出着点 ~しゅっちゃくてん~
東雲綾乃
第一期 愛と夢が全てを叶える
第1章 待ち受ける転換点
第1話 プロローグ
「おはよう!」
柚希は中学三年生。成績優秀、教師からの信頼も厚い生徒である。
「柚希ちゃんおはよう!!!」
「今日放課後時間ある?」
「ばかっ! 柚希ちゃん部活だよ」
「あっ、そうだよね!」
「ごめんね~。もうしばらくはみんなと遊べないの」
「ううん、大丈夫! 時間できたらでいいから」
話しているうちにクラスメイトが次々と登校してくる。一人の女子が駆け込んできた。
「柚希ちゃん、お願いっ! 今日の課題見せて~」
「またやってないの?」
「今回はいつもとは違うよ! ちゃんと今朝思い出したもん。だけど諦めた」
「諦めんなよ~」
柚希は笑いながら課題のプリントを見せる。
「ありがとう、柚希ちゃん! 愛してる!!」
「次は見せないからね」
「え、たぶん見せてもらう」
「ふふふ」
容姿が整っていて女子力も高い柚希はクラスの人気者だ。いわゆる一軍と呼ばれる人たちと共にいる。
それでも柚希はクラス全員に常に目を配ることを忘れていない。それは一年のときから任されている学級委員長としての責任だ。
柚希の周りに集まってくるのは女子だけではない。同じクラスの学級委員の男子も柚希を頼ってくる。
「羽澄。この書類半分やってくれないか?」
「提出いつまで?」
「今日中なんだ」
「オッケー。分かった」
「いいのか? 頼んで」
「うん任せて」
そして、愛想の良い柚希はクラスの男子にも人気者だ。
「羽澄、今度さ遊びに行かないか?」
「どこに?」
「ボウリングとかどう?」
「えっ、めっちゃ楽しそう!! 行きたい!」
「えっ、いいのか!? そしたら……いつにする」
そわそわとする西沢の姿を見て、柚希は後ろで話している女子を振り返る。
「ねぇ、みんな? 西沢くんが、ボウリング行こって!」
「えっ、ほんと?」
「行きたい~」
「いつにする?」
あっという間にみんなのってきた。
「俺は羽澄を誘ったんだ……」
呟く西沢に柚希は笑う。
「せっかく行くなら、みんなで楽しみたくない?」
「……それもそうだな」
学力も社交性も高い柚希はオールマイティーなどと呼ばれる。どんなに内気な男子だって柚希と話せば自然と笑っている。
柚希に言い寄る男子も多いが柚希は誰とも付き合わない。それでも高嶺の花のような存在ではなくフレンドリーだ。
そして、柚希のことを皆が好きな理由。もうひとつは懸命に努力している姿を知っているからだ。吹奏楽部で鬼のように練習に励む姿を知らない人はいないだろう。
なんでもできるわけではない。努力しているからできるだけだ。そう柚希の姿は訴えかけてくる。
柚希は人の苦しみが分かる。お金持ちで見目も良くて、学力も高い柚希だが、ひとつだけ手にしていないものがある。それは、父親の存在である。
幼い頃になくなった父は記憶すらもほぼない。父はたくさんの資産を残して逝ったのでお金に困ってはいない。それでも家族三人、それを驕ることもなく、慎ましく生活している。
新聞記者として遅くまで働く母、大学に通いながらもカフェと旅行会社のバイトを掛け持ちしている姉の
「何してんの、柚希ちゃん?」
「今夜のメニュー考えてる」
「今日は柚希ちゃんが作る日?」
「うん。お手伝いさん今日はお休みの日だから」
柚希が住んでいる広い家には家族三人の他、お手伝いさんが一人いるだけなので基本的に自分のことは自分でしなくてはならない。ファンタジーや漫画のお嬢様たちのように澄ました顔で座っていたら食事が出てくるなんてことはあり得ないのだ。
そのおかげで柚希の料理の腕前は結構高い。
柚希は吹奏楽部のエースのような存在だ。世界中を演奏会で飛び回っていた祖母からの影響を受け、幼いときからフルートを吹いていた柚希は才能が開花し、今では周囲を圧倒する音になっている。それは才能だけでなく、柚希の努力の証だ。
姉はフルートには興味を示さなかった。その代わりに言語や文化に興味を持った。祖母が訪れた国について学び、様々な国の言語を学んだ。現在は大学で本格的に外国語を学んでいる。
しかし、祖母が可愛がったのは柚希だけだった。祖母の価値観はフルート中心だったからである。
「羽澄、悪いけどこれ音楽室に運んでくれないか?」
「もちろんです!」
顧問が箱を抱えて教室の入り口にやって来た。
そこには新しいフルートが入っていることを柚希は知っている。
柚希は祖母から受け継いだフルートがあるが、新しい楽器が届くのは自分が吹くかに関わらずワクワクする。
そろそろ物語を始めよう。
これは絶望から一人の少女が立ち上がり前を向く奮闘記と、それを支え見守る周りの人々の話である。
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