第1話 3

 予鈴が鳴り響き、担任がやってきて、僕らは席につく。


「――揃ってるな」


 やってきた女教諭は教室を見回して、そう告げる。


「センセ、ひとり来てないですよ~?」


 桔花が手を挙げて、信乃の隣の席を指し示す。


「あー、穂月はしばらく欠席なんだ」


 先生はそう言って肩を竦める。


「穂月って、カンちゃん家の主家の?」


 僕が訊ねると、カンちゃんは苦笑。


「あ~……結愛ゆめお嬢、春休みにあねさんと一緒に、武者修行に行くって言ってたからなぁ……」


「そう。九州遠征して、そのまま怪我して全治二週間だそうだ。

 ――まあ、あの子らしいといえばらしい話だ」


 苦笑して、担任は黒板に自身の名前を書き記す。


「それでは自己紹介だ。

 わたしは帯刀たてわき 天恵あめ

 防人としての階級は少佐だ。

 本日より、君らの防人教練を担当させてもらう」


 肩口で切り揃えられた髪から、一房だけ伸ばされた後ろ髪を赤の組紐で束ねて。


 防人の士官服に身を包んだ担任は、僕らに敬礼して見せる。


 僕らも着座のまま敬礼を返すと、帯刀先生は「休め」をかけた。


「それじゃあ、みんなにも自己紹介してもらおうかな」


 それから僕らは、小隊長となる信乃から順に、自己紹介していく。


 指揮官の信乃。


 技術官の桔花。


 武は不得意ながらも、工兵志望のカンちゃん。


 そして、僕だ。


 今は欠席している穂月 結愛は、先生が言うには、古式魔法の使い手なのだとか。


 大侵災以来、瘴気に覆われて人の住めない土地となっている九州に、わざわざ武者修行に行くくらいなのだから、さぞかし武に秀でているのだろう。


 自己紹介を終えると、帯刀先生はこれからの予定を説明する。


「――今日は各組ごとの力量差を計る為に、組対抗の模擬戦が行われるんだ。

 だから、みんなもこの後は各自、戦装束に着替えて甲冑蔵前に集合すること」


「模擬戦って!

 ウチ、今、四人なんですよ?」


 桔花が抗議すると、帯刀先生はニヤリと笑みを浮かべて。


「そのくらいの人数差、加賀くんなら、どうとでもなるんじゃないのかい?」


 挑発的な言葉を信乃に向けた。


「……少なくとも、君のお姉さんは、人数差を言い訳なんかにはしないはずだ。

 そうだろう?」


「……そうですね。

 ただ、ひとつ確認を。

 用いられる甲冑は、練習騎だけですか?」


 信乃もまた、挑戦的な表情を帯刀先生へと向けて、そう問い返す。


「いや。二年からは御家伝来甲冑の使用が認められる。

 旧家の子は、さっそく使ってくるだろうね」


「……なるほど」


 信乃は顎に手を当てて呟き。


 すぐに考えがまとまったのか、笑顔を浮かべて帯刀先生を見た。


「――なんとかなりそうですね。

 当然、ウチも練習騎以外を使っても良いのですよね?」


 帯刀先生の表情が驚きに染まる。


「ほう、このクラスで伝来甲冑を持ち込んでる者がいるとは、報告を受けていないんだけど?」


「……伝来品ではありませんから」


 涼しい声色で言い放ち、信乃は僕と桔花に顔を向ける。


「そうですよね?

 あれはいわば、廃棄物――再生騎とでも呼ぶべきでしょうか?」


「――知ってたのっ!?

 って、あっ!」


 桔花が驚きに声をあげて、それが肯定になると気づいて、慌てて両手で口を塞ぐ。


「春休みを利用して、ご実家から外装を取り寄せたのでしょう?

