第3話・サプライズハプニング
「えーと、何を作ろうか」
簡単な料理なら僕にも出来るし、両親もいなくて2人だけなので、簡単な料理でいいだろう。
冷蔵庫の野菜室を開ければ、しなびたネギが半分。うん、卵とベーコンもあったはずだし、チャーハンでいいだろう。
ネギを取り出そうとした僕の手を無視して、柊によって、野菜室の扉が閉められた。
「え、なに?」
「実は、もう準備は半分済んでいるのです」
「そうなの?」
家の掃除や洗濯が済んでいるだけでもすげぇと思ったのに、料理も半分済んでいたとは。僕の妹、有能すぎる。
柊はどこか得意そうな表情で、冷蔵庫の扉を開けて、ガラスボウルを取り出した。
「ええ。後は包んで焼くだけです」
「餃子⁉︎」
じゃーんとばかりに見せられたボウルの中身は、ひき肉にニラにキャベツにと、野菜と肉が半々の我が家の餃子のタネそのものだった。特有の匂いがラップ越しにも伝わってくるので、中身はほぼ間違いないと思う。
「いや……、簡単に作るって言ってたじゃん……。なんで餃子?」
「ダメでしたか、兄さん?」
無表情ながら、しゅんとした様子の柊。
「兄さんの好物の一つですし、一緒に作るのも楽しいと思ったのですが……」
「いやいや、ダメじゃないけどさ!」
そう言われたら、こう返すしかないじゃないか。
柊の表情がニュートラルに戻り、「では早速包みましょう」と、ガラスボウルを持ってリビングへと向かった。
そうそう、昔はよく、そうやって、リビングの机で作業をしていたっけ。
「兄さんは餃子の皮とお水とスプーンと大きな皿を持ってきてください」
記憶を頼りに、適当な皿に水を入れる。言われた通りのものを用意して、手に持ってリビングに向かった。
2人揃ってキッチンに戻り、手を洗う。何だかワクワクしてきた。
餃子を包む作業なんて、しばらくやっていない。最近じゃあ母さんが全部包んで、焼いてくれたのが出てくるもんな。
準備が整い、席に着く。柊も隣の席に座った。いつもの定位置ではあるが、餃子を包むと言う共通の作業工程が中央にあるため、心なしか距離が近い。
柊の作業はやはり効率良く、僕が餃子の皮を一枚広げている間に、素早くタネをスプーンで掬って、包み始めていた。
長い指先が器用に動き、ひだを作っていく様子を、じっと見つめる。
「あの、兄さん。見つめられるとやりにくいのですが」
「ごめん、やり方を見せてもらおうと思って」
「なるほど」
言いながらも手は止めず、一個完成。大きな皿の上に、ちょこんと置かれた完成品は、これぞ餃子という見事な仕上がりだった。
「では、僭越ながら」
なぜか柊は、ぐいっと、椅子ごと移動して、僕との距離をさらに縮めてきた。
え、何?
「私が指導しますから。さあ兄さん、餃子を作ってみてください」
なるほど? まあ確かに、久々すぎて自信がないのは確かだ。スプーンを手に取って、ガラスボウルからタネを掬う。
「ストップ」
早速か。え、この段階で間違うとかある?
