幻想のトワイライト

睦月スバル

第一章 命の尊さを知るRPG

第1話 真夏の惨劇

 杉原すぎはら清人きよとは夜中の公園に呼び出されていた。

 時刻は午後八時。

 夏なだけあって周囲はまだ明るいが中学生が一人で外出するには少しばかり遅いのだが、呼び出し主から『重要な話があるから絶対にこの時間に』といった事を言われ、こんな時間に待ち合わせる事となったのだ。

 そんな訳で清人は指定された時間通りに公園に現れたのだが肝心の呼び出し主の姿はそこにはなかった。

 段々と不安になって来て時計を確認するが、悲しいかな規則的に進む針に狂いはない。


「……暑い」


 最近は連日のように三十度を超える熱帯夜が続いており、じっとりとした粘り気のある暑さが感じられる。風が吹けば体感温度は一度下がるとはよく言うが、時折吹く風までも生温いのでは体感温度も下がりはしないだろう。

 清人は立っているのもなんだしと、年季の入った木製のベンチに腰掛けると一匹の黒猫が清人の足元に擦り寄ってきた。


「クロもいたのか」


 クロはこの近辺に住んでいる野良猫だ。清人とは子猫の頃からの顔なじみで会えばこうやって擦り寄って来る程度には懐かれている。

 夜はいつも公園に居たのか、なんて事を考えていると、


「ごめんなさい。少し遅くなったわね」


 件の呼び出し主が、マロンペーストの髪を揺らしながら駆け寄って来た。

 彼女の名前は高嶋たかしまゆい。清人の幼馴染にして、クロが一番苦手とする人物でもある。

 彼女が姿を見せるなり清人は体を強張らせながらも居住まいを正し、クロは身の危険を覚えたのか毛を逆立てた。クロの唯嫌いは筋金入りであった。


「……俺は、全然構わないよ。それで、その、重要な話って?」


「その前に隣、座っても良いかしら」


「ああ、うん」


 言いつつ清人は反射的に体をベンチの端にまで寄せる。

 ベンチの大きさ的には充分な余裕があるにも関わらず。


「あ」


 そう言ったのは果たしてどちらだったか。

 ただ一つ確かな事は、この行動を切っ掛けに二人の間に気まずい雰囲気が流れたということだ。


 気まずい沈黙が降りかかる中、唯はゆっくりと口を開く。


「ねぇ、清人。清人は私の事――好き?」


「……え?」


 清人は、予想だにしなかった一言に驚愕する。

 何故、どうして。返答をするよりもそんな疑問ばかりが先行し、脳裏を疑問符で満たしていく。


「……答えて、くれないの」


「ち、違っ」


「じゃあ、答えて」


「お、俺は――」


 清人はその先を言おうとして――声が出なかった。

 まるで声帯が凍り付いたみたいに声が発せない。代わりに喉から漏れ出るのは掠れたひゅうひゅうという音ばかりだった。


「……変な事聞いたわね。ごめんなさい」


 そう言う彼女は哀しげな表情を浮かべながら口元で笑みを浮かべていた。

 それは、見るも痛ましい笑みだった。


「だから、これで全部おしまい」


 一瞬道路の方を確認すると、彼女は勢い良く道路に飛び出す。

 するとその横から狙いすましたかのように法定速度をまるで無視した乗用車が一台突っ込んで来た。


「待って……!!」


 一拍遅れて清人は唯を追いかける。

 しかし間に合わないのは誰の眼にも明白だった。しかし清人は愚直にも手を伸ばし続け、そして――


「――――ッ!?」


 車が、彼女の体を跳ね飛ばした。鋭いブレーキ音が夜の公園の静寂を引き裂いていく。


「……ぁ」


 その音と共鳴するかのように、少年の絶叫が鳴り響いた。

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