第5話・2度目の約束
目を覚ましてすぐ、昨日の出来事を思い出した。
柊は、僕のことが好き……?
ぐるぐると混乱する頭で、その意味を考える。
僕もそりゃ、柊のことは好きだ。あまり考えたことはなかったけれど、考えてみれば大事な妹だし、何かあれば全力で力になってあげたいと思う。
でも、あの雰囲気、あの表情、あの言葉、あの声ーー。
「うおおおおおおおお」
頭を抱え、ブンブンと振り回す。
え、何、どうすれば良いのこれ。今日もこれから顔合わせるんですけど? ていうか昨日ってあれからどうしたんだっけ?
「気まずい気まずいメチャクチャ気まずいぞ……」
「なーにがメチャクチャ気まずいんだ?」
ガチャっと扉が開いて、父さんの顔が現れた。
「ちょ! ノックしてよ」
「したよ〜、したけど、返事しなかったでしょ」
続いて、母さんの顔が現れた。
「え、何? また?」
僕が起きて来なかったら、普段は階下から大声で呼ぶか、携帯電話に通話をかけてくるのに。
僕の言葉に、父さんと母さんは、どこかキョトンとした顔を浮かべていた。
それでもすぐに気を取り直したのか、母さんが口を開く。
「あのね、今日は夜遅くまで、もしかしたら朝まで帰ってこないから〜」
「結婚記念日なので★ 意味はわかるよな?」
「は?」
今度は、僕がキョトンとする番だった。いや、そんな可愛らしい表現では足りないかもしれない。
唖然としてた。
口をぽっかりと開け、何が起こったのか分からずに、時が凍りついたように感じていた。
そんな僕の顔を、母親が心配そうに覗き込む。ハッとした。
「えーと、今日、結婚記念日なの? 昨日じゃなくて?」
「そうよ、今日よ。6月30日。忘れちゃったの?」
6月30日。そう、昨日がその日だったはずだ。金曜日だったはずだ。
枕元の棚から、充電器を手繰り寄せて、スマホを手に取る。ホーム画面に、日付が映る。6月30日、金曜日だった。
両親の記憶障害と、電子機器の故障が同時に起こった……?
いやしかし、それにしたって、昨日と全く同じセリフを、今日言うか? 僕を揶揄っているのだろうか?
「いや、忘れてないけど……」
どうにか取りつくろってそれだけいう。母さんは困った様子で「そろそろ出かけなくちゃ」と言った。
「大丈夫よね? 具合が悪かったら休むのよ?」
「うん、大丈夫……」
ぐわんぐわんと混乱した頭のまま、上の空で返事をする。行ってきますを残して、両親が出ていった。
わけが分からないままぼんやりしていると、慌ただしく玄関が閉まる音がする。そう、さっきも昨日も、すでに出かける準備は整った格好をしていて、僕に要件を告げた後、さっさと出かけてしまったのだ。
階下に降りると、テーブルには母が用意していったおにぎりが置いてあるはずだ。
僕はもう一度だけスマホの画面を見て、日付が変わっていないことを確認すると、階下に降りた。リビングには昨日と同じように柊の姿があった。
途端、心臓がドキドキした。僕に告白してきた妹。
ぼうっと、彼女の姿を見つめてしまう。
柊も両親と同じく、すでに準備が整っているようだ。僕も通った地元の公立中学のセーラー服を着て、おにぎりを上品に口に運んでいる。
昨日も同じ様子でそうしていたという記憶はあるのに、これほど鮮やかだっただろうか、印象的だっただろうか。
思うに、昨日の告白を受けて、僕は彼女を意識してしまっているらしい……。どうしようこれ、気まずいな、と思っていると、どこかキョトンとした顔で柊がこちらを見つめてきた。
「何か私の顔についていますか?」
「え。い、いや、大丈夫」
「そうですか……? ところで兄さん、父さん達の話は聞きました? 今日は、料理とか洗濯とか風呂掃除とか家事が色々ありますから、学校が終わったら、すぐに家に帰ってきてくださいね」
「––ぁ」
前半は違った。しかし、後半は間違いなく、昨日も聞いた柊の言葉だった。それに、彼女の何一つ変わらない態度、いつもと同じ無表情に近い微表情。
きっと、忘れている。いや、忘れているのではない、無かった事になっているのだ。
今日は本当に、6月30日なのだ……!!!
ぐわんぐわんと頭が混乱する。なんじゃこりゃ、まじか、え、世界どうなってるの、こんな超常現象が本当にあるの。
「だ、大丈夫ですか、兄さん!」
心配そうに立ち上がった柊が、手を引いて椅子に座らせてくれた。テキパキとコップに水を入れて持ってきてくれる。
ありがたい気遣いだ。冷たい水を口に含むと、少しずつ冷静になってきた。何が起こったのかは分からない。けど、あの告白を柊が忘れているなら、ありがたいことじゃないか。
ふと、テーブルの中央に置かれた、おにぎりが目についた。
手元に引き寄せ割ってみると、やっぱり具材は昨日と同じ、ごま昆布とツナだった。
昨日は残さずいただいたが、今日は食べる気がしない……と思っていたが、手に持ってみると意外と食べれる気がしてきた。柊のいれてくれた水をもう一口含み、おにぎりを口に入れる。
いつもと同じ(昨日とも)塩加減に、何だかほっこりとする。一口食べると勢いがついたのか、そのままポンポンと口に入れて、完食できてしまった。
「なんだ、大丈夫そうですね、兄さん」
どこかほっとしたような顔の柊が言った。僕は頷いた。
「では、行ってきます。早く帰ってくる約束、忘れないでくださいね?」
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