「兄さん……。皮のサイズを見てください。種の量が多すぎです」
言われてから見てみると、スプーンに山盛りになった餃子のタネは、確かに多すぎる気がした。
「いいですか兄さん、綺麗に作りたかったら、この半分くらいの量で大丈夫ですよ」
柊の手が僕の手に重なり、タネの量を器用に調整してくれた。幼児か。子供扱いを突っ込もうと顔を上げる。
柊はうつむいており、なぜか頬が真っ赤になっていた。
「え? 大丈夫?」
「え? なにがですか?」
「いや、顔が真っ赤だから熱でもあるのかと」
「⁉︎」
突然、慌てたように頭を振った。いつの間にかまとめていたポニーテールの尻尾があたってくる。
「大丈夫です」
言い切った後、顔を上げた柊は、いつも通りだった。良かった、大丈夫なら良いんだが……。
「それより兄さん、次は餃子を包む工程です」
「あ……うん」
「兄さんは不器用なんですから、頑張ってください」
確かにそうなんだよな。柊が調整してくれた餃子のタネを、皮の中央に置く。それから水の入った皿に人差し指をつけて、皮の縁に塗っていく。
ちょい、ちょい、ちょいと手を動かして、餃子らしき物体が完成した。
「……愛嬌があって良いと思います」
「うん……」
おかしいな、さっき見ていた柊の手先を、完璧に再現したつもりだったのに、どうしてこんな深海生物みたいな餃子? が生まれてしまったのだろう。
めげずにチャレンジを続け、ようやくまとも? な形を取れるようになった頃には、餃子のタネも皮もなくなっていた。完成品をのせていった皿に目をやると、綺麗な仕上がりのものが多数派だった。僕の指導をしながら、実に7割近くの餃子を妹は包んだことになる。
「焼いてきますから、兄さんは待っていてください」
思いやりという名のゆるやかな戦力外通告を受けたっぽい僕は、言われた通り大人しく、ソファに座って携帯をいじっていましたとさ。
ジュージューという油の跳ねる音と、餃子特有のニンニクと生姜とニラとごま油の匂いが混じった良い匂いが漂ってくる。
そろそろご飯やら飲み物やら、他の準備もあるだろうと思い席を立つと、フライパンに蓋をする放置時間を利用した妹が、テキパキとそれらの準備も進めていた。
ソファに戻る。僕、マジで役立たずでは?
「出来ましたよ、兄さん」
あらためて席を経ち、ダイニングテーブルに着く。僕と柊、それぞれの席にお箸と茶碗と調味料用の小皿。そしていつの間に作ってあったのか、ネギと卵の中華スープのお椀もあった。
そして、2人の席の間にはドーンと、大皿に乗った羽付きの餃子。
こ、これは……。
ごくりと喉を鳴らす。調理中から漂っていた蠱惑的な匂いに、食欲をそそる焦茶色の羽。うまそうすぎる。
「「いただきます」」
2人、手と声を合わせる。早速、箸を伸ばして餃子を口に入れる。
「アツッ」
「大丈夫ですか、兄さん!」
柊が差し出す水をやんわりと断って、そのままはふはふと餃子を味わう。
「うま」
あとはもう、止まらなかった。大皿に箸を伸ばし、餃子をつかむ。熱に気をつけて口に運ぶ。ついでに白飯も一口。その繰り返しだ。隣では柊がお行儀よく食べている。
しばらくして我に返る。やばい、自分の取り分以上に食べすぎてないだろうか? 大皿の上を見返すと、奇妙なことに気がついた。
「……あの、柊さん」
「なんでしょうか兄さん」
「柊さん、僕が作った餃子ばかり食べてませんか……?」
逆にいうと僕は、柊が作った餃子ばかり食べていたということだ。僕の作った深海生物を処理してもらっていたと思うと申し訳ない……。そう思ったのだが。
「はい、食べてますよ? 兄さんの作った餃子、とても美味しいです。おそらくこの、通常の餃子とは違う形によって、蒸気とかが良い感じに入ってとっても美味しくなっているものかと」
真顔で理路整然と言われた。うん、真顔で理路整然と言われると本当にそんな気がしてくるな……。
そこで僕は、自分が作った餃子を探して、口に放り込んでみた。……うん、美味しい。タネも皮も焼き方も一緒なのだから当然だ。しかし、柊が作ったものに比べると、いまいちだ。重なってしまった皮の部分の焼き方が甘く、ねちょっとした感じに仕上がっている。
やはり先ほどの言葉は、僕に対する気遣いだったようだ。すでに手遅れかもしれないが、残り少なくなった深海生物に箸を伸ばす。
すると柊も箸を伸ばす。
「柊が作った方が美味いから無理しないでそっち食べなよ」
