第1話 2
短い春休みが終わり、僕は二年生になった。
僕が通う
十年近く前に九州南部に端を発し、各地で群発発生した大侵災によって、大日本帝国本土を守護していた九条結界が破損した。
それ以降、年々増える侵災に対応する為、帝国政府は華族、士族の御家に兵役義務を課したんだ。
血筋ゆえに、平民より優れた魔道器官を持つ華族や士族は、侵災によって発生する魔物に対抗する戦力――防人への高い適正を持っているというのが、その理由。
防人育成の学校は、それ以前にも存在していたそうだけど、義務化前は志願制だったそうで、数も今ほど多くはなかったって聞いている。
それが今じゃ、帝国本土では各県に最低でも三校。
僕が暮らす三洲山公国でも、各洲に二校ずつにまで増えている。
それというのも、侵災によって出現する魔物が、年々強力になっているからだとか。
魔道によってしか倒せない魔物を相手取るには、優れた魔道の使い手――防人が必要なんだ。
そんなわけで、一応、華族家の三男である僕は、義務に従い護国の徒となるべく、防央校の生徒となったわけだ。
防人訓練生とはいえ、二年からは予備役扱いとなる為、授業は小隊単位で行われる事になる。
僕が振り分けられたのは、二年ん組。
いろは順の一番最後というわけだ。
振り分けは一年時の成績順と聞いていたから、順当と言えば順当なんだろう。
なにせ僕は、防人が当たり前に使えなければならない甲冑を、一年時には一度としてまともに扱えなかったのだから。
……わかっていた事だけど、やっぱりへこむなぁ。
また兄さん達を心配させてしまう。
ため息をつきながら教室に向かうと。
「――お、やっぱり悟も一緒だったか!」
頭を男らしい角刈りにした、体格の良い友人が後ろから駆けてきて、嬉しそうに肩に手を回してきた。
「カンちゃんも、ん組だったんだ!?」
一年時に同じクラスだった親友に、僕は笑みを返す。
――
三洲山公国北西部にある、上洲を治める穂月家の筆頭家臣の長男である彼は、残念な事に武の才能が皆無で――だからこそ、同じく落ちこぼれな僕と仲良くなった。
「おまえと一緒なら、残り二年、心強いぜ」
「僕もだよ」
嬉しそうに背中を叩いてくるカンちゃんに、顔をしかめながらも、その言葉には同意しておく。
実際、まったく知らない人ばかりかと思って、不安になっていたしね。
ふたりで教室に入ると、五つある席の窓際にひとりの女子が座っていて。
朝の光を受けて、きらきらと輝く腰まである白髪をした彼女は――
「あ~、悟もやっぱりこの組なんだね」
頬杖を突いたまま、真紅の瞳を僕に向けて、楽しげに笑った。
「――
君もこの組なの?」
春休みの間、実家に帰省すると言って、一度もあの廃材置き場に姿を現さなかった、彼女との思わぬ再会に、僕は驚きの声をあげる。
二年の組分けは、各専攻課程から小隊運用に適した形で行われるはずだから、技術系の彼女がいるのは不思議ではないのだけど……桔花はもっと上の組に居ると思ってたんだ。
「あたしが作るモノって、一般向けじゃないみたいでね」
と、僕の疑問に、桔花は苦笑交じりに答える。
「――先生達にしてみたら、扱いづらい生徒のひとりって事なんでしょうね。
ま、落ちこぼれ仲間ってことで、これから二年間よろしくね」
頬杖ついたまま握手を求めてくる桔花の手を握り返し、僕はカンちゃんに桔花を紹介する。
そうして話していると、教室のドアが開いて。
「……ウソ、だろ……」
振り返ったカンちゃんが、思わずといったように呟き、僕は息を呑んだ。
「
桔花も驚きもあらわに呟く。
そんな中、アップテイルにした髪を揺らしながら、彼女――加賀
この学校に通う者で、彼女を知らない者はいないはずだ。
先の群発大侵災において、三洲山公国を襲った大怪異。
その調伏隊の指揮を執った人物こそ、当時、防人になったばかりだった彼女の姉――加賀
防人を志す者達の間では、彼女の姉の名は英雄として轟いている。
その英雄をして、自身を超える才能と公言しているのが、彼女――信乃さんなんだ。
そんな彼女が、よりにもよって、ん組?
「ね、ねえ、加賀様……」
桔花は恐る恐るといった様子で、彼女に話しかけた。
「――組、間違えてない?
ここって、ん組だよ?」
桔花の言葉に、信乃さんは僕らを振り返り、静かに首を振る。
「いいえ、間違えてませんよ。
わたしは確かに、ん組配属です」
おっとりとした口調に、僕らは思わず顔を見合わせる。
「それと、同じ組なのですから、様はやめてください。
どうぞ、呼び捨てになさって」
「う、うん」
「あ、じゃあ、信乃ちゃんって呼ぶね。
――あたし、物部 桔花」
と、桔花は信乃と握手して。
「――じゃなくて!
なんで信乃ちゃんが、ん組なワケ!?
一年の時、仮想戦術論で最上位って噂、ウチのクラスにも聞こえてきてたんだけど?」
桔花の問いに、信乃は顔を俯かせる。
「……のです」
「――え、なんて?」
「――わたしの指揮に対応できる兵がいないそうなんですっ!
バカ! もう、本当にバカばっかり!
事前説明も、しっかりしているというのに、わたしの指示待ちばかりで、まともに動ける人が居ないのです!」
まるで溜まっていた怒りを吐き出すように、信乃は声を張り上げる。
「そんな連中相手に、戦況に合わせて指揮をしなければならない、わたしの苦労なんて、みんなみんな、だーれも考えない!
だから、わたし、イヤになって、あえてこの組を選んでやったのです!」
「……ええぇ……」
僕らはドン引きだ。
彼女なら最上位の、い組の隊長だって務められただろうに。
「だって、先生方に内心を打ち明けたら、好きに組や隊員を選んでも良いって言われたのですもの」
「は? じゃあ、俺達を選んだのって……」
「ええ、わたしですね」
事もなさげに答える信乃。
「わたしの考えた、最強の小隊がこの組なのです」
両手を合わせて、微笑む信乃に、僕らは再び驚きの声をあげるのだった。
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