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「もう
クスクス笑うキヨエは、病院のベッドに横になり、右足首を包帯で巻いていた。ギプス等もなく、それはごく簡単なもので、見る限り他に重症そうな装いもない。
何よりキヨエは元気そうで、
キヨエの怪我とは、店でよろけて転んだ際、足首を捻ってしまった事による軽い捻挫と、転んで体を庇った際に出来た数ヶ所の軽い打撲だそうだ。
ただ、頭を打った可能性もある事から、念のため精密検査をする事になったという。加えて暫く検査らしい検査をしてこなかったので、それなら全身調べて貰おうと、一週間の検査入院をする事になったのだ。
どうやら貴子は、怪我と聞いて勝手に大怪我をしたと思い込んでいたらしい。
だがそれも仕方ないと貴子は思う、キヨエは電話口で、怪我した事を痛々しげに涙ぐみながら話していたのだ。あの時の涙声はどこにいったのか、だが、元気に笑うキヨエの姿を見ていたら、それもどうでも良くなった。
何はともあれ、軽い怪我で済んだのなら良かったと、貴子はほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうね、心配して飛んで来てくれて」
「ううん、とりあえず元気そうで安心した。それに仕事も休みだしちょうど良かったよ。こっちに少し居ても良い?」
するとキヨエは目を輝かせ、待っていましたとばかりに身を乗り出し貴子の手を握った。
「勿論よ!その為に貴ちゃんに電話したんだから」
「え?」
母達には言いづらかったからではないのか。
きょとんとする貴子をそのままに、キヨエは部屋の角に立っていた
病室は大部屋だったが、入院してる患者はキヨエを入れて二名だった。キヨエが居るのは窓際のベッドだ。もう一人の患者はドア近くのベッドを使用しており、今はベッドで本を読んでいた。
匠海はタオルを頭から取り、控えめに側にやって来る。先ほどは睨まれていたように感じたが、それはやはり、見知らぬ女の訪問に驚き、不審者だと思っていたせいかもしれない。今の匠海の視線は躊躇いがちで、良く見れば精悍な顔立ちをしている事に気がついた。こうして見えるのも、キヨエの怪我の程度を知り、貴子もようやく冷静になれたからかもしれない。
「この子は匠海君。今ね、うちの店を住み込みで手伝って貰ってるの」
「え、そうなの!?」
貴子の母親を含め、親族は畳んだ方が良いとさえ言っている蕎麦屋には、従業員が居たようだ。
「先程はすみません、助かりました」
「いえ、こちらこそ」
匠海とキヨエの家で鉢合わせた後、貴子が入院に必要そうな物を適当に見繕い、といっても、ある程度の物は病院で買う事も出来るので荷物らしい荷物は無かったが、そのまま匠海の運転する軽トラックで病院まで連れてきてもらったのだ。
「貴ちゃんは、東京に居る長女の娘よ。今日から貴ちゃんに店を手伝って貰おうと思って」
「え!?聞いてないよ!私、店なんて手伝った事ないし!」
「大丈夫よ、私の代わりだからお料理運ぶだけ。今は、
そうなの、と振り返ると、匠海はペコリと頭を下げた。
「という訳で、よろしくね」
ぽん、とキヨエは貴子の肩を叩くと、「じゃあ、お仕事頑張ってね」と、貴子は反論の余地なく病室から追い出されてしまった。
その日の夜は、久しぶりに貴子が来たと集落の家々から人が集まり、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。それが過ぎれば、広い家で匠海と二人きり。よく知りもしない男と嫁入り前の女が同じ屋根の下で二人、間違いなんて起きないだろうが、そうとは言いきれないのが、男と女だ。
だが、どうしよう、なんて考えていたのは貴子だけで、匠海はアルバイトに出掛けると、夜中まで帰って来なかった。
聞けば、キヨエの店では給料は受け取ろうとせず、その代わり住み込みで食べさせて貰っているという。朝からお昼過ぎまでキヨエの店で働き、夜は町の蕎麦屋で働いているらしい。とは言え、要らないと言われても、匠海の給料はキヨエがよけて別に積んであるそうだ。
それにしても何故給料を受け取らないのか、こんな若者が何故潰れかけた蕎麦屋で働いているのか、貴子には謎だった。
そしてその蕎麦屋に、そもそも自分が来て手伝う程、客は来るのだろうか。
道の駅の側にある蕎麦屋は、祖父の邦夫が始めた店で、
そんな店に、貴子の出る幕はあるのだろうか。
だが、そう侮っていたのが間違いだった。
匠海について朝早くに開店の準備に取り掛かり、午前十時の開店から閉店まで、店は絶えず客で賑わっていた。
話を聞けば、この蕎麦を食べる為、キヨエに会う為に、わざわざ遠方からこの地へ足を運ぶ客も多いという。
貴子にとってはメニューが少ないのがせめてもの救いだったが、てんてこ舞いの給仕デビューとなったのは、言うまでもない。
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