六 蛇の鱗

 エリカとアキホシは、不気味な男と対峙していた。

 男は掠れた気配でアキホシを眇めた。


 白蛇が怪我をしたエリカにするすると近づき、手を噛んだ。


「うっ」


「エリカっ!?」


「大丈夫」

 男が冷静に宥めた。


「白蛇の毒は人間に害はない。むしろ止血作用と鎮痛効果があるんだ」


「そんなの聞いたことない」


 アキホシは思わず男を睨む。

 が、男は意に介さず醒めた目で受け止めた。


 アキホシの背にもたれかかっているエリカが「もう、痛くない……」とぼそっと零した。


 男が先程と打って変わって、アキホシとエリカを探る視線を送った。


「君らは……迷い込んだ?」


「そ、その……」


 アキホシの口の中が異様に乾く。言葉を継げない。


「君らの家は、ここじゃないはずだよな?」


 懐疑的な男の声。

 常識ある大人なら、それは深夜徘徊の不良少年を追い返す前提の声音だった。


 逸るように噛みつくようにエリカが言う。


「私は、家に帰りたくない……!」


「そっか。じゃあ君らの目的は、地上に戻ることじゃなく、そこの女の子の傷をどうにか治してここで生きていくことってわけか」


 男は少し考える素振りをした。


「手足の潰れた女の子は動けず、その女の子を生かすには少年が動き回るしかない……」


 男は、アキホシに判断を委ねたようだった。

 アキホシはしぶしぶ答えた。


「……俺も正直、家に帰りたいとは思わない。でも正直言うと、今すぐ家に戻って救急車呼んだほうがエリカが助かると思ってる」


 エリカはせせら笑った。


「いいよ助からなくても。それよりそっちは怪我の治し方知ってるみたいじゃん」


 そっち、と指された男は絶望したような目をして首を振った。


「知っていたけど、忘れたんだ……」


 そして手招きをした。

 アキホシは呼ばれるまま近づいた。手に汗が滲む。


 エリカを地に降ろした。

 闇の底に沈むように横たわった彼女はもぞもぞ仰向けになり、二人を見上げた。


 男は手に持っていた白蛇の鱗を掲げ、「食べれば?」と勧めた。


 白蛇の鱗は桜の花びらのように薄く、闇の中でもぼんやり発光し、真珠の光沢を帯びていた。


 アキホシは仰天して「うっ」と呻いた。


 男はアキホシを羨ましそうな目で見た。


「俺も少年と同じく昔は爬虫類嫌いだった。蛇なんて見ただけで蕁麻疹が出るくらいだったのに。今では何も感じない」


 男はアキホシの手を掴み、無理矢理に蛇の鱗を握らせた。


「……食べてどうなるんだ?」


「食べればわかる」


 手に取ると硝子のように硬く、とても食べられたものではないように思えたが、口に入れると金平糖のように甘く溶け出して、ほんの少しのざらつきを舌に残した。


 鱗を全て嚙み砕くと、浮遊感と共に映像が頭の中を流れた。





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