第6話 【魔王】再臨

「嫌だって、そう言った」


 ――でも、それでは俺の願いは叶えられなくなる。それは、ダメだ。


 俺のスペックは平凡も平凡。天性の才がある訳でも、古武術が使える祖父がいる訳でも無いし、ましてや異世界転生の肝であるチートも多分無い。

 けど、執着する心。それだけは人並み以上に持っている。


 ここでそれを呑む事は願いを叶える権利を自ら放棄する事となんら変わらない。

 そんな事、許容できる訳がない。


「……俺は商材、なんだろ。だったらお前は俺を殺せない。殺せないなら、ただ痛いだけだ。痛い、なら我慢すればいい。俺は……屈さない!!」


「理解し難い。屈さないから何なのです? 気絶すれば同じことでしょうに。それに、逆転の手立てもないのにどうしてそんな事が言えるんです? まさか被虐主義な訳でもないのでしょう?」


「痛いのは嫌いだ。けどな、それ以上にな……叶えたい願いが、俺にはあるんだよっ!!」


『――無様だな。そして欲深で醜悪。こんな人間が宿主になるなんて俺もつくづく運の無い』


 不意に、声が聞こえた。否――誰かが応えた。

 それは聞いたことのない変声期前の少年の美しいソプラノボイスだった。

 こんな時に、幻聴が聞こえるなんて俺の体はいよいよ不味いらしい。


「これでも抗うというのですか? 先には絶望しかないこの状況で? 敗北すると分かり切っているというのに」


「ああ。俺は、諦めが悪いんだ。……残念だったな、奴隷商人!!」


『だが、しかし――ふむ。その意気だけは評価してやろう。感涙に咽ぶが良い』


 再度の幻聴。けれど先程よりもそれは頭の中にはっきりと響く。

 いや、これは多分、幻聴なんかじゃない。


『さぁ、恐れを振り払い、ただ望め!!』


 疼くような鈍い痛みの中、俺は感じていた。俺の中に渦巻く強大な力の奔流を。

 自分では到底制御出来ない、あまりにも規格外な存在の胎動を。


「頼む、来てくれッ!!」


 俺は叫び――瞬間、胸から光が溢れ出した。

 それは【イデア】で渡された【欠片】の色にも似た、血のような深い赤だった。

 自分の胸から溢れ出す赤を見て確信する。

 転生の時に消えた【欠片】は、消えたのではなく俺が取り込んでいたのだと。

 次いで俺と内なる何者かが反転する。意識が肉体を離れ、視界は動いていない筈なのに見える景色が俯瞰に変わる。


『これは……!?』


 いきなりの出来事に驚愕して、気付く。俺は今確かに声を発したはずなのに俺の声帯が全く動いていない事に。

 赤い光が収まると、俺が口を開いた。俺の意思を全く無視して。


「――大いなる【魔王】の再臨だ。平服しろ、愚民ども」


 その声は聞き慣れた俺の声のはずなのに、とても傲慢で、そして力強かった。


「目くらましの【魔技】は使えましたか。しかしその程度で私に勝てるとでも?」


 エリオットが杖を振るう。しかしその先にはもう、俺の体はない。


「なにっ!?」


「無論、勝てる」


 俺の体はどういう訳かエリオットの背後に回っていた。

 何が起こっているのか、全く分からなかった。気付いたら、そうなっていた。


『何なんだ、これ……』


「何なんだ、とは結構なお言葉だな。俺はただ宿主の願いを聞き届け、お前の肉体を一時的に借り受けて顕現しているだけだ。何も問題あるまい?」


「何をブツブツと……喋っているっ!!」


 再びエリオットの杖が俺に――否【魔王】に向かって振り下ろされた。

 しかし、杖の一撃は硬質な音を発しながら寸前で静止する。


「あ、貴方。い、何時の間に武器を!?」


「武器の一つ程度その場で作れなくてどうする」


 何時の間にか握られていた独特な形状の曲剣がエリオットの杖を易々と受け止めていた。


「そんな馬鹿な!? そんな馬鹿な話があってたまるかァァァァ!!」


「あまり喚くな。耳障りだ。そんな事では――うっかり、息の根を止めてしまいたくなるだろう?」


 気付けば、エリオットの頭と胴体が分かたれていた。

 飛び散る鮮血が仄暗い世界を赤茶に汚していく。


『あ、あ――』


 その光景が、過去の光景と重なっていく。

 血濡れの道路に、凹んだ車体。鋭いブレーキ音に、撥ね飛ばされた少女に。


 ――『ねぇ、清人。清人は私の事――好き?』


 瞬間、肉体が無いにも関わらず強烈な嘔吐感に見舞われた。

 俺は、俺の体は、一体何をした?

 いや、見ていたから分かる。人を、殺したのだ。至極あっさりと。

 ふわふわとした感覚も相まって、ただでさえ希薄だった現実感が更に遠のいていく。


「……少しばかりやり過ぎたか。全く、難儀なものだ」


 その一言をを境に、俺の意識は黒く染まった。

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