第50話 数に秘められた想い

「柚希ちゃん、また会おうね!」

「これからも頑張って!!」

「いつか試合見に行くからね」


 部活の仲間たちが口々に柚希のことを応援しながら帰宅する。


「みんな来てくれてありがとう! 久しぶりに会えて楽しかった。これからも応援お願いね」 






 そして柚希は足利の方を見る。


「しっかりとお礼言えてなかったので……先生、お世話になりました。ありがとうございました」


 柚希は深くお辞儀をすると金メダルを手に取った。そしてそれを足利にかける。


「羽澄……」

「このメダルはわたしに関わったすべての人と一緒に取ったものです。もちろんそこには将軍先生も含まれていますよ」

「ありがとな。羽澄」


 そして足利は少し遠くを見る。過去を見ているような目で。


「羽澄が事故に遭って全日本まで共に戦えなくなったと知ったとき、部員は誰も泣かなかった。実感が湧いてなかったのかもしれないがな。それでも練習に向かう姿勢が明らかに変化した。全日本で金賞を取ったとき……あれが私が初めてみんなの涙を見たときだったかもしれん。嬉しくて泣いてるのかと思ったが口々にみんなが言っていたのは『羽澄と出たかった』だった。羽澄がみんなのおかげで金メダル取れたのなら、私たちは羽澄のおかげで金賞が取れたのだ。ありがとう」

「先生……」

「これからも羽澄らしく励みなさい」


 優しくそう言い残して柚希にメダルをかけ直すと、足利は去っていった。



 柚希と蒼依と凌久だけが残り、片付けと掃除が終わって柚希も家に帰ろうとしたとき、凌久に声をかけられた。


「なあに?」


 柚希が振り返ると優しく微笑んでいる凌久と目があった。以前のような無表情の凌久はもうどこにもいない。柚希にはそのことが嬉しくもあり、少し寂しくも思えた。


「柚希さ、世界一ってどんな気分なの?」

「……どういうこと?」

「いや……ずっと聞いてみたくてさ。世界一になって表彰台の一番上に立って金メダルもらうときとかってどんなこと思ってるのか」

「……怖いよ」

「ん?」

「だから、怖い。嬉しいし、誇らしいけど、周りから注目されて追われる立場になるのは責任が付きまとってくるからね」

「それでも楽しいだろ?」

「そうじゃなきゃここまで続けられなかったよ」

「てっぺんからの景色って気持ちいだろ?」

「うん。最高だよ」

「兄ちゃんと同じこと言ってる」

「ちょっとは近づけてたら嬉しい」


 柚希は窓まで歩いていく。校庭では野球部が白球を追いかけていた。それを眺めながら柚希は窓の手すりにもたれ掛かる。


「……これからどするんだ?」

「どうしよっかね」


 ふふふ、と柚希は笑う。


「目標達成しちゃったもんね。四年後を目指してもいいし、違う道に進んでもいいし。今年一年滑りながら考えて見ようと思ってる」

「俺は続けてほしいけどな」

「……え?」

「きっと今回のパラリンピックを見て、柚希の滑りに感動した人って結構いると思うんだよね。そういう人たちに、もうしばらくは柚希のスキー見て欲しい。……もちろん、俺も見たいし」


 そう言うと凌久は少し照れくさそうな顔になる。


「……凌久のことだから、スキーやめてフルート吹けって言うかと思ってた」

「いや、そりゃね。吹いてくれるならいつでも聞きたいけど。だけど、今の柚希は今の柚希でかっこいいんだよな。だから何かどっちの柚希のことも見てたいから……だから、やめないで欲しいって言うのが俺の本音」

「凌久…………」

「俺だってたまには良いこと言うんだぞ」

「そうね、ふふふ」

「おい、納得するな。そこは凌久はいつも良いことしか言ってないって言うとこだろ」

「ん? ごめん、何? 聞こえなかった」

「おい」


 二人で笑い合う。

 笑うという行為だけでも、常に第三者の目が側にあるようになった柚希にとっては最近はあまりできなくなっているものだった。そして、それは柚希が柚希でいるためには必要なことだった。


