乃がそう言ってくれるから。
……やれるだけはやってみせるよ」
転ばないよう、摺り足で慎重に一歩を踏み出して。
『――やって見せろよ、出来損ない!』
光也くんの咆哮と同時に。
<峰 零式>は吹き飛ばされて、宙を舞う。
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