防人の唄 ~天才指揮官と天才技術官、ふたりの美少女と同じクラスになったら、落ちこぼれの僕が英雄になっていた!?~
前森コウセイ
第1話 1
――彼女に気づいたのは、半年ほど前だっただろうか。
夏休み明けの放課後、校舎裏の資材廃棄場で、いつものように鍛錬していた僕は、ふと視界の隅で動くものに気づいて。
そうして、ゴミ山をかき分けて、なにかを探している彼女を見つけた。
別のクラスの子だろう。
だから名前は知らない。
でも、着ている工務教練用の作業ツナギの襟章の色は、僕と同じ一年生のものだ。
彼女は、廃棄された資材をひっくり返しては、時々、見つけた部品をすぐ横に置いた背負い鞄に放り込んでいく。
長い白髪を一本編みにして、紅い瞳を輝かせて。
機械油で頬が黒く汚れるのも構わず、懸命に廃材を掘り進むその姿に、僕はなにか共感めいたものを覚えて、握った鳴刀を振るのに力がこもった。
一度気づけば、彼女の姿は毎日見つけられて。
彼女は寮の門限チャイムが鳴るギリギリまで、ゴミ山探索を続けているようだった。
僕はそのちょっと前に、鍛錬を切り上げるようにしているのだけど、彼女が僕より先に帰るのを見たことがない。
これといって会話を交わすこともなかったけれど、三ヶ月も過ぎる頃には、僕は彼女に、同志めいた感覚を抱くように成っていた。
彼女がなにを目的に、ゴミ山を漁り続けているのかはわからない。
けれど、休みの日でも変わらずに訪れるのだから、きっと彼女もなにか譲れないモノがあるんだと思う。
――秋が過ぎて、冬が来て。そして年が変わり。
それでも僕らは変わることなく。
僕はひたすらに鳴刀を振り続け、彼女はゴミ山を掘り返し続ける。
冬の吹雪が厳しい日でも、僕らは変わることなく放課後を過ごした。
変化があったのは、木々に緑が膨らみ始めた春休み間近のある日。
「――ねえ、ゴメン!
ちょっと手伝って!」
彼女はゴミ山の上から、僕に声をかけてきた。
それが僕に向けられた言葉だとは、すぐには気づかなかった。
だから、僕は鳴刀を振り続けて。
「キミだってば! そこでずーっと素振りしてるキミ!」
それでようやく、それが僕の事だと気づいたんだ。
僕が自分を指差してみると、彼女はコクコクとうなずく。
「――なに?」
ゴミ山の麓に駆け寄ると、彼女は登ってくるように手招きした。
崩さないように慎重に登って、彼女の元に辿り着く。
「キミ、ずっと素振りしてるって事は、武士科よね?
ちょっと力を貸してほしいの」
そう言って、彼女は足元にぽっかりと空いた、一メートルほどの穴を指差した。
廃材が絶妙なバランスで組み合ったトンネルになっているその穴の向こうには、鞍があり、四肢の固定器が見えて。
それは――
「ひょっとして、甲冑の鞍?」
僕が呟くと、彼女はうなずいた。
「やっぱりそう思うよね?
たぶん、廃棄された素体だと思うの。
キミ、武士科ならこれ、動かせないかな?」
尋ねてくる彼女に、僕は首をひねる。
「どうだろう……動かないから廃棄されたんじゃないの?」
「お願い! 試してみてダメなら諦めるから!」
両手を合わせて必死なその仕草に、僕は苦笑してうなずいた。
「動かなくても僕の所為じゃないからね?」
それから、そう念押しする。
「わかってるっ!