「! その発言は嬉しいですが、私は兄さんが作った餃子が食べたいんです」
「いやいいよいいよ、僕が食べるから」
「いいんです、いいんです、私が食べますから」
「僕が食べる!」
「私が食べます!」
なぜかまずい方の餃子(美味いんだけど)の取り合いになり、争うように食べているうちに、大皿はすっかり空になった。いつの間にか、ご飯やスープもなくなっている。
ふふっと隣で笑い声が聞こえた。
気がつくと、僕らは2人で笑い合っていた。
柊のどこかぎこちない、笑いを我慢するような笑い方。けれど、心の底から楽しく思っているのが伝わってきて、素直に可愛いと思った。
柊とこんなふうに2人で過ごすのは、久しぶりだな。
中学生になった頃から、小学生だった頃に比べると、少し疎遠になっていた気がする。まあ、お互い年頃になってしまったのだから、それも当然か。
ひとしきり笑い合った後、僕らは2人で皿洗いをした。相変わらず、僕の大雑把な仕事を、柊が指摘しやり直すという皿洗いだったけれど、準備や片付けをほとんどしてもらったので、流石に譲れなかったのだ。
「ええと、これで家事は全部?」
「ええ、おしまいです。と言っても、お風呂に入った後にお風呂洗いがありますけどね」
「そっか。じゃあそれは僕がやるよ。柊、先に入ってきな」
「いいんですか、兄さん? 兄さんがやると翌日のぬめりが気になるということになりませんか? 私がやっても全然いいんですよ、お風呂洗い大好きですから」
お風呂洗いが大好きな人間なんているんだろうか? あと、気づかぬうちに僕の家事スキルが妹の中で低判定になっている……。
「大丈夫だって! ほら、たった今しがた皿洗いを教わったし!」
「皿洗いとお風呂洗いはまた別だと思うのですが……。まあ、確かに似ているところもありそうですけれど」
納得したのかしないのか、いつもの表情に乏しい綺麗な顔をして、柊は風呂場へと向かっていった。
ふう、どうやら無理矢理仕事を奪うほどの低判定ではないようだ。昨今は共働きが前提で男も家事ができないとという話題をテレビでやっていたからな、一安心だ。
ソファに寝転がり、テレビのスイッチを入れる。スマホを適当にいじりながら、友人のSNSを眺める。
なっちゃんの投稿によると、あの後みんなは商店街をぶらぶらしてコロッケを食べたりしていたらしい。めちゃくちゃ楽しそう。
「にいさーーん!」
ぼんやりとした時間をかき消す、声がした。
驚いて飛び起きる。
「どうした⁉︎」
お風呂場へ駆け寄る。どうしよう、と躊躇したのは一瞬だった。柊は普段、こんな大きな声をあげない。洗面所へと続く扉を開く。
視界に飛び込んできた情景をみて、思考がスパークした。
「え、ちょ、ひいらぎ!」
お風呂場へと続く扉が半開きになっており、お湯による蒸気が流れ込んできている。
シャワーを浴びた後なのだろう、濡れた髪と、蒸気した頬と、困ったような上目遣い。
小さなタオルで一応隠しているものの、隠しきれていないまごうことなき裸体。胸元に当てられた手を色っぽく感じてしまうのは仕方ないだろう!
「兄さん、シャンプーが切れてしまいました……。取ってください」
「いや、いや、いや、早く閉めて! 後、シャンプーぐらい自分で取ればいいだろう」
「もうシャワーを浴びてしまったのです。このまま出ていって取ったら、廊下が水浸しになってしまいます」
心なしか、声まで艶っぽく感じてしまうのは僕の気のせいだろうか?
もうこうなったら、さっさと要件を片付けてしまおう。
シャンプーのストック置き場に向いながら、たった今見た光景を頭から追い出そうとする。しかし、追い出そうとすればするほど考えてしまうという罠に落ちた。
あー、くそ! こういう時は別のものを考えよう。有本のシャワーシーン、有本のシャワーシーン……。
「うぇぇぇぇ」
なんだあのムカつく金髪。顔はまともなだけにメチャクチャ腹が立ったわ。
ストック庫から見事にシャンプーの換えを確保し、風呂場に戻る。向こう側を決して見ないようにして、「んッ」と袋を差し出した。
「ありがとうございます」
どこかクスリと響きを感じるお礼の言葉を受け取って、さっさと持ち場のソファに戻る。
また、先ほど半開きの扉から見た光景を想像してしまった。
あーーーー! 僕はいつまでアイツのシャワーシーンを思い浮かべてればいいんだ⁉︎
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