第9話・現代の常識は、異世界の非常識?
異世界ギルドの検疫を終えて建物の外に出た加賀は、久しぶりに見た異世界の光景に感動していた。
前回やって来た時はこちらの世界も夕方であり、現代世界のように街頭もなかったのではっきりと街並みを見ていたわけではない。
けれど、今は昼前、目の前に広がったヨーロッパの古い街並みのような光景を前に、まるで観光に来たお上りさんのようにキョロキョロと周りを見渡していた。
「うわぁ。空気が美味しいっていうのはこういう事かぁ」
思いっきり深呼吸をする。
新鮮な空気が肺の中を駆け巡る。
身体中が浄化されるようないい気持ちであるが。
──パンパンパパパパンッ
ギルド内、検疫所あたりから小さい爆発音が響き渡る。
「うわ、なんだこれ」
「俺もだ。一体どういう事だ?」
検疫から外に出てきた新聞記者とカメラマンが騒いでいる。
「どうなさいましたか?」
ギルド職員が二人にそう問いかけたが。
「いや、服のボタンが爆発して」
「俺もだよ。ボールペンや手帳が爆発したんだ。どういう事だよ」
そう叫んでいるが、職員はにこやかに一言。
「先程説明しましたが、機械的なものの持ち込みはご遠慮願っております。先日も査察団の方が羽ペンや本に何かを隠して持ち込もうとしましたが、残念ですがそれらは全て壊れてしまったそうですよ」
「そ、そうか。わかった気をつける……」
がっくりと肩を落とす二人。
その姿を見て、残った記者や議員達も隠していたカメラや録音機材を次々と提出していた。
そして30分後には、全員が全てのチェックを終えて、建物の二階にある異世界ギルドの事務室に向かうことができた。
「ようこそ神聖ミーディアル王国へ。私はシトロンと申します。この異世界ギルドのギルドマスターを務めていますので、どうかよろしくお願いします」
丁寧に挨拶をするシトロンという女性。
その名前を聞いて、加賀は異世界にやって来た時の注意事項の書かれている書類を取り出す。
そこには、この国の女王であるメリッサには双子の姉がいるらしく、シトロンという仮名で異世界ギルドのギルドマスターを務めていることが書き記されている。
外見も女王とそっくりなので注意するようにと、厳重注意のマークも添えてあるので、加賀は改めてシトロンの顔をしっかりと瞼の裏に記憶するように努めた。
「シトロンさんとやら。済まないが、私は地球では学者をやっていてね。この世界のことを色々と研究報告する義務がある。記録媒体の使用許可を求めたい」
「そ、それなら我々もだ。この世界の者達には分からないかもしれないが、我々には報道する自由がある。その権限を使わせてもらいたい」
大学教授に続いて報道記者達も主張するが。
「成る程。ですが、あなた達の頭はなんのためにあるのですか? 文字は書けますよね? それで間に合わないのですか?」
ニコニコと笑顔で告げるシトロン。
「それだと映像に残せないではないか」
「えーっと……あなたは大学教授の……で、そちらの報道の方々は……と……、……さんですね。こちらに来るときに説明はしてありましたが、それを納得していらしたのではないのですか?」
「ふん。我々には権利があるのだよ」
「では、その権利とやらは、あなた達の世界の他国でも通用するのでしょうか。もう一度よく考えてくださいね。それでも主張するというのでしたらどうぞ勝手に使いなさい。その時点で私たちは日本国から
その言葉で、議員達が慌てて教授や報道記者を止めに入る。
「では、改めてご案内します」
──ガラガラガラガラ
ゆっくりと馬車がやってくると、加賀達はそれでまずは王城へと案内された。
………
……
…
綺麗な町並みを眺めながら、馬車は都市を縦横無尽に走る街道を進む。
途中で子供達が空飛ぶ箒に乗って手を振っているのに気がつくと、加賀もすぐに手を振り返して……。
「箒に乗って空飛んでますよ? 流石はファンタジーの世界ですね」
すぐさま手帳にメモを取る加賀。
これには報道関係者もメモを取っていた。
やがて王城前にやってくると、一行は馬車から降りる。
「それでは、まずは皆さんが宿泊する部屋にご案内しますね。まだ外の宿は危険ですので、この地にいる間は王城に宿泊して頂きます」
イングランドクラッシックに似たメイド服を身につけている女性が、加賀達を案内する。
一人一部屋与えられると、全員が荷物を置いて少しだけくつろぐ。
