第4話・告白

「でました」

 肩の上にピンクのタオルを乗せて、可愛らしいチェリー柄の半袖のパジャマに着替えた妹がやってきた。

 うん、長い黒髪にドライヤーをあてる音がしばらく響いていたから、そろそろ出てくる頃だろうとは思っていたよ。

 ついつい、ちらりと柊に視線をむけてしまう。見慣れたはずの妹のパジャマ姿なのに、今日は妙に艶っぽく見えてしまった。一体何考えているんだ僕。

 振り払うように、入れ違いで風呂場に向かう。

 肩までゆっくり浸かってほっこりする頃には、すっかり邪念は洗い流されていた。ふう。

 お風呂から上がる。そのまま流れで風呂掃除を終える。

 いつもならこのまま自室に向かって、後はダラダラ過ごして眠るのがお決まりだが、リビングで足が止まった。

「あ、待っていましたよ兄さん」

 柊がテレビの前で、ゲーム機のコントローラー片手に座っていた。後1人座るスペースと色違いのコントローラーもあり、準備万全といった様子だった。画面を見れば、赤や緑の帽子を被った配管工とその仲間たちが、銀河でカーレースをしている。

 どうやら、デモモードらしく、コントローラを動かす気配がない柊を尻目に、華麗なスピンを決めている。

「どうしたの急に」

「たまには良いじゃないですか」

 問いかけた僕に、どこかむくれた様子で妹が答える。なるほど、確かに両親がいないで2人で過ごすなんて珍しいし、お泊まり会気分なのかもしれない。

 だとしたら、さっさとそれぞれ部屋に閉じこもるのも興醒めというものだ。

 無言で隣に座り、コントローラーを手に取る。柊が操作して、ゲームが始まった。

 コースはランダム。各々自分が操るマシンをカスタマイズして、始まる。

 ええと、どうやるんだったかな、確かカウント2のあたりでBボタンを押しておくとスタートダッシュが決まるんだっけ……?

 あやふやな記憶を頼りに拙くコントローラーを動かしていたら、見事にスタートでスピンを決めてしまった。

「ふふ、しくじりましたね兄さん」

 画面に出ているマップを見ると、柊は順調に進んでいるようだ。

「なんの」

 このゲームは順位が悪いほど良いアイテムが手に入り、逆転しやすくなる。アイテムボックスを取り逃がさないように、注意してレースを進めていく。

「よし!」

 手に入れたカメの甲羅を持ち続け、柊のキャラとの距離をつめる。

「えい!」

「ああッ!」

 見事、カメの甲羅がぶつかった柊のキャラは、くるくるとスピンをし、コース外へと落ちていった。ふふん。

「う〜〜〜〜〜」

 表情はあまり変わらないが、口元や口調から悔しさが滲み出ている。

 僕の順位は4位。このままCPUを抜かして、一気に首位に踊り出たい!

 ご機嫌でアクセルを踏む最中、嫌な気配がした。

「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ」

 地響きのような嫌な笑い声。まさか、と思い、隣の画面をちらりと見る。コースに復帰した柊のキャラの片手には、高々とキラーが掲げられていた。

 やばい!

 瞬間、ミサイルに変身した柊のキャラが、あっという間に迫ってくる。

「なんの!」

 コントローラーを左に動かし、右に動かし、かわそうと努力をする。自動走行のはずの柊も、身体ごと動かし、僕に迫ろうとする。ん、僕?

 どん、と衝撃があり、コントローラーが手から離れた。

「いてて……」

「すいません兄さん、白熱しすぎました」

 衝撃でつぶってしまった目を見開くと、すぐ目前に柊がいた。横髪が長く垂れ下がり、吐息を感じるほど近くに。

 どうやら僕は、柊に押し倒されているという姿勢らしい。

 スレンダーだと思っていた妹にも、確かに胸があるらしく、ふっくらとした女の子らしい柔らかさが、パジャマ越しに伝わってきてしまう。

 兄である前に健全な男子高校生である僕は、瞬時に頭が沸騰し、何一つまともに考えられなくなった中––––––

「っ」

 息を呑む。

 柊は、なぜか怪しいぐらい、美しい顔をしていた。何かを求めているかのような潤んだ瞳に、呼吸は荒く、頬は赤く。

 その怪しさに引き込まれるように、沸騰した頭が少しずつ冷えていく。

「あの、兄さん」

 とくとくと、柊の心臓の高鳴る音まで聞こえてきて。


「私、兄さんのことが大好きです」


 突然、目の前が真っ暗になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る