第3話 幻想世界【イデア】

「【イデア】ってなんなんだよ!? どうして俺がこんな目に!?」


 反射的に状況の説明を求めるが、グリムは顔色一つ変えずに、


「詳細は神殿で纏めて説明します。ここは危険ですから私に付いてきて下さい」


 そう言って、慣れた足取りで人外が蠢く大路地へと歩き始める。

 こんなところに置いて行かれるなんて、冗談じゃない!


「おい、ちょっと待ってくれって!!」


 胸に釈然としないものを抱えながらも俺はグリムの後を追った。



♪ ♪ ♪



「……何なんだ、この場所は」


 辺りを見渡しながら俺は改めてそう呟いていた。

 【イデア】は奇妙な世界だった。

 右手に西洋風の神殿が見えたと思ったら左手に神社が現れ、しばらくすると今度は祭壇の様な物が見えてくる。

 その様は正にごった煮と言った感じで節操も規則性もなにもあったものじゃない。

 ここら辺が普遍的無意識の世界、という所以なのだろうか。


「正解です。地球の人々の潜在的な願望や意識が形になっている異界、それこそが【イデア】。なので建造物や住人は地球の人々の持つイメージや妄想が現実として反映されます。噛み砕いて言えば、物語の世界の延長線上にある世界、とでも考えて頂ければ良いかと」


 成る程、そう言われてみればそんな気もしてくる。地球の人々の空想が反映されているのであればこの統一感の無い感じにも頷ける。

 だが、今は世界観の解説よりも。


「……それで、何で俺は殺されたんだ」


 何故俺は死ななければならなかったのか。これが知りたかった。

 俺は人並み以上に失敗を繰り返してきた自覚はある。けれども生憎閻魔さまと早々にご対面を果たす程の罪を仕出かした覚えはない。


「理由は複数ありますが、一つ目はこの世界に来るにあたって肉体が不要だったからです。この世界は無意識の世界ですから。二つ目以降の理由についてはこれから詳しく説明します」


「それって――」


 疑問を口にする前にグリムが立ち止まった。


「着きました」


 そう言ってグリムが足を止めたのは歴史の資料集で見たような神殿の前だった。こういうのを確か……何たら様式って言うのだったっけ。


「来ないのですか?」


 振り返りながらグリムは尋ねる。

 そこで漸く神殿の前で立ち尽くしている事を自覚して慌てて彼女の背を追った。



♪ ♪ ♪



「さて、先程の問いに答えましょう。貴方を殺した理由。それは【イデア】でも地球でもない、全く別の世界に貴方を転移させる為です」


「別の世界……転移?」


 何処かで聞いたような話だと眉がピクリと反応する。

 異なる理の世界、そして転移。導き出される答えはただ一つ。


  ――異世界転移。


 聞き間違いではないかと自分の中で反芻してみるが、間違いなくグリムは転移と口にしていた。

 一時期入り浸っていた小説投稿サイトで親の顔よりも見た話だった。けど、それが実際に自分の身に降りかかってみると歓喜よりも困惑の念が勝る。

 物語の主人公たちは、毎度こんな事を経験していたのか。


「【イデア】は現在、宇宙より来たる邪なるもの、【邪神】と戦っており、少々前にその大本の打倒に成功しました。しかし残存する【邪神】によって私達の誇る最強の兵器が六つに破砕され、異世界に散らばってしまったのです」


