第2章 世界一へ
第20話 突然現れた強者 (栞奈視点)
今年はパラリンピックのプレシーズンだ。どの選手も常に緊張感を持って試合に挑んでいるし、全力で練習に励んでいる。
………はずなのに、この彗星のように出現したこのひとはこの人はなんだろう。
本来なら私が上がるはずだった、私が一番得意としている種目の表彰台の一番高いところで笑顔で写真撮影に応じている人を一度冷たい目で見つめてから私も笑顔を作った。
羽澄柚希。高校三年。
初めて試合に出場したのは去年。初めての試合は緊張から途中で派手に転倒し、途中棄権。去年の全日本選手権では……確か入賞もしていなかっただろう。
この一年で、突如輝いた。出場した試合すべてで銀メダルか銅メダルを獲得し、今回の全日本選手権ではスーパー大回転以外の種目は私についで銀メダル。そしてスーパー大回転では日本のエース、世界の頂点に立っていた私まで越えてきた。
………許さない。絶対に許さない。
表彰式の最中ずっとそんなことを考えていたからだろうか。式の後、馴染みの記者さんに「珍しく笑ってない笑顔だったね」と言われた。
一通りの取材を終わらせても、まだ羽澄選手はインタビューを受けている。尊敬していると言っていた九条選手と同じようににこやかにインタビューに応じる羽澄選手を一睨みする。イライラしながら私は待つ。
待つこと十五分。やっと羽澄選手のインタビューが終わった。記者たちに深く礼をして、退場している。
(こんなところで媚び売るなよ)
廊下の壁に寄りかかり私はこちらに向かって来る羽澄選手を睨み付けた。
目が合う。ヤバい!と思って私は目をそらしたが羽澄選手はにこりと笑った。
「結城選手!!!」
「なによ、なんか用?」
「今日はお疲れ様でした」
「それは負けた私への嫌みかしら」
私がそう言ったとき後ろから声がした。
「あら、あなたこそ負け犬の遠吠えよ」
振り替えるとそこにはフローラ・バウアー選手がいた。フローラ選手はアメリカ人のくせに日本語がペラペラだ。それでいて今は姉の美郷を引退に追いやり、自分はずっと世界一になっている。
「なんであんたがここにいるの」
「今回は柚希のお手伝いよ」
「あんたたち、同じチームだったわね」
「そうよ。自慢のチームメイト」
「それで、何? 負け犬の遠吠え? 喧嘩売ってんの!?」
「売ってるんじゃないわよ。事実を的確に述べているの」
「今回はコンディションが上がらなかったの」
「へぇ、言い訳するのね」
頭がかっとする。
「言い訳!? そんなのするはずがないでしょ!!」
「そろそろ柚希との実力に真剣に目を向けてもいいと思うけど」
分かっている。今日は完全に羽澄選手の日だった。普段なら私を囲っていた記者たちはほとんどが羽澄選手のところへ行っていた。今回は実力で負けた。
それでも、プライドが許さなかった。
「羽澄選手、ひとつ言わせて」
「どうぞ」
「これからもう一度も勝たせないから」
私が言いきると何故か羽澄選手は笑顔になった。
「わたしもこれからも頑張ってまた頂点に立てるようにします」
「もう二度と来ない全日本女王を堪能するといいわ」
「はい」
なぜそこで素直に返事をするのだろう。意味が分からない。こんなに私に嫌みを言われても笑顔の羽澄選手は正直理解できない。
「あんたさ、今私に侮辱されてるの分かってんの?」
思わず聞いてしまった。
「はい。分かってます。だけど……ずっとリハビリ中応援していた結城選手に追い付けたことが嬉しいし、その結城選手にライバルと思ってもらえたことが嬉しいんです」
「誰があんたをライバルと思うの!!」
「だって、普通ライバルとかじゃないならまぐれで勝ったやつのことなんかほっとくじゃないですか」
頭をがんと殴られた気がした。私は自分の中の怒りを発散させるために突っかかっていた。
フローラの言う通り、負け犬の遠吠えなのかもしれない。
そう思うととたんに恥ずかしくなってきた。
「別にあんたがどう思っていても勝手だけど、これだけは忘れないで。あんたのこと二度と勝たせる気もなければ、ライバルって思う日も決して来ないから」
「うふふ。結城選手、今の言葉忘れませんよ」
笑顔でそう言った羽澄選手はフローラとともに帰っていった。
私は観客が帰り、がらんとした会場を見つめる。
「お待たせ、栞奈」
お姉ちゃんの声がする。今回お姉ちゃんは日本スキー連盟として活動していた。
「お疲れ様」
「栞奈もね」
二人で並んでホテルまで行く。
お姉ちゃんが小さく呟く。
「……悔しい?」
「もちろん」
「だけど、さっきのは良くなかったわね」
「え、見てたの!?」
「ええ。一部始終を」
「お姉ちゃんはどう思った?」
「今回は栞奈が悪い」
「えっ!?」
驚いた。お姉ちゃんは私に賛成してくれると思っていた。頂点を奪われる悔しさを一番感じた人だから。
「なんで?」
「分かんないの? 結果が全てだからよ」
分かっている。分かっているけど……認めたくないだけだ。
「………分かってる」
お姉ちゃんは空を見上げた。もう暗くなっている。
「それにしても、柚希ちゃんよく頑張ったわね」
「どういうこと?」
「何年か前に一度スーザンスキークラブを訪ねたところで会ったの。あのときは確かまだリハビリをメインでやってたかな。いろいろ質問してくれて、それを熱心に聞いてた」
「なんで教えてくれなかったの?」
「驚いて欲しかった。強くなった柚希ちゃんを見て。あのときも柚希ちゃんはコーチとか他の選手の滑りをずっと見てたの。それを吸収しようとしてた。強くなるなって分かったから」
「私もそうしてるけど」
「あんたは違う。自分のやり方を貫く。それがいいとこでもあるけど」
「何が言いたいの?」
お姉ちゃんが何を伝えたいのか分からず、私が尋ねるとお姉ちゃんは暗くなった空を見上げた。
「柚希ちゃんは、栞奈の良いライバルで良い友達になりそうだなって思っただけよ」
「絶対にならないから」
「そう思ってるうちは負けるわよ」
「え?」
「見てて分からなかった? あんたと違って柚希ちゃんの滑りには華があるのよ」
「………私にはない?」
「栞奈の滑りは模範通りにただ滑ってるだけなの」
お姉ちゃんの言う意味が分からなかった。それに私はずっとお姉ちゃんに教えてもらっていたのに、そんなこと一度も言われたことが無かった。
「良いライバルで良い友達………羽澄選手とは無理だと思う」
「栞奈は誤解してるみたいだからはっきり言うけど、私とフローラは友達よ」
「フローラはお姉ちゃんを世界一から引きずり落としたのよ?」
「フローラとは世界一を常に争っていた。だけど私たちは試合後には一緒に観光に行ったりするほど仲良しだったのよ。知らなかったでしょ」
お姉ちゃんが笑う。そんなこと何も知らなかった。
「だから、フローラが一位になったときにもういいって思えた。他の選手ならたぶん思えなかった。フローラには感謝してるのよ。できればまた遊びたいくらいにはね」
「私には無理だな………」
「無理だと思ってるなら無理よね。でも、柚希ちゃんは強くなってまた試合に来るわよ。今回だって私の予想をはるかに越えてきたから。覚悟しておいた方がいいわ」
そんなの分かっている。それにもう勝たせるつもりなど、この悔しさを味わうつもりはさらさらない。
だけど、良いライバルで良い友達。それはちょっと欲しい気もする。
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