広さは20畳はあるであろう。
さまざまな調度品に囲まれた部屋に荷物を置くと、加賀は窓辺に向かうと勢いよく扉を開く。
──ガチャッ
ベランダに出て外を眺めると、眼下には綺麗な町並みが広がっていた。
「本当に異世界なんだ。これは感動ですよ……と、この後の日程はなんだったかしら?」
バックから日程表を取り出して確認する。
日本人らしく分刻みのスケジュールを組んでいたはずだが、ここに来て全てが無駄になる。
「そっか、時計ないんだ。どうりで部長が楽しそうだった訳か」
備え付けの机に向かうと、バックから便箋を取り出してスケジュールを書き直す。
時間指定だったものは全て排除し、午前と午後の二つの時間区分に書き直した。
「こんな適当なスケジュールでいいのかな? まあ時計がないからどれだけ細いスケジュール組んでも全く無意味なんだよね」
部屋の中をグルリと見渡しても、何処にも時計らしいものはない。
──コンコン
誰かがドアをノックしている。
「はいはい。今行きますよ」
扉に手をかけて開くと、議員達と大学教授がそこには立っていた。
「明日からのスケジュールなんだが、時間が全くわからない。一体どうすればいいんだ?」
「せめて時計ぐらいはないと困るだろう」
「このあとはどうすればいいんだ?予定では女王と謁見のはずだが時間がわからない」
口々にそう攻め立てるのだが。
「まあ、そうですねぇ。明日からのスケジュールはこれでお願いします。あとで食事の時にでも説明しますから」
先程仕上げた手書きのスケジュール。
それを回し読みしてもらったが、その場の全員が顔を真っ赤にする。
「なんだこの適当なスケジュールは。こんなのが許されると思うのか?」
「時計ぐらい使えるように交渉したまえ。異世界政策局の怠慢ではないのかね?」
「全くだ。こんな事で先が思いやられるではないか」
口々に文句を言うが、そんなこと知らない。
「無礼を承知で。大の大人が時間時間と……郷にいれば郷に従え、臨機応変という言葉を何処に置いて来たのですか?」
「時間を守る事こそ美徳ではないか。君はそれでも社会人か?」
「ですから。この世界のやり方を学びましょう。考えても見てください。この世界に来る時に機械関係の持ち込みは禁止されていました。それを今更ぐちぐちと。そんな無茶なこと言うのでしたら、ご自分で交渉して見ては?」
そう議員に話を振ってみるが、いざそう言われると尻込みする。
「それは私の仕事ではない。いいかね? この件が国に報告されると、不利になるのは君達異世界政策局では?」
とうとう脅しに入る。
自分達は手を汚したくない。
万が一交渉に失敗したら誰が責任を取るのかと、保守的なことを考えているのだろう。
「何故ですか? 私は元の調理師に戻るだけですし。そうなったらなったで、私、ここの王城勤務してもいいと思っていますから」
「ほ。ほう。君がここで働くと?」
「私は直接、この国のカティーサーク外交官にスカウトされていますからね。年収六千万で。とりあえず明日からのスケジュールはこれで行きますので、以外論がありましたら、それこそみなさんお得意の書面で提示してください」
──コンコン
すると、部屋の外から誰ががノックしている。
「あれ?皆さんいますよね?」
すると、侍女の一人が扉を開いて室内に入ってくる。
「そろそろ謁見の時間ですので、こちらへどうぞ」
丁寧に頭を下げる侍女。
すると議員の一人が、侍女に詰め寄る。
「それだよ。時間。君、私たちは時間を大切に使いたい。時計がこの世界にもあるのかね?」
「はぁ。時を告げる魔道具ならありますけど。教会や王城、各種ギルドでは使っていますけれど、一般の人は持っていませんね?」
「なら、それを貸して欲しい」
「無理ですよぉ〜。あれ高いんですよ?壊したり無くされたら弁償ものですからぁ」
にこやかに笑う侍女。
「金で済むのなら構わない。もう沢山だ」
「では、後ほど女王陛下とご相談ください。時を告げる
そう説明されて、一行はそのまま謁見の間へと案内された。
「全く。時間時間記録記録。なんでのんびりとできないのでしょうかねぇ」
もう面倒になったので、加賀は査察団の一番後ろを歩いてついていった。
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