第10話・これまでも これからも?
二度目なので、一度目よりも上手に餃子を包むことができた。
「兄さん、すごいです! 天才です!」
柊にも褒められ、なんやかんや楽しく餃子づくりを終えてしまった……。
変化が起きたのは、柊が焼いてくれた餃子皿が、テーブルに置かれた後だった。
「……あの、いただいたお裾わけですけど。あれも本日中に食べた方が良いんですかね」
明らかに不服そうな声。しかしそこには、食材を無駄にしてはならぬ、という一つの信念のようなものが感じられた。
これは、流れを変えるチャンス?
「あ、うん、作ったのちょっと前だから今日食べて欲しいって言っていた!」
渾身の嘘を、信じてくれたのか信じてくれないのか。眉根を軽く潜めつつ、柊はキッチンに戻った。冷蔵庫を開ける音、お皿を用意する音が、テキパキと手際よく聞こえてくる。
やがて、盛り付けられたお裾分けがテーブルの上に置かれた。
華やかな一品で、ローストした何かの肉の上に、紫色のソースがたっぷりとかけられており、傍には何らかのハーブ? が添えられている。
「美味しそうだね」
「……ええ、まあ」
どこかむすっとした様子の柊が、ようやく僕の隣に座る。「「いただきます」」と声を合わせて、箸を手に取る。
まずは熱々の餃子……と迷ったものの、食べたことがないし、なにせ凛子さんの手料理だ、気になる。
箸を、たっぷりソースのかかった肉に伸ばす。横目でも柊が、僕を睨んでくるのがわかった。
口に入れる。一口、二口、うん、うま……うま、い? いや、これは。
「ゲホッ」
口を抑える。
噛めば噛むほど広がった味が、————痛い。
もはや、味覚を通り越して痛覚を刺激してきた。しかし、吐き出す訳のも。
右手を伸ばし、麦茶の入ったコップを手に取った。流し込む。
ごくん、と喉を通り過ぎる。
「だ、大丈夫ですか、兄さん!」
腰をうかし、心配そうに覗き込む妹を片手で制す。びっくりしすぎて何が何やらだが、痛いのはそう、喉元過ぎればなんとやらと————なってない。
「う、ぐぐぐぐぐ」
今度は、腹が痛い。
僕は椅子から転げ落ちた。
……大丈夫ですか、大丈夫ですか、兄さん……!
そんな柊の声が、遠くの方で聞こえた気がした。
目を覚ますと、朝だった。
体を起こすと、傍で、僕のベッドに突っ伏すような姿勢で、妹が眠っていた。
僕は、昨日のことを全て覚えていた。突然目の前が真っ暗になるようなことはなかった。
その後、僕は体調を崩し、謎の発熱をし、原因不明の体調不良状態となった。うんうん苦しむ僕を、両親不在の中、柊は必死に看病してくれたのだ。
薬を買ってきてくれたり水を用意してくれたり、……タオルで体をふかれるのは恥ずかしかったけど、助かった。
カーテンの隙間から、朝日が差し込み、眠りにつく柊を照らす。まるで美しい絵画のようだなと思った。
スマホに手を伸ばし、画面をつける。7月1日だった。なっちゃんからLINEが入っている。
『具合は大丈夫?』
彼女に、具合が悪くなったことは言っていない。どうやら、可愛いだけの女の子ではないようだ。
にしても、あれはどういうことだったんだろう、あのメイドが毒物を盛った……というのも考えられるが、思い返してみれば、思い当たる節が一つあった。
高校での調理実習。皆で材料を持ち寄ってポークジンジャーソテーを作る日。離れた席には東海堂さんと、そう、あの阿呆もいた。
調理実習はつつがなく終わったが、あの離れた席の班は実食後、どこかばたばたと騒がしく、次の授業の時間では、凛子さん以外全員、なぜか保健室にいた。
顔の横を汗が一筋、静かに流れ落ちていく。昨日の謎の痛みと苦しみを思い出してしまった。
もしそうだとするのなら、あの日、有本が凛子さんの家について来なかったのも分かる。それと……一番最初の6月30日、凛子さんのお裾分けを必死に妨害してくれたことには、感謝するべきなのかもしれない。
「ん…………、兄さん?」
まだ眠たそうに、柊が薄くまぶたを開ける。
「良かった。顔色、良さそうですね」
そう言って、柔らかく微笑む。僕のことを一晩中、心底心配してくれていたことが伝わってきて、ただただ暖かい気持ちになる。
「うん、ありがと」
言葉を返して、思う。
なぜかはじまった謎のループは、確かに、告白を回避することによって終息した。
しかし、繰り返すごとに僕の中では、柊との思い出が蓄積されていく。
エプロン姿。餃子づくり。お風呂場のトラブル。二度の告白。看病してくれたこと。
どきどきと、感じてはいけない感情を、胸の奥底にしまい込む。
彼女は、僕の大事な妹だ。
これからもずっと。
それ以上でも以下でもない。そうでなければ、ならないのだ。
妹が告白してくるループから抜け出せない 愛良絵馬 @usagi02
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