第19話 人生の相棒との出会い

 夏になった。事故から一年が経った。


 日本を飛び出す日がやってきた。

 柚希は母と咲来と三人で飛行機に乗った。窓越しに外を眺めていると、次第に景色が変化してきた。

 オーストラリアに降り立ち、空港から出ると見渡す限り銀世界が広がっていた。


 (え、ちょっと待って。これ雪!? え、ほんとに雪なんだけど!!!)


 思わず柚希は興奮する。そんな柚希を母と咲来が暖かい眼差しで見つめていた。


「何? その生ぬるい目は」

「そんなにはしゃぐ柚希、久しぶりに見たなって」


 母の言葉にはっとする。最近は思考の海に沈んでいて、あまり笑っていなかったかもしれない。


 約束まではまだ時間がある。今のうちに伝えたいことは伝えておくべきだ。


「母さん、姉ちゃん、今までありがとう」

「柚希?」

「なんかあったの?」

「ううん。ただ伝えておきたかったの。これからしばらく会えないから」


 母が柚希を抱きしめる。


「柚希、あんたは私の自慢の娘よ。何があっても柚希なら大丈夫。だってあの事故ですら乗り越えて、今では新しい夢まで見つけたんだから。心配なんてしてないわ」

「……母さん」

「そうね。心配してることなら柚希は無理するから、体調には気をつけて。体を壊すことのないようにね」

「うん」

「感謝ならパラリンピックの金メダルで証明して頂戴」

「ええっ!?」

「柚希ならできるわよ」


 母へ感謝が込み上げてくる。柚希がオーストラリアに来て、もうすぐ咲来もカナダへと旅立つ。結局、咲来とアランは結婚式は挙げずにカナダに行くことになった。そのために貯めていたお金を柚希のリハビリ代へ回してくれたのだ。

 母はお手伝いさんと二人、あの広い家で暮らすことになる。それでも、柚希のことを優しく夢へと押し出してくれたのだ。感謝してもしきれない。母の言う通り結果で答えるしかない。そのためにオーストラリアに来たのだ。


 母から離れる。すると、咲来が抱きついてきた。


「柚希、頑張って」

「うん、姉ちゃんもカナダでの暮らしは大変だと思うけど頑張ってね」

「ありがと」

「それから……結婚式挙げさせられなくてごめん」

「いいのよ」

「わたし、絶対に結果で答えるから時間かかるかもしれないけど待っててね」

「うん。どれだけかかっても待ってるよ」





 そのとき、視界の角に一人の女性が現れた。


「あの人かな?」


 母が頷いた。


「たぶんそうね」


 迷いなくまっすぐにこちらへ歩いてきたその女性は柚希たちの前で立ち止まった。

 美しい人だ。身長が高いのにヒールを履いているため、より高く見える。


「Hi! I'm Susan Storey.Nice to meet you.」

(こんにちは! スーザン・ストーリーです。よろしくね)


 流暢な英語に一瞬目を見張った柚希にスーザンは笑いかけた。


「ハズミサン、心配しないで。私は高校生と大学生のときに日本に留学してたの。だから少しなら日本語も話せるわ」


 日本人と言われても疑わないくらい流暢だった。


「はじめまして。羽澄柚希と申します。高校1年です。どうぞよろしくお願いいたします」


 柚希の言葉にスーザンコーチは微笑んだ。そして少し顔を曇らして尋ねてきた。


「私の日本語、どうかしら?」

「すごい、美しい発音で驚きました」

「そう。良かったわ。昔うざったらしいって言われたから……」

「そんなことありません」


 スーザンコーチの日本語からは日本語が好きだという気持ちと丁寧に話そうと心がているのがよく伝わった。


「わたしも、頑張って英語覚えたいです」

「英語は頑張るものじゃないわ。楽しく学んでいればいつの間にか分かる。学ばなくてもいいの。学んでる自覚がなくてもいつの間にか話せるようになっているものよ」

「楽しく話す……」

「頑張ろうって思ってるうちはダメだと思う。英語って楽しいのよ!!! Let's enjoy English!!」

(英語を楽しみましょう!!)

 そう言ってスーザンコーチは笑った。明るい笑い声だった。


 柚希たちのことをスーザンコーチは寮まで連れていってくれた。道中、オーストラリアの観光案内もしてくれた。


 寮の前には柚希たちを迎える寮生たちが待ってくれていた。

 一人の女の子が進み出る。


「はじめまして。ようこそ」

「はじ、めまして」

小鳥遊紬たかなしつむぎです。羽澄さんとは同い年。私はオリンピックで必ず金メダルを取る女になります」

「わたしはパラリンピックで金メダルを取る女になります」


 二人でふふっと笑う。感じがいい子だ。気が合いそうとなんとなく思った。


「私のことは紬でいいよ」

「じゃあ、わたしは柚希で」


 やはり一瞬で仲良くなれた。紬は日本人離れした顔立ちで茶髪である。ハーフではないかと柚希は想像する。


「寮のことはツムギに聞いてちょうだい」

「はい」

「そしたらスキー場を案内するわ」

「お願いします」


 一同はスキー場につく。ボドレススキー場は世界屈指のスキー場だ。広々とした銀世界を自由に駆け回る人々がいた。そのうちの一人をスーザンコーチが指差す。


「ユキ、あの人を見て」

「はい」

「あの子はフローラ・バウアー。アメリカの子よ。隣の部屋だから仲良くね」


 柚希はこの日、人生のコーチと出会い、人生の相棒と出会い、事故に遭ってから初めて心の底から生きてて良かったと思えた。









 この日は柚希の人生の大きな転換点となった。

 柚希の才能が開花するのは周囲の予想を遥かに越えていた。

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