八 付喪神と都会に憧れた男

「御一同、調子はどうだい? 準備はいいかい? お手を拝借、おみ足拝借! 舌巻く暇無く、渦巻く拍手に息まく跳躍! 寂寞せきばく尾を巻く、悦楽えつらくばら撒く! いざやァいざいざ、盛宴開幕~!」


 五位鷺ゴイサギが鳴き松虫が囁く田舎の夜に、妙ちきりんな節を付けた僕の口上が響き渡る。今夜は満月。姿見が寄り集まってミラーボールとなり、笛太鼓が音楽を奏で、柱時計もつられてビートを刻む。そうして続々と古道具が庭に集まり、一風変わった祭りが始まった。


 日中は資料館におとなしく鎮座する付喪神たちも、夜になればこうして羽目を外す。締太鼓しめだいこ摺鉦すりがねが熱いセッションを始めるのを見届けてから、僕は縁側に腰掛けた。


「坊ちゃん、一局いかがです?」


 渋い飴色の将棋盤が僕に声をかける。既に盤上には駒が整列していた。


飛車角落ひしゃかくおちでも勝てなかったじゃないか」

「では、今回は六枚落ちで」


 六枚落ちとは駒落ちというハンデの一種で、上級者のいくつかの駒を最初から取り除いておくものだ。飛車・角行・桂馬・香車の計六枚を欠いたまま勝負が始まったが、それだけの戦力差があっても僕は攻めあぐねる。付喪神とただの人間では年季が違いすぎるのだ。

 悠々と僕を負かした将棋盤は、次なる相手を求めて畳敷きの部屋へ入っていった。金継ぎの茶器か七福神の描かれた掛け軸あたりが相手になるだろう。


 次いで縁側にやってきたのは噂好きの三味線とこと


「坊ちゃん、聞きましたよ。西台にしだいの次男坊と新宅しんたくのお嬢さんが街へ行ってしまったんですってね」

「三人は幼い頃から仲良しでしたからね。さぞ、お寂しいことでしょう」


 筝が象牙の爪で悲しげにサーラリンと奏でる。僕の感情に寄り添おうとしてくれているのだろう。しかし流石の噂好き、余韻も残さずあっという間に俗っぽい雰囲気になる。


「特にお嬢さんはねぇ……?」

「ねぇ……?」

「別に、そういうんじゃないよ」


 僕の反論を照れ隠しだと思った一棹ひとさお一張ひとはりはなんだかムーディーな曲を演奏し始める。百年以上生きているというのに、こういうところは人間とたいして変わらない。どうしてすぐ恋愛に結び付けるんだ……!


 僕の困った様子に匕首あいくちが助けに入り、一棹と一張はけらけらと笑うように弦をかき鳴らしながら庭へ出て行った。そして篠笛や尺八と合流し会場を更に盛り上げる。


「ありがとう、助かったよ」


 匕首は一つ頷くと、落ち着かない様子でソワソワし始めた。そして庭の隅で実っていた柿をいで切り分け、可憐な花と鶴が描かれた絵皿がそれを受け止める。匕首なりの慰めかな。刀身を懐紙で拭ってやると、控えめに問われる。


「坊ちゃんは、お二人と一緒に行かなくて良かったんですかぃ?」


 目が痛くなるようなネオンと忙しない雑踏。そんな眠らない街への憧れが無いと言えば嘘になる。置いてかれたようで寂しく思う気持ちがあることも確かだ。でもそれだけだ。


「いいんだよ。僕にはあの二人と違って漠然とした憧れしか無いからね」

「そうですかぃ……」


 空では郷土伝統の袖凧が競うように舞い踊り、それを柄長の団扇が囃し立てている。豊漁祈願の華やかな羽織は風を受けひらひらと漂う。庭は大層な騒ぎだというのに節句人形は我関せずと優雅に月見し、黒文字の楊枝たちは互いの細工を褒めるのに夢中だ。


 新しいものを受け入れ、より良い未来のために発展していくことは大事だと思う。でも、古いものを守り伝えていくことも、同じくらい大切だと思うんだ。

 皆めいめいに目指すものがあって、それぞれの場所で頑張っている。夢を追いかけて行った幼馴染との再会を楽しみに、僕はこの地で役目を果たそう。


 そして、何より……。


「僕はここでの暮らしが、君たちとの会合が、存外嫌いではないんだよ」


 切ったススキを緑釉りょくゆうの花瓶に活けていた匕首に向けて、ぽつりと零した紛れもない本心。なんとなく気恥ずかしくなってしまい、腰掛けていた縁側から盛り上がりの中心へ飛び込んだ。


「短い夜会、楽しんでるかい!?」


 僕のコールに付喪神たちが意気揚々とレスポンス。乱痴気騒ぎはもう暫く続きそうだ。僕は扇を手にして煽りに煽る。


棋盤きばんのちょっかい、箏のお節介、匕首切れ味まるで外科医! 愉快痛快、奇々怪々! 現世うつしよ刹那の別世界、皆で輪になり喜々旋回!」

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