第11話 相談×2

 事故から一週間が経過していた。

 ベットの上での生活は不便なことばかりだ。柚希は長かった髪をバッサリと肩辺りまで切っていた。洗ったりするのにも時間がかかって面倒だったからだ。

 次の日、お見舞いに来てくれた蒼依が短くなった髪を見て悲鳴を上げたことは記憶に新しい。

 理由を話したあと、蒼依は「明日楽しみにしてて」といいながら帰っていった。

 次の日、蒼依は柚希と同じ髪型で登場した。「お揃いだね」と笑ってくれた蒼依の笑顔を柚希はありがたく思っている。


 毎日、蒼依と凌久は欠かさず会いに来てくれる。それは本当にありがたく思っていた。することがあまりないベッドの上で凌久と蒼依の存在は柚希を笑顔にさせてくれる魔法使いだった。二人が来ると足がないことを忘れて笑い合える。そんな柚希の思いを知ってか知らずか二人は欠かさず訪ねてくれた。




 そんな日々を送っていたある日、柚希は咲来に話があると言われた。


「姉ちゃん、どうしたの?」

「この話、まだ誰にも言ってないんだけど……」

「わたしが一番ってこと? うふふ、なんか嬉しい」


 咲来の目が宙をさ迷う。そして、柚希のことを真っ直ぐに見つめた。


「私、カナダに行こうと思ってるんだ」

「ええ!?」

「実は……高校時代から付き合っている彼氏がいて、その人はカナダの人なの。それで、その……あのね……け、結婚しようって言われて……」


 咲来の顔が赤くなる。照れなくていいのに。

 しかしそれよりも気になることかある。


「えっ? そもそも彼氏いたの!!?」

「誰にも言ってなかったけど、今の国際学科選んだのは彼がいたからよ」

「それで……誰にも言わないで結婚?」

「うん」


 少し後ろめたそうに言う咲来に、柚希は笑顔で伝える。


「姉ちゃん、おめでとう」

「柚希は私の結婚に賛成してくれるの?」

「だって、姉ちゃんは無謀な挑戦はしないでしょ?」

「結婚は無謀じゃないと?」

「姉ちゃんがいいと思った人ならいいんじゃない」

「柚希……」


 そう言った直後、咲来は寝ている柚希を盛大に抱き締めた。


「柚希、ありがと!!!」

「姉ちゃん……痛いって」


 あ、という顔になって咲来が起き上がる。


「それで、カナダで暮らすの?」

「うん。一緒に行こうって誘われて」

「……」

「やっぱやめた方がいいよね。柚希が苦しいときに助けてあげれなくて、それで姉なんか語れないもん」

「……姉ちゃん、行きなよ」

「え?」

「姉ちゃんの幸せがカナダにあるんだったら行けばいいと思うよ。それに、わたしもカナダに遊びに行きたいもん」


 咲来の笑顔が泣き顔に変わった。柚希は咲来に最後のお願いをしてみることにした。


「もしわたしの我が儘聞いてくれるなら、わたしが動けるようになってから結婚式あげてほしい」

「もちろんだよ、柚希。準備もあるし、私も柚希がいない結婚式なんてやだよ」

「姉ちゃん、幸せになってね」

「……もちろん、柚希もね」

「わたしが幸せになるのはもうしばらくかかるけど」

「すぐに幸せになれるわよ」


 確信を持っているような咲来の顔には見覚えがある。サプライズを企画しているときの顔だ。


「楽しみにしてるね」

「うふふ、柚希をビックリさせてあげる」






 そのあと、凌久がやってきた。


「柚希、相談があるんだけど……」

「わたし、動けないけど相談箱じゃないからね」

「あ、他にも誰か来たのか?」

「姉ちゃん。結婚するって」

「は? 今?」

「今」

「咲来ちゃんらしいな」

「ね」


 ひとしきり笑ったあと、真剣な顔になる。


「それで咲来ちゃんのことはまた後日聞くとして、俺の話いい?」

「もう一回、言うね。わたし、相談箱じゃないからね」

「柚希にしか話せないんだよ」

「……分かった」

「俺さ、家出たい」

「…………お父さんとなにか、あった?」


 小さく聞くと凌久は静かに首を振った。


「なにもない。なにもないんだけど……もう昔には戻れねぇんだよ」

「凌久……」

「柚希、お前の家に俺を拾ってくれないか?」

「はい!?」

「雑用係でも掃除係でもなんでもいい。だから、俺をおいてほしい」


 凌久の苦しみを分かるとは言えない。捨てられた子犬みたいな表情で頼まれれば断るにも断りきれず、柚希は「母さんと姉ちゃんに聞いてみて」と言うしかなかった。


「わかった」


 凌久は「おばさんと咲来ちゃんに会ってくる」と言うと部屋から出ていった。


 柚希は一人考える。


(わたし、やっぱり相談箱だと思われてない?)

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