第10話・謁見と外交特権と政治家
綺麗な謁見の間。
イギリスのベルサイユ宮殿にある女王謁見の間のような雰囲気の場所に、加賀たちは案内された。
そこには横一列に椅子が並べられており、一行はそこに座るように促される。
「まあ、そんなに固くならなくて結構です」
王座に座って加賀たちを見下ろしながら、メリッサ女王が査察団を見渡す。
「はい。それでは失礼します」
面倒なので加賀は一番端に座る。
謁見では、特に加賀の仕事はない。
明日の検品作業と持ち込み可能物品の選別会議からが加賀の仕事、その間、他の人々は市内観光となっている。
「少し時間がずれ込んだのは申し訳ない。前の方の陳謝の対処に手間取ってな。この場では、私で答えられる簡単な質問にお答えしよう。明日からはみなさんのスケジュール通りに動いて頂いて結構ですよ」
そう話すと、議員や報道官が挙手している。
「まず、時計の持ち込みを許可して欲しいのです。それと撮影機材。それがないと報道官である私たちは仕事になりません」
「断ります。それらの文明は、まだ私たちには早い。魔法で対処できるので必要ありませんから」
きっぱりと告げるメリッサ女王。
だが、報道官はその程度では引き下がらない。
「使うのは私たちです。別に機材をこの世界の人々に貸し出すとか、そういうことはありません」
「未知の技術というのは、知ることと模倣することから手に入る事があります……簡単に説明しましょう、魔法では手に取ったものを解析し、それと全く同じものを作り出すものもいます。そこから解析されて技術が流れた場合、それを悪用するものが出ないとは限りません」
「それです。その魔法とは何でしょうか?」
今度は大学教授が挙手して問いかける。
「少し学んでできる、代償を伴う奇跡ですね」
「奇跡?」
「ええ、以前、我が国の外交官であるカティーサークが、そちらの国会というところで聞いた話では、何もないところから水を生み出したり風を起こすのは奇跡なのでしょう? レベルが違いますが、私たちにしてみれば、そよ風を吹かせる事も台風を起こす事も同じですから」
報道官や議員たちは必死にメモを取っている。
が、加賀は自分の手をグーパーと握ったり広げたりしている。
「私にも出来るかな?」
ボソッと呟く加賀。
するとメリッサ女王は王座から立ち上がると階下まで降りてきた。
「例えばですが。皆さんは自分の魔力係数はご存知ですか?」
その問いには一人の議員が答えた。
「全ての人間が持つ魔力を数値化したものですね?誰でも、命あるものは持っているという」
「ええ。魔法とは体内の魔力を放出し、言葉と意識と印、そして触媒を繋げて起こすものです。では試してみましょう」
すると、近くの侍女が全員に小さな袋を配った。
「これは何でしょうか?」
「触媒の入っている袋ですね。残ったものはお持ち帰りして構いませんよ。では私の言葉と指先の流れを真似てください」
そうはなしてから、メリッサ女王はスッと右手を前に差し出す。
『清涼たる水よ、我が手に集いて形を成しなさい』
まるでそこに水の玉があるかのように、指と手がそれをなぞる。
──ヒュゥゥゥゥゥン
すると、女王の掌の上に水の玉が浮かび上がっている。
「そ、それは」
「大気中の水分を集めました。形は意識で固定していますので、みなさんも試してください」
そう説明すると、全員が一斉に詠唱を始める。
一番真剣にやっているのはやはり大学教授で、何度やっても丸い水などできないのが悔しそうである。
「先ほどの説明ですが、疑いを持つとそれは力を成しません。いきなり私のように玉を作ることはできませんよ。けれど、掌に少しでも水ができていたら上等でしょうね」
──チョロッ
一人の記者の掌には水が少しだけ作られたらしい。
「うわ、うわあぁぁ、出来たぁぁ」
そこに近づくと、女王は記者の手の中を見る。
「あなたは魔力回路も開き始めましたね。そのまま訓練するか、冒険者関連施設に入れば魔術師を目指せますよ。みなさんも掌を上に向けておいてくださいね」
一人一人を見て歩き、全員にアドバイスする女王。
今ここにいるのは、最低でも魔力係数は30以上ある。
大なり小なり掌には水が出来ている。
