第3章 家族になろうよ
第51話 紫苑からのサプライズ
新潟に戻ってきた。柚希はお礼参りも兼ねて羽澄神社を訪ねた。
紫苑から電話がかかってくる。
「柚希、そろそろ着く?」
「うん。もうすぐ鳥居まで来るよ」
「じゃあ、外にいるから」
紫苑が社務所の門で立って待ってくれていた。今日も羽澄神社は多くの参拝客で賑わっている。
神社の跡取りでもある紫苑は例の噂はあれど、いや、あの噂があるからこそとでも言うべきか、注目の的だ。高校生や大学生の参拝客が遠巻きに眺めている。
紫苑がこちらに向かって歩いてくる。その姿を追っていた、参拝客が柚希に気づき驚いた表情になる。
「お越しくださいましてありがとうございます」
紫苑がきっちりとお辞儀をする。紫苑の公私をしっかり区別して接してくれるところは本当にありがたい。柚希も丁寧に返した。
「こちらこそ、お招きありがとうございます」
「それではこちらへ」と言いながら紫苑は柚希のことを先導する。
柚希は拝殿でお参りをすると社務所でお守りをいただく。祖母から柚希、柚希から丞、丞から柚希へと巡っていたあのお守りと同じ青のお守りだ。
「こちらへ」
紫苑はさりげなく柚希のことを玄関へと招く。柚希もお客様を装って家に入る。他人の目にはこの大きい建物が家だとは思わないだろう。
実際のところ、柚希とこの神社には何らかの関わりがあるのではないかと言われてはいたが、ファンの間では名字とたまたま同じ神社に参拝しているのだろうということになっているため、この神社は柚希のファンにとって聖地となっている。
紫苑は奥の部屋へと向かう。そして、あのときと同じように暗い階段を下りて、ドアを閉めるとライトを付けた。
「……ただいま、紫苑」
「おかえり。あとおめでとう」
柚希はソファに座る。
「そういえば紫苑っていつも袴だよね」
「そりゃ神社の家系だからね」
「わたしもだけど」
「まぁ、柚希たちはね。少し遠いから」
「まぁね」
紫苑と話していると安心する。負の感情が全て浄化されていく気がするのだ。
「柚希さ、ファンに隠してていいのか?」
「神社とのこと?」
「うん」
「……まぁ、引退の時には公表するかもしれないけど、今はまだいいんじゃないかな」
「柚希の考えに従うけどさ」
「……何かあった?」
「いや……取材依頼が増えてて、結構柚希との関わりも聞かれるんだよね」
「そうなの?」
「毎回、勝負の神を奉っている神社ということもあって参拝くださっている、としか答えてないけど。だけどね、ちょっと心配」
「う~ん……もうしばらくはそれで行こう」
「分かった」
柚希が今日来たのは元旦に聞けなかったことを聞くためだ。
「紫苑、話がある」
「いいよ、何?」
「噂が本当か、教えて。それとこの神社の歴史も」
「帰ってきたら教える約束だったもんな」
「いい?」
「もちろん」
そう言いながら紫苑は床のタイルを三枚はがした。
ここは神社の地下なのにまだ下があるようだ。
柚希は中から板を一枚持ってきた。何の変哲もないただの板だ。
「ここにサインを」
「何これ」
柚希は板を見る。そこにはそれまでにサインをした大勢の人の署名がされていた。
板には文が刻まれている。誰かの手によって彫り込まれている。
〖この署名板の存在は秘匿するように。この署名板に署名できる者は、羽澄家の血を引く者のみとする。故に配偶者は含まれない。子へは彼らが親及び兄姉の才能に勘づくまでは秘匿するように。この文言を一つでも破ったものには天罰が下される〗
「これにサインをしてくれれば教えられる」
よく見ると最後の署名は紫苑だった。その上には父の署名もある。
柚希は一つ頷く。
「じゃあ、話すね」
この神社はもともと狩猟の成功を祈るために建立されたんだ。
それから二百年ほど経ったとき、この地に魔物が住み着いた。その魔物は他人の意思を読み取る力があってこの町の人々の仲を決別させていった。
