第49話 ただいまの返事
柚希は蒼依に続いて階段を登っていった。
そして、その足がまっすぐに向かっているのは疑いようもなく、音楽室だった。
「蒼依ちゃん、ほんとに大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だから」
蒼依がスマホを出したときドアが開き、凌久が部屋から出てくる。
「柚希!!!!」
「凌久…………」
凌久が廊下を走ってくる。
「柚希、おめでとな!」
「凌久こそ大学合格おめでとう」
「もう、今はおめでとうって言ってくれる人いるから言わなくていいぞ」
三年前は柚希が卒業と合格祝いを言った記憶がある。柚希は微笑んだ。
「お義母さんに会ったよ。昔凌久が言ってた通り、面白い人だね」
「だろ」
「昔話はそれほどにして。柚希ちゃん、凌久くん、行こう」
蒼依の言葉に頷き柚希が歩いていくと、音楽室の中からはなにやら物音がしてくる。
ドアの前に立つ。柚希の思っていたことは正しそうだ。二人以外にも誰かがいる。
凌久と蒼依が大きく扉を開け放つ。
「え…………」
柚希の口から思わず声が漏れた。
想像もしていなかった光景が広がっていた。三年前に共に全国を目指していた仲間たちが顔を揃えていた。
「ちょっと……待って…………」
柚希は一度廊下に引き返す。その時だった。
音楽室から懐かしい曲が流れ出したのは。毎日何時間も吹き続けていた、吹いていなくても勝手に指が動き出してしまう、あのコンクール曲が流れてきた。
CDの音ではないことに気づいた柚希は思わず音楽室を覗く。
そこではかつての仲間たちが楽器を奏でていた。
柚希は頬を涙がつたるのを止めることができなかった。後から後から絶え間なく流れていく。
「なんで……」
柚希の呟きに答えたのは低い声だった。
「羽澄の金メダルの後、唐突に大和から連絡があってな。気がついたらみんな来ることになってた」
柚希が振り返るとそこには顧問の
「将軍先生…………」
何の関わりもないらしいが室町幕府の足利家と名字が同じため、当時から将軍先生と呼ばれていた吹奏楽部の顧問だ。
「久しぶりだな。羽澄」
「将軍先生……あのときはご迷惑おかけしました」
「気にするな。羽澄のおかげで全国行けたんだぞ」
「わたしじゃなくて、みんなの努力の賜物ですよ」
「そのきっかけになったのは羽澄だからな。そもそもこの部活をより強くしてくれたのも羽澄がいたからだ」
足利は柚希の背中をそっと押した。
「羽澄、入れ。みんなお前が来るのを待っていたんだ」
「…………」
柚希は涙を拭くと音楽室に入った。
あの頃と変わらない部屋。あの頃と変わらない仲間の笑顔。
それでも、彼らは全員顔つきが少し変わっていた。それはそうだろう。柚希が三年だったときの一年生ですら既に高校生になっているのだ。
柚希は前に進み出る。
「みんな、応援ありがとう。やっとここに戻ってこれました。いろいろ辛いことも苦しいこともあったけれど、フルートをやめたからこそみんなに胸を張って合うために頑張ってきました。ちょっと長くなるかもしれないけど、聞いてください」
そう言うと柚希はゆっくりと話し出した。
「わたしが音楽の世界から抜け出したのは新しい自分を見つけたかったから。それまでは祖母のおかげでフルートでは無敵の羽澄柚希でいられたけど、事故に遭ってしまった。
何か変わりたかったんだよね。祖母の名前に守られたいるのは嫌だった。
だから、フルートやめたのは吹奏楽が嫌いになったわけでもないし、みんなと会いたくなかったからとかでは全くない。
だけど、やめるからにはみんなに次会ったときに誇れる自分でいたかったの。だから、自分に課題を出した。それがパラリンピックの金メダルだったってことなんだけど……。世界一になったなら、みんなは許してくれるかなって。逆にそうでなかったらみんなを捨てたわたしを誰も許してくれないんだろうなって思ってた。
だんだんスキーで結果が残せるようになったけど、中学時代の人でわたしに連絡してくれるのは蒼依ちゃんと凌久だけだったから、もう忘れられてるんじゃないかな…………って思ってたのにさ、何このサプライズ? ほんとに嬉しい。
みんなありがとう。応援してくれてありがとう。今日来てくれてありがとう。
ずっと伝えられてなかったのでここで言います。全国で金賞、おめでとう。本当に一人の吹奏楽部員として嬉しく思います。もちろん一緒に行きたかったのはあるけど、みんなが達成してくれて感謝してる。
わたしのこと許してくれますか? みんなはわたしに金メダルおめでとうって言ってくれますか?」
途中から泣いていた。そこにいる皆が。柚希は泣き笑いで微笑む。
「みんな、これ見て?」
柚希がショルダーバッグから取り出したのは黄金色に光輝くメダルだった。
音楽室中から息をのむ音が聞こえる。
「どうぞみんなで回してください」
柚希は隣にいた蒼依の手にポンとメダルを置いた。蒼依は部長の手にそれを置く。部長はそれを隣の人の手を置く。そして、柚希の方へ歩いてきた。
「羽澄。おめでとう」
「ありがとう」
「もう、何千人って言う人に言われてるだろうから何か違うこと言いたかったけど、他に思いつかなかった」
「何千人って……言いすぎだよ」
柚希は笑う。部長は柚希を眩しいものを見つめるような目で見てくる。
「だけどな、羽澄があそこで滑ったことはたくさんの人の胸に届いたんだ。結城選手と交互に頂点取り合う羽澄の姿はとてもかっこよくて、尊敬した」
隣で蒼依が深く頷く。
「ありがとう」
柚希の口から自然と声が出る。
「みんな…………ただいま」
「お帰りなさい」
忘れられていたと柚希が思っていたかつての仲間たちから帰ってきたのは暖かい言葉と大きな拍手、そして柚希がずっとみたいと思っていたみんなの笑顔だった。
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