じゃ、合図したらお願い!」
そう告げて、彼女は慣れたようにゴミ山を下り降りて。
僕はゴミ山に空いた穴に身を潜り込ませて、鞍に腰を下ろした。
恐る恐る固定器に手足を差し込むと、思いの外滑らかに動いて、四肢が固定される。
まともな甲冑なら、ここで視界を同調させる面を着けるのだけれど、なにせ廃棄されてたものだから、そんなものは見当たらなくて。
だから僕は胸の奥の魔道器官を意識して、強引に甲冑に接続する。
「――良いよ~っ!」
彼女の高い声が聞こえて、僕は四肢に力を込める。
「……あ、動く……」
思った瞬間、穴の外のゴミが崩れて。
「――うわわわっ!?」
とっさに顔を庇おうとした動きを、甲冑は正確に再現したようだ。
ゴミ山が突き崩され、甲冑の上半身があらわになる。
「すっご~い! ちゃんと動くねっ!」
雪崩のように崩れ落ちたゴミ山から離れて、彼女は歓声をあげてピョンピョン飛び跳ねた。
「――その調子で、騎体全部、引っこ抜いちゃって!」
拳を振り上げて嬉しそうに叫ぶ彼女が面白くて、僕は両足に力を込める。
廃資材はガラガラと音を立てて崩れていって。
ゴミ山から抜け出した僕は、崩れた廃資材をかき寄せて掃除する。
廃資材はゴミ山を囲う柵から溢れて、周囲に散らばってしまっていたんだ。
このままじゃ用務員さんに怒られてしまう。
「……マメねぇ」
などとぼやきながらも、彼女もまた溢れた廃材を柵の中へと投げ込むのを手伝ってくれて。
なんとかすべてのゴミを柵に戻した頃には、すっかり辺りは茜色に染まっていた。
僕は甲冑を跪かせて、地面に降り立つ。
全高五メートルほどの低重心デフォルメ体型をした、その甲冑は。
外装のない素体むき出しの格好をしていた。
白銀のたてがみに、漆黒の無貌の面。
額からは二本の短角が反るように生えていた。
「は~! 鬼型の素体がまるまる捨てられてるなんて! あたしツイてるわ!」
彼女は汚れなんて気にしないのか、素体の足に抱きついて頬ずりを始める。
「こういうのって、ちゃんとした施設とかで処理するもんじゃないの?」
「ホントはそのはずなんだけどねぇ。
でも、ここに捨てられてて、あたしが見つけた。
なら、あたしのモノってことで良くない?」
「ええ~、そんな暴論ってある?」
「いーのっ!」
そう言って、内緒だと示すように口元に人差し指を立てる彼女は、本当に嬉しそうで。
だから、僕は思わず吹き出して、うなずいた。
「――じゃあ、黙ってる代わりにさ」
「うん? ぐへへ展開を考えてるなら、ぶっとばすよ?」
拳を握りしめて僕に突きつける彼女に、僕は慌てて首を振る。
「そうじゃなくてっ!
僕にもコレを使わせて欲しいんだ」
「どういう事?」
まるで値踏みするように目を細めて、彼女は僕を見据えた。
「実は僕、甲冑の扱いが上手くなくてね。
これで練習させて欲しいんだ」
照れ隠しに頭を掻きながら白状すると、彼女は驚いた表情を見せた。
「素振りで、あんなに綺麗な音色を奏でてたのに!?」
どうやら素振りで鳴刀が奏でる鳴音は、しっかり彼女にも届いていたみたいだ。
「魔道と甲冑じゃ勝手が違うみたいでね」
「さっきはちゃんと動かせてたじゃない!
……練習騎は?」
「何度も転んで破損させるから、使用禁止にされたんだ」
さすがにコレは拒否されるだろうか?
「……面白いね。
練習騎がまともに動かせないのに、コレは動かせるなんてさ。
キミがおかしいのか、この子がおかしいのか……確かめてみたくなっちゃった」
そうして彼女は手を差し出す。
「あたし、
工廠課だったんだけど、二年になってからの配属はまだわかんない!」
歯を見せて笑う桔花の手を、僕は握り返す。
「僕は三山 悟。
武士課で、二年からは同じく不明」
僕らは握手して、ニヤリと笑みを交わす。
「よろしくね、共犯者さん」
「まあ、お互いの為にも、バレないように努力するよ」
こうして――春休みを間近に控えた、とある放課後に。
互いに気づいてから実に半年の時を経て、僕らはようやくお互いの名前を知ったんだ。
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