そのときに立ち上がったのが僕らの祖先だった、羽澄
彼はその魔物を退治した。そして、祟りを恐れた民の声を受けて、この神社に奉ったんだ。
その後神話が誕生する。そこにはその魔物を退治するときにこの神社の神様のご加護があったと書かれていた。そのためにこの神社は勝負の神を奉っていると言われているんだ。
実際のところは、退治した相手を奉っているんだけどね。
退治したはずだが、なぜかその意思を読み取る能力は武左衛門に乗り移ってしまった。またその息子の
僕たちはその意思を読み取ることを【声】を聞くと呼んでいるんだよ。
そこで出てきたのがこの署名板だ。羽澄家の血を引く者に能力が引き継がれてしまうことに気がついた武左衛門と与吉は左衛門は最後気この署名板を作った。そして、特別な力を用いてこの署名板を作り上げたんだ。
その作られ方は僕たちですら秘匿されている。これがなくなれば代わりはないんだ。
作った板は羽澄神社の拝殿の脇の地下に埋められた。
だからこそ、戦時中ここが防空壕になったときこの板は地中へと隠された。防空壕がこの部屋へと姿を変えるとき、床板を少し移動させると取り出せるようにした。それをしたのが僕たちの祖父だ。祖母はその存在を知らない。
ここに署名できるのは羽澄家の直接の血を引いている人だけなんだ。
そう話しながら紫苑は墨を磨っていく。
黒々とした墨が磨れると紫苑はコトンと墨を脇に置いた。
そして、筆を墨にたっぷりと浸した。
柚希に向かって一本の筆が差し出される。
「柚希」
柚希はその筆を手に取る。背筋が伸びる。
そして一気に署名した。
何が起こるのかとヒヤヒヤしていた柚希は呆気に取られた。……何も起こらなかったのだ。
「はい、柚希も大丈夫。資格有り」
「え?」
「何が起こるかは分からないけど、この能力を違うこととかに使ってやろうとか画策してる人は署名すると何らかの罰がくだるらしいよ」
「この能力はどう使えばいいの?」
「僕が父さんに言われたのは『人の笑顔のために使え』だったよ」
「人の笑顔のため……」
「柚希なら大丈夫だよ。だってもう既にたくさんの人笑顔にさせてるもんね」
「ありがとう」
しばらく二人は黙っていた。
「ちょっと今から出掛けない?」
「どこに?」
「乗馬場」
「え?」
「見せてやる」
そういった紫苑に連れられて徒歩でその乗馬場へ向かう。そこは羽澄神社から十五分ほどしたところにあった。
「こんなとこ来るの初めてだよ」
「だろうね」
紫苑はなれた様子でポケットから鍵を取り出し、中に入る。
柚希のことを待合室のような場所で待たせて紫苑は更衣室へと向かった。
やがて部屋から出てきた紫苑は武家風の仮装束姿だった。
「紫苑!?」
「柚希は夏はオーストラリア行っちゃうだろ? だからこっちにいる間に見せたいなって思って。僕からの金メダルおめでとうのサプライズだよ」
「神事をこんなところでいいの?」
「もちろん。だってここが僕とカナエの演習場所だから。今日も演習」
「カナエ?」
「カナエは僕の相棒だよ。会わせてあげるね」
そう言うと紫苑は厩舎に入っていく。柚希も続く。そこには五頭の馬が藁を食べていた。
「……かわいい」
柚希が呟くと紫苑は自慢げに言った。
「だろ。ここの管理人の須野原さんご夫婦……たゑの息子さんと奥さんが、愛情たっぷりに育ててくれてるから、すごく元気なんだぜ」
「へぇ、そうなんだ」
「ちなみにこいつがカナエ」
そう言った紫苑に一頭の馬が顔を寄せる。その姿は紫苑のことを信頼している証のように柚希には思えた。
紫苑の髪と同じ栗毛色の馬だった。
「よし、カナエ行くか」
そう言うと紫苑はカナエとともに歩きだした。
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