第2話 異世界へ誘う斬撃


 ――一人の学生があてもなく歩いている。

 彼の名前は杉原清人。

 特筆して特技は無し、趣味はゲーム。好きな物はサブカル関連のもの。有り体に言えばありふれたオタク気質の学生である。


「……」


 そんな彼なのだが、今日の面持ちは普段よりも二割増しに暗い。

 しかしそれも仕方ないだろう。

 何せ今は十二月二十五日――クリスマス当日なのだから。

 彼は賑わうカフェテリアを見て、次いで自分の隣を見遣る。そこに彼女の姿はない。どころか友人の姿すらない。

 つまるところこの男、ボッチであった。

 ただ真性のボッチかと言えばそうではなく、寧ろ友人は多い方だったのだが――


『悪い、清人。今日は彼女とデートの約束があるんだわ』


 その友人達は、漏れなく彼女持ちであり、清人は見事にあぶれてしまったのである。

 普通に考えて友人よりも彼女を優先する心は理解出来たものの、清人はここに友情の儚さを感じずにはいられなかった。


「まぁ、こんな日位、好きな人と一緒に過ごしたいもんな……俺もそうだし」


 だからかここに来て数度目の陰気な溜め息が漏れる。

 しかしそれを聞くものは寒々しい木枯らしばかりである。


「……今日も冷えるな」


 そう呟きながら歩調を早める。

 向かう先は駅から数分歩いたところにあるオタク御用達の本屋だ。

 一人ぼっちの男にはこの辺りの空気は少々毒だったのだろう。独りぼっちの悲しさを紛らわすべく彼は一人でずんずん進んで行った。



♪ ♪ ♪



 駅から離れていくと段々と人通りも疎らになってくる。……代わりに彼と同じく淀んだ眼の通行人は増えるがそれはさて置き。

 歩いているとふと、コンビニのガラスに自分の姿が映っている事に気付いた。

 そこに映っているのはワックスを付けても尚反発してくる頑固者の外ハネに、天を衝こうとしたが自重で潰れてしまったみたいな感じのアホ毛。そして冬場の洗濯を嫌った結果数日もの間連続で来てるダッフルコートと、暖かいジーンズ擬き。

 そこにはやはり垢抜けない、陰気な学生の姿があった。


「やっぱりもっと服装とかに気を使うべきか? いや、けど数着買う金があればBlu-ray一本買えちゃうしなぁ」


 店のガラスを鏡替わりに使いながらブツブツと呟いていると――ふと、視線を感じた。


「……誰かに見られてるような」


 普通なら中二病じみた発想だと一笑に付す場面だろう。

 だが、この日は。この日だけはいつもと違った。


『塩基配列確認。対象の肉体が杉原清人のものであると断定。任務を遂行します』


 返答、とは言い難い呟きのような文字の連なり。けれど確かに反応はあったのだ。

 警戒しながら周囲の様子を伺う。しかし先の声の主は見当たらない。

 気のせいか。そう思い踵を返すと――


「初めまして。杉原清人」


 何時の間にか身の丈以上の大きさの、死神の持つような大鎌が首元に添えられていた。

 しかもそれを手にしているのは日常ではまずお目にかかる機会の無いであろう、純白のローブを身に纏った女性だった。


「えっと……何で俺の名前を?」


「唐突な事で大変恐縮なのですが――死んでください」


 理解が追い付かないまま、彼の体は件の大鎌によって綺麗に二つに分かたれる。

 声を出す暇すら与えられなかった。

 何故。どうして。そんな疑問は終ぞ分からないまま放置される。

 しかし一つ確かな事がある。

 それは――彼は今しがた絶命したということだ。




♪ ♪ ♪



「……っは!」


 荒い呼気と共に俺は目を覚ました。

 俺はどうやら悪い夢を見ていたらしい。

 そのせいで冬だというのに体は汗でびっしょりと濡れていて気持ち悪い。

 少しでも気持ち悪さを軽減させようとコートを脱ごうとして――その手が止まる。


「どこだよ、ここ」


 そこは自宅の部屋でも、大学の教室でも、ハンバーガーのチェーン店でもなかった。

 ついでに言えば呑気に寝ていられるような場所でもなかった。


 空を見上げれば鳥の代わりにドラゴンが羽ばたき、地には角の生えた馬がそこかしこを駆け回っている。

 かと思えば獅子の頭と山羊の胴に蛇の尾がくっついた化け物までもが堂々と闊歩している。


 俺が寝ていた場所、そこは人の代わりに化け物が跳梁跋扈する人外魔境の草原だった。


「何だよ、コレ。悪夢は終わったんじゃないのかよ!?」


 想起するのは人体を両断した冷たい感触。

 あれは正しく悪夢だった。

 だというのに目覚めても尚、悪夢じみた光景が続いている。一体何なんだ。コレは。


「いいえ、貴方は悪夢を見ている訳ではありません。体を両断されたのも、目の前に広がる世界も等しく全てが現実のものです」


 俺の上擦った声に答えたのは酷く冷淡で無機質な、耳に覚えのある声だった。

 額に青筋を立てながら振り返ると、そこには当然のように大鎌をもった例の白い人が立っていた。


「ようこそ、杉原清人。普遍的無意識が生み出す幻想世界【イデア】へ。私グリム・リーパーは貴方の来訪を歓迎します」


 そう言うと白い女死神は恭しく首を垂れた。

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