 着装までどのくらいかかりますか?」


 信乃は、僕らが廃棄甲冑を見つけたことを確信しているらしい。


「うぅ~……たぶん三十分もあればいけると思う。

 制御術式の書き換えも必要かもだから、長めに五十分と見積もって」


「なら、急ぎましょうか」


 ――パン、と。


 信乃が両手を打ち鳴らす。


「先生、模擬戦中の騎体交換は認められているのですよね?」


「現状の各組の力量差を計るためのものだからね。

 技術官による、現場での応急処置なんかはルールの範囲内だから、解釈次第では交換もありになるかな」


 若干、苦笑を浮かべながら帯刀先生は応える。


「なら、その解釈のゴリ押しは、先生にお任せしますね」


 信乃はニコリと笑みを浮かべて、帯刀先生に首を傾げてみせた。


「まあ、それで君らが全力を出せるというのなら」


 帯刀先生が応じて、僕らは信乃に促されるままに移動を始める。


 ――まずは更衣室で戦装束に着替えて。


 模擬戦があるため、更衣室は二年生達でごった返していた。


 僕とカンちゃんは、空いていた隅の方のロッカーで着替える。


 なるべく目立たないように。


 最底辺組が上位組から因縁付けられるというのは、学園モノの定番だ。


 国防を担う高潔な防人候補生に、そんな品のない人物がいるとは思えないけれど、甘やかされて育った華族の嫡子に、品のない人物が多いのもまた事実。


 僕とカンちゃんは、制服の上に手早く手甲と脚絆、胴丸を付けて、鉢金を額に巻きつける。


「おいおい、『ん組』がいるじゃねえか!」


 ――果たして、僕らは品の無い手合に見つけられてしまったわけで。


 迷惑そうな視線を周囲から向けられても、お構いなしに僕らに詰め寄るのは、ひとつ上の『す組』の男子生徒だ。


 額に巻いた鉢金に組章が描かれているから間違いない。


「おめえら、ん組のクセに、信乃姫を囲ってるったぁ、どういう了見だ?」


 ……うわぁ、信乃って、姫呼びされてるんだ……


 とか考えてる間にも。


「――ああ!? 同じクラスになっただけで囲ってるたぁ、なんだ!?」


 ケンカっ早いカンちゃんが、『す組』の売り文句を高値で買い取る。


「ちょっ、カンちゃん!」


「囲ってるんじゃねえなら、信乃姫を賭けて、ウチと勝負しようじゃねえか!」


「おう、やってやらあ!」


 止める間もなく、なぜか事態が進行していく。


「――そういう事なら、ウチだってその勝負に乗らせてもらうぞ!」


「――ウチもだっ!」


 事態がどんどん大きくなっていく。


 頭に血を上らせた男子達は、互いを威嚇しながら更衣室を後にし、校舎南西にある甲冑蔵前までやってきた。


「――というわけで……」


 僕は先に来ていた信乃と桔花に、更衣室での出来事を説明すると。


「――平田ぁ、あんた、バカじゃないの!?」


 桔花が顔を真っ赤にして、カンちゃんに肩パンを食らわせた。


「……だってよぉ!」


 殴られた肩をさすりながら、カンちゃんは言い訳を始める。


 一方、賭けの景品にされた信乃はというと。


「……面白いですね」


 おっとりとした声音とは裏腹に、その微笑みには明らかに不機嫌さが滲み出ていて。


「勝てると思っているのなら、好きに思わせておきましょう。

 むしろナメてかかってくれた方が、動きやすいというものです」


 両拳を握りしめて、信乃はそう言い切った。


 ……彼女は、僕らを使って、本気で勝つ気でいるんだ。


 その事実に、僕は思わず息を呑む。


「――ということは、君自身もこの賭けを了承したという事で良いのかな?」


 そこへ、そんな言葉がかけられて。


「――須波すなみ 光也こうやっ!?」


 振り返ったカンちゃんが、息を呑んだ。


 彼もまた、この学校の有名人だ。


 この三洲山公国に三つある領地――上洲、央州、下洲の内、下洲領の領主である須波家の嫡男で、中学の頃から武人として名を馳せてきた人物だ。


 イケメンで女子人気も高い。


 彼は爽やかに笑いながら、信乃の元へと歩み寄り。


「君はてっきり、い組に配属されると思っていたんだけどね。

 なんの間違いがあって、ん組なんて最底辺に配属されたんだか。

 なんなら、俺から教師達に抗議をしてやろうか?」


 信乃の肩に手を置き、彼は微笑んで見せる。


 そんなイケメンの手を、信乃は鼻で笑って払い除けた。


「わたしは望んで、ん組になったのですよ。

 そもそもわたし、あなた程度の武士には興味ないのですよね。

 ――ごめんあそばせ」


 女子用の巫女服を模した戦装束の袂から扇子を取り出し、信乃は口元を隠して笑ってみせた。


「……なら、彼は君のお眼鏡に叶ったと?」


 と、光也くんが僕を指差して訊ねる。


「――欠けた望月と呼ばれる、彼ごときがっ!」


「――っ!」


 その呼ばれ方には慣れていたつもりだったけど。


 仲間になったばかりの、みんなの前で呼ばれるのは、ちょっと苦しかった。


 ……まあ、須波家なら、ウチの御家事情を知らないはずがないか……


「……ねえ、平田。どういう意味?」


 桔花がカンちゃんに訊ねるのが視界の隅に見えた。


「……あとで、な」


 誤魔化してくれるカンちゃんは、やっぱり良い奴だと思う。


 ――そして。


 僕らを、ん組に選んだと言っていた信乃は、僕のその呼び名を知っていたのだろう。


 特に怯んだ様子も見せずに、扇子で口元を隠したまま頷いて見せた。


「わたしにとっては、あなたよりずっと良い武士に見えるわね」


「……良いだろう」


 呻くように吐き捨てて、光也くんは僕に向き直った。


「――望月 悟!

 勝負だ。勝った方が加賀くんを得る!」


「――ええっ!?」


 驚く僕が応えるより先に。


「良いでしょう。

 勝てると良いですわね」


 信乃がさらに煽って。


「――下洲魔王騎の力を見せてやる!」


 光也くんは踵を返して去っていった。


「し、信乃! あんな約束して、どうするの?

 ぼ、僕、光也くんに勝つ自信なんてないよ!?」


 うろたえる僕の肩に手を置いて。


「大丈夫ですよ。

 わたしの指揮と……あなたがこれまで積み重ねた武を信じてください」


 信乃は柔らかい微笑みを浮かべる。


「ん~、よくわからないけど、とにかく負けたら信乃ちゃんが取られちゃうって事よね?

 じゃあ、悟、頑張らないとねっ!」


 と、桔花が僕の背中を叩く。


「桔花ちゃんも、騎体の用意、お願いしますね?

 それこそが作戦の要です」


「――任せといて。それまでは悟を頼むよ、信乃ちゃん!」


 ふたりは微笑みあって、手を打ち合わせる。


「……なんか、すごい大事になってるんだけど……」


 僕は縋るようにカンちゃんにボヤくと。


「面白えじゃねえか。

 おまえを見下してきた連中を見返すチャンスだ。

 俺も精一杯、フォローしてやるから、頑張れよ!」


 親指立てて、ウィンクするカンちゃんに、僕は苦笑するしかない。


 ……なんだかよくわからない内に、すごく期待されちゃってる。


 僕なんかが、どこまで応えられるかわからないけど。


「――やれるだけ、やってみるよ」


 腰に佩いた鳴刀の柄を握りしめて、僕はみんなにそう告げてみせた。

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