大学教授など、少しだけしか出来なかったのだが、女王に説明を受けるといきなり水の量が少し増えたのである。
そして。
──ゴゥゥゥゥゥッ
自分の手の中を見て呆然としている加賀。
「う、うわ、うわあぁぁあ」
直径30センチの水の球体。
それが綺麗に掌の上で対流している。
この姿には、全員が驚いている。
そして女王はその姿を見て、慌てて加賀に駆け寄ると、加賀の肩に手を当てて、話を始めた。
「いい事? 私のいう通りに言葉を紡いで。『水よ、その力を解放し、あるべき場所へ帰りなさい』」
「は、はひっ。水よ、その力を解放して、あるべき場所へかえりなさいっっ」
──シュゥゥッ
すると、加賀の掌の水の玉が霧のように散っていく。
「ふう。危ない危ない。あなたのように魔力回路が開いている方は珍しいですね。もう少し魔力を絞る訓練をした方がいいでしょう」
「そうなのですか?」
「ええ。先ほどのような状態が続くと、体内の魔力が空になってしまい、魔性酔いが起こります。そうなると意識がスッと消えてしまい、全身の魔力回路が閉ざされてしまいます。魔力が回復するか回路を開き直さない限りは、身体を起こす事もできませんよ」
「わ、わかりました。努力します」
気合いを入れて返事をする加賀。
「後ほど、そこの侍女に教えてもらうといいでしょう。さて、他に質問はありますか?」
その後も次々と質問が飛び交う。
メリッサ女王はそれらの全てに丁寧に答えている。
「時間の概念はあるのですか?」
「ありますよ。朝の教会の鐘が1日の仕事の始まりです。昼の鐘が昼の休みを、そして夕方の鐘が仕事の終わりです。最も、途中で休みを入れたり、仕事の進み具合で早く終わることもありますし」
「例えばですね? 女王に謁見を求めた場合とかの時間指定はできないのですか?」
記者の問い合わせの意図を理解したらしい。
「それ程時間というものを気にしていませんね。あなたたちの世界では大切な事なのかもしれませんが。謁見の場合ですと、王城内の受付で申請していただければ、その内容の重要度ですぐに謁見したり順番を待ってもらったりします」
「その重要度は誰が判断するのですか?」
「執務官や秘書官が決定します」
「そこに公平さはありますか?」
「どうでしょう? 私の国では公平であると思いますが、他国では賄賂を掴ませて順番を早くしたりするものがあるかもしれませんね」
ゆるい。
すごく曖昧でゆるい。
加賀は女王と記者との質疑のやり取りを見てそう考えた。
(時間や公平さを大切にする日本人にはきついかも知れないけれど、よく言えばファジーなんだろうなぁ)
「この世界では、賄賂などは結構横行しているのですか?」
「そちらの世界でいう、付け届けというのですか? その程度ならば、まあ、貴族や商人などの間では存在している認識してください。皆さんの世界では建築や契約など、さまざまな条件下での付け届けがあると聞きましたが、それ程高額ではありませんよ」
その回答には、議員たちは苦笑するしかない。
すると、記者がスッと手を挙げた。
「もしもですが、この世界に居を構えたいと申請した場合は、受け入れて頂けるのですか?」
それには加賀も身を乗り出した。
(それは私も興味があるわ……私以外にも、かなりの人たちがねぇ)
「そうですねぇ。私の国ですと、第三城壁と呼ばれている地区があります。フレミング解放区と呼んでいまして、他国からやって来た方にも安く土地を提供できるようにしています。その区画ならば移住は可能ですよ?」
「ふむふむ。そこで生活するにはどうしたらいいのですか?」
「まず家を建ててください。もしくは建築ギルドに申請して建ててもらうと良いでしょう。そののちに各区画にある商人ギルドに移住申請すると良いかと」
必死にメモを取る一行。
加賀も急ぎ要点だけをメモし始める。
「そのあとはお好きに。それで移住は完了です。商売をなさるのでしたら商人ギルドに申請、技術職も各種ギルドに申請するといいですよ」
「あの、冒険者というのも同じですか?」
「冒険者にもいくつかのパターンがありまして。宿を月契約で借りて、そこを拠点として活動する冒険者もいますし、報酬で家を購入して定住する冒険者もいます。馬車と馬を購入してそれを家にする方もいますから多種多様ですね」