「じゃあ、それを使って俺に【邪神】の討伐を?」


「いいえ、貴方は異世界にて破壊された兵器の断片――即ち六つの【欠片】を集めて貰おうと思っています。それさえ果たされればそれ以上は何も望みません」


 そう言いつつグリムが体を翻すとひとりでに扉が開いた。

 そしてその先には――


「やぁ! 君が例の杉原清人だね」


 紅葉色のマントを身に纏ったカボチャ頭のナニカが空中をふよふよと漂っていた。


「僕はジャック。ジャックオランタンのジャックだよ。これから君専属の案内人になるかな」


「お、おう……って、案内人?」


「あ、もしかしてまだ知らされてないっぽい?」


「全然何も聞かされてないんだけど」


 もっと言えば承諾すらしていない。という言葉が喉元まで出かかったがそれを言ったら尚更面倒な事になりそうだから言葉を飲み込む。


「君がこれから探す【欠片】なんだけど、残念ながら普通の人間には存在を感知出来ないんだよね。だから【欠片】の気配を感知できる僕が君の旅路をサポートする事になったから、その辺よろしくね!」


「お、おう?」


 何かよろしくする流れになってしまった。

 くどいようだが、まだやるとも何とも言っていないのに。


「言い忘れていましたが、この世界と地球は連動しておりこの世界が滅びれば連鎖的に地球も滅びます。そして大本が刈り取れたとは言え件の兵器が無くては【邪神】の撃退は困難と言えるでしょう」


「なっ!?」


 連鎖的に、滅ぶ?

 何だそれ、それじゃあ実質俺が【欠片】を集めきれなかったら世界が滅ぶって事じゃないか。

 冗談じゃない。俺はごく普通な大学生だ。それに世界の命運を握らせるなんて正気の沙汰じゃない。もし俺が人を選ぶ立場ならならもっと屈強で、頭の回る奴に頼む。

 どうして、俺に――


「責任の重い仕事なのは重々承知です。ですのでそれに見合う報酬をご用意します」


「……その話、詳しく」


 問い返すとグリムは「ええ」と頷いた。


「六つの【欠片】を全て回収した暁には、貴方の願いを一つだけ叶えましょう。何でも、とまでは言えませんが」


「じゃあ……死んだ人にもう一回会う事は、出来るのか?」


「可能です。貴方が望むのであれば転生や蘇生も出来ます」


 俺には絶対に叶えたい願いが一つだけある。それさえ叶えば他に何も要らなくて、文字通り俺の全てを投げ打ってでも叶えたいと思う、けれどこんな機会でもなければ絶対に叶えられない願いが。

 それを叶える為なら、俺は異世界にだって飛んでやる。


「分かった。……俺は【欠片】を回収する」


「色よい返事ありがとうございます。それではジャック、杉原清人に例のものを」


 グリムがそう言うとジャックはマントの中から箱のようなものを取り出した。

 そしてそれを開けると中からは赤い宝珠が姿を現した。


「これが辛うじて一つだけ取り戻すことが出来た最終兵器、その【欠片】かな」


 箱の中に収められている宝珠は血のような深い色合いをしていた。光の加減によって色合いを微妙に変えるそれは無機物にも関わらず脈動しているようにも見える。

 これが、神々の最終兵器、なのか?


「これは君が持っていて欲しいかな」


「これ、本当に俺が持ってて良いのか? 最終兵器なんだろ?」


「大丈夫かな。……それに、ぶっちゃけると僕達それに触ったらまず間違いなく悪影響が出るっぽいし」


「は?」


 思わずキツめの声が漏れる。しかしそれも仕方のない事だろう。

 ジャックが小声で付け足す前にもう俺の指先は件の宝珠に触れてしまっていたのだから。


「ッ!?」


 すると、宝珠がまるで生物の心臓のようにドクンと脈打った。

 脈打つ間隔は次第に短くなり、宝珠は一際強い光を発すると――


「消えた……?」


 手の中から忽然と姿を消してしまった。

 それとほぼ同時に俺とジャックを囲うように足元が発光し始めた。


「い、幾ら何でも展開早過ぎだろ!? もうちょっと、その、転移先の異世界の説明とかチートとか色々と――」


 先程の光の事とか、何で俺だったのかとか、聞きたいことはまだまだあった。

 しかし無慈悲にも光量はどんどん増していき――


「杉原清人。貴方の健闘をお祈りします」


 俺は、訳も分からないまま【イデア】から弾き飛ばされたのだった。

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