「まぁ、しばらく滑りながら考える」

「そうだな」


 柚希と凌久は蒼依とともに帰宅する。その途中ですれ違った人々は一様に振り返って柚希の顔を確認してくる。


「柚希ちゃん、ここらでは有名人だからね」

「そうなの?」

「そりゃ、地元からパラリンピック金メダリストがでたってなったら地域をあげて応援するだろ」

「そういうものかな?」

「「そういうものだよ」」


 なぜか凌久と蒼依の声が揃った。二人が少々気まずそうに顔を見合わせる。


「今度、二人には見てもらいたい」

「ん?」

「わたしが滑ってるとこ。たぶん今まで見てもらったことないよね?」

「うん。ないよ?」

「だから、次の試合招待するよ」

「えっ!?」

「海外旅行も兼ねて国際試合でもいいけど?」

「柚希ちゃん、何言ってんの!?」

「今までかけてきた迷惑のお詫びと感謝の気持ちだよ」

「……じゃあ、俺行くわ」


 凌久が手を上げる。蒼依はしばらくためらっていたがやがて頷いた。


「……楽しみにしてるね」

「ふふふ。最高の滑り、見せるから楽しみにしててね!」









 柚希の家に着く。


「ただいま」

「おかえり、柚希」


 母が玄関まででてくる。


「……じゃ、ここで」


 そう言って帰ろうとした二人を母が呼び止めた。


「ちょっと寄っていきなさいな。蒼依ちゃん、凌久くん」

「え?」

「久しぶりの再会でしょう。それに柚希はまたすぐに新潟に行ってしまうわ。せっかく一緒に過ごせるんだから、話尽くしなさい」


 母の言葉に二人が顔を上げた。


「それなら、しばらくお邪魔してもよいですか?」

「もちろんよ。いくらでもいていいのよ」

「……お邪魔します」


 二人が柚希の後ろから家に入る。柚希の自室まで着くと柚希はスーツケースの蓋を一度開ける。

 明日新潟に出発するので、一度解体したがすぐにまた出発準備だ。


「……なんだこれ」


 凌久の声が聞こえる。柚希が振り返ると凌久が部屋の隅に置かれた箱を覗き込んでいた。


「あ、もしかして」

「おいお前さ、兄ちゃんからの届け物未開封なの!?」

「やっぱそうだよね、やらかしたなぁ」


 柚希が思った通り、それは夏に帰国したときに丞から届いていた箱だった。あのときはその後に丞本人から電話がかかってきて忘れ去られた箱は母かお手伝いさんの手によって部屋の隅で小さくなっていた。


「今開けていい?」

「もちろん」

「私も見たい」


 二人の承諾のもと柚希は箱のガムテープをカッターで切っていく。


「わぁぁ」


 思わず三人の口から声が漏れた。

 箱の中にはバラの花束が入っていたのだ。それもただの花ではない。それはソープフラワーだったのだ。

 形が崩れないよう優しく梱包されている。周囲の梱包材を取り出し、柚希は花束を手に取る。


「柚希ちゃん、何本ある?」


 そう言えばバラは本数によって意味が異なるのだ。柚希はゆっくりと数えだす。


「…………12本」

「12本は〖私と付き合ってください〗だよ」


 蒼依の言葉に柚希は瞬きをする。


「……きっといたずらか、何かの間違いだよね」

「んなわけあるかよ、兄ちゃんだぞ。意味を知らずにこんなの送るわけないだろ」

「だって、普通に考えてあり得ないよ」

「あり得るんだよ」


 柚希はもう一度花束を見つめる。赤いバラが優しく束ねられていた。


そしてあのとき丞が『答えを聞きたくて電話したんだけどな』と言っていた理由がようやく分かった。










「柚希ちゃん、どうするの?」

「いや……すぐには答えられないよ」

「そう? もうでてるんじゃないの??」

「もう! からかわないで!!」

「ふふふ」

「蒼依ちゃん!」

「まぁ、柚希ちゃんが思う通りにすればいいと思うよ」









 そのとき柚希は気がつかなかった。恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに照れている柚希のことを、凌久がどのような表情で眺めていたかに。

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