──スッ
今度は加賀も手をあげる。
「この世界の物価ですが。人が1ヶ月暮らすために必要な金額はどれぐらいかかるのでしょうか?」
コクコクとその質問に頷く女王。
「まず、私たちの世界の貨幣はご存知ですよね?」
「はい。テレビの特集で拝見しました」
「では、それを踏まえて。我が国では、家族4人で一ヶ月大体金貨8枚程度で生活できます。異世界ギルドのある商業区と一般居住区のあたりですと、素泊まりの宿一泊で銀貨3枚、ギルド直営の酒場で少し良い食事とエールを注文しても銀貨一枚ですね」
ふむふむ。
日本円に換算するレートがまだないので、感覚として考える加賀。
ならば、自分のわかる例えで問いかけてみる。
「銀貨一枚でジャガイモは幾つ買えますか?」
「ジャガイモ? イモ? あ、翻訳できましたわ、そういう穀物があるのですね?」
「はい」
「似たようなもので、コノイモというものがあります。それでしたら……」
この世界にもジャガイモのようなものがある。
加賀の言葉はうまく伝わっていないのと、ジャガイモが固有名詞であったのでメリッサ女王も考え込んでしまっただけ。
それも翻訳魔法か何かでうまく変換されたらしく、どうやら理解してくれたようである。
「そうですねぇ。銀貨一枚ですと、麻袋三つ分ですかね」
「麻袋一つ分の重さは?」
「大きさによってまちまちですから、いつも同じ重さではありませんよ。それでも、あなたたちの世界の重さでお話ししますと、多分15kgから20kg程でしょうか?」
と言うことは。
最低でも銀貨一枚45kg。
銅貨一枚で4.5kg。
品種にもよるが、銅貨一枚が日本円で1500円から2000円ぐらいと判断した。
「ありがとうございます。大変参考になりました」
「いえ。それでは次の質問のある方は?」
再び質疑が進む。
全く未知の世界ゆえ、質問などはキリがない。
中でも後半は、不老不死や魔術による治療と蘇生に話が集中していた。
どんどんメモが増える加賀。
だいたいの要点だけを纏めていると、やがて食事の時間になったらしく侍女が皆を呼びにやってきた。
「陛下、そろそろ晩餐会の準備ができました」
「あら、それではそろそろ切り上げるとしましょう。マルゲリータ、皆さんを食堂にご案内してください」
「畏まりました。それではこちらへどうぞ」
そのまま一行は食堂へと案内されるが。
その途中、加賀は大学教授に声をかけられる。
「君は魔術の素養があったのか。是非とも研究に手伝って欲しいのだが」
「それは今すぐには返答出来ませんよ?私は公務員ではありませんがれっきとした北海道の職員ですから」
「そ。そうか。しかしだね、君の協力があれば魔術というものの解明に数歩近づけるのだよ?」
「すいません、あまり興味ありませんので……」
そんな会話をしているうちに、食堂に到着する。
そして全員が席に着くと、いよいよ晩餐会が始まった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「はぁぁぁ」
晩餐会もおわり、この日の予定は全て完了。
明日からは早速検疫関係の仕事が朝から待っている。
「それにしても、晩餐会の料理は最高だったなぁ」
つい一時間前の感動を、加賀は思い出す。
食材については、加賀の舌の記憶を頼りにこんなものだろうと思い出していた。
とろみをつけたシータートルのスープ
近海鮭のパンケース詰め
胃袋の煮込み・ドミグラスソース添え
巨大牛のカツレツ、アドン風
鴨のピュレ、果実ソース添え
綴れ織り風サラダ
発泡ワインのシャーベット
ノッキングバードのロースト、ハーブソース添え
どれもこれもしっかりとした仕事が行われていた。
それは日本でレストランを開いても十分に通用する味と技術である。
しかも、女王自らが料理の指示をしていたというから驚きである。
ベッドにうつ伏せになってメニューのメモを書く加賀。
細かい盛り付けや味、そして日本で作るときの材料をどうするかなど、様々な視点で書き綴っている。
「ふう。とりあえずこれで良し。今の