第2話 幼馴染みはやりたい放題
「柚希緊張し過ぎだって」
ベッドに寄りかかって座っていた柚希の背中がバシンと勢いよく叩かれる。
「凌久痛いんですけど」
「あーわりー」
全然悪いと思っていない様子で凌久が謝る。
凌久と呼ばれたのは柚希の幼馴染みの
凌久は黒髪のくせ毛マッシュヘアが美貌と良くあっている。黙っていればかっこいいのに愛想は悪くて、言葉遣いも乱暴だし、態度も悪い。
それでも柚希は凌久のことを嫌いではないし、おそらく凌久も柚希柚希のことを女子のなかでは一番話しかけやすい相手だと思っているだろう。
凌久の家庭は今荒れている。親が喧嘩する度に凌久は羽澄家に逃げ込んで来る。
凌久のことをかっこいいと言って囲んでいる人たちはそういう凌久の苦しみを知らないのだ。凌久も知られたくなくて隠すから愛想がないと言われてしまう。
柚希も他の人たちにはオールマイティーと呼ばれているがそうではないことは凌久が一番よく知っている。
「でさ、なんでお前そんな緊張してんの」
「だから話聞いてた!?」
「おう、聞いてたぞ」
「だったらなんで分かんないの?」
「さぁ」
柚希は凌久に一週間後に迫ったコンクールの選考会について話していたのだが……全くといっていいほど理解してもらえなかった。
もともと一学年に五十人ほどいるので、柚希たちのコンクールはコンクールに出場するための選考会から始まる。
例年、三年間に一度も出ることが叶わない人もいるなかで一年生のときから連続で出場している柚希は異質ともいっていい存在だ。
一年生のときには出場が叶わなかった当時の三年生の先輩にいじめられるなど苦労した。
しかし柚希は挫けなかった。いじめられているのを自覚しながらも本番まで吹ききった。
三年間、毎日誰よりも早く登校して朝練をし、夜遅くまで残って自主練習をしている。
何も知らずに努力もせずに文句ばかり口にする人もいる。以前は気にしていたが『言いたいやつには勝手に言わせておけ』と凌久に言われたことをきっかけに気にしなくなった。
「おーい、柚希生きてるか?」
目の前で急に手が振られ瞬きをすると凌久が人のベッドに寝転がりながら、人の机においてあったクッキーを食べていた。
「もう、凌久! 勝手に寝ないで!! 制服汚い!」
柚希がどかそうとしても全く動かない。凌久はこちらを見て一瞬ニヤリと笑う。
柚希は諦めて大きく息を吐いた。どちらかというと選考会への不安の方が大半を占めているため息だったが。
元のようにベッドに寄りかかって座った柚希の背中に凌久は言った。
「お前さ、前から思ってたけどよくそんなに考え事できるよな」
「どういう意味?」
勝手にクッキーを食べられた恨みも込めて笑顔で睨み柚希が聞き返すと、凌久は見向きもせずに言った。
「だってお前いつもいろいろ先のこと考えてるじゃん。もっと楽に生きてけばいいのにとか思うわけよ」
「は? あんたに何が分かるの」
「なんでも」
「分かるはずがない。今回のコンクールに出れなかったら、わたしは引退まで定期公演しかないんだよ? そんなの無理。焦るに決まってるでしょ。でもこれ以上何したらいいのか分からないからもっと焦る」
「俺はなんでも分かるよ? 柚希が初めて好きになったやつが誰なのかも、柚希の中一からの成績だって」
そして少し笑って付け加える。
「……そして俺のほうが優秀なことも」
そう、凌久は柚希より勉強ができる。学年トップ三から脱落したことはないし、いつもトップに近いところにいるのに凌久がいるせいで一位をとったことは一度もない。
しかし、今は……
「今は部活のこと話してるの! 勉強は関係ない」
柚希が睨んでも凌久は涼しい顔をしている。
「なんでもかんでも柚希は真面目すぎなんだよ」
「え?」
「確かに俺には吹奏楽のことはよく分かんないけど。でも、柚希が真面目すぎなのは分かる」
「だから、どういうこと」
「柚希はいつも一番になろうと思って勉強してるじゃん。今回は選考会に落ちないようにって練習してる」
「そんなの当たり前じゃん」
「お前人の話最後まで聞け」
人の通学バッグから勝手に取り出した、人の教科書で軽く頭を叩かれる。
「それ、わたしの」
「お前は後のこと考えすぎなの。もっと楽に考えればいいじゃん? 俺がもし柚希の立場なら、せっかくのコンクールなんだし楽しもうって思うけど」
「コンクールに出るための選考会」
「だからそこは考えないの。もう、選ばれたと思って練習に励めばいいじゃん。そんなオーディションで緊張して練習の成果を存分に発揮できないやつ本番も無理に決まってるだろ」
なるほどね。納得したので小さく発せられた「ま、柚希のことだから選ばれたら選ばれたで緊張してるんだろうけど」という言葉は無視することにした。
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