二 空地

 その空地には一階建ての建物ぐらいの高さの大岩が二つ、大人の背丈の中岩が四つ、小学一年生の背丈くらいの小岩が二つあった。


 その岩場の前に井戸の跡があった。

 井戸と言ってもそこには水汲みの装置はなくただ地面に空いた穴だ。

 円筒のコンクリート囲いが剝き出しで風情も何もない。


 五メートル強の深さの直径二メートルの丸い穴に足場の木材が五、六本渡してあるだけ。

 落ちて打ち所が悪ければ大人でも死んでしまうような穴だった。


 井戸の底は昼間でも闇が密集している。ましてや今は深夜だ。


 エリカたちのように空地に集まる子供たちは各々岩場に上ったり、飛び降りたり、井戸の跡に渡してある腐った木材の上を歩いてみたりして遊んでいた。

 子供はいつだって命がけのスリルに魅了されるものだ。




 その空地には守り神がいると言い伝えられていた。この辺りの土地の主という噂だ。


 白い鱗に赤い目の蛇だ。

 その姿を直接目撃した子供は少ないが、蛇の抜け殻は頻繁に見つかる。

 その抜け殻のサイズは徐々に徐々に大きくなっているのだ。


 その白蛇はいつか大蛇になり、子供の前に姿を現し、人の言葉で話しかけてくるのだとエリカは固く信じていた。




 エリカは空地で虫を捕まえた。

 捕まえて井戸に放り落とした。


 アキホシは「やめなよ」と制止した。

 だがエリカは「わかった。わかった」と言うばかりでやめる気配がない。


 そのうち虫を捕まえ、両手に二匹、三匹と握りアキホシに見せつけて、それに飽きると夜空へ飛ばせる。

 だが素手で翅を触られた蝶は翅が千切れてあまり飛べない。すぐに地に落ちる。

 それをまた拾い、翅を弄り、空に投げ捨てる。


 カブトムシやカナブンは岩や木にしがみつかせてはまた掴み上げて、を繰り返す。

 当然掴み上げられる度にカブトムシは木の幹にその足を引っかけしがみついて抵抗する。だから余計に傷つく。

 足が二、三本引き千切られたカブトムシはやがて手足を縮め、しがみつくことを諦め動かなくなる。

 カマキリはその首がポロリと落ちるまで嬲られる。


 エリカに表情はない。ただ目だけが好奇心で血走っていた。


 エリカの行動を注意し続けたアキホシはやがて疲れて、ぼんやり岩場に座り一部始終を眺めた。


 エリカは虫たちの亡骸をすべて井戸跡に投げ落とした。


 不意に現れた白蛇がするすると微かな物音を立てて井戸を下りて行った。


 飽き始めていたエリカは白蛇の姿を認めると、月明かりの下で目を光らせた。


 井戸の底へ白蛇の姿が消えると、木材を井戸を塞ぐように移動させ始めた。


「やめなよ、エリカ」


「何で?」


「守り神を閉じこめたら祟られるって」


「うへぇー嘘ばっかり」


「マジだよ? 知ってるもん俺。なあほんとに駄目って。やめてマジで」


「はいはい。わかったから」


 なおもエリカは木材を引き摺り、井戸に蓋をした。


「本当にそれ以上やるなら友達やめる」


「え」


 その隙が不運を招いた。

 エリカは足を滑らせ、井戸跡に落ちた。


「エ、エリカッ!?」


 アキホシは駆け寄り井戸を覗きこんだ。


 暗闇。水の生臭さ。何か悶えるような反響音。


 それに一秒間静止し、意を決して井戸を降り始めた。とはいえ直径二メートルの井戸。


 両手足を壁につけてじりじり降りる。

 だが、目測が誤って勢い良く滑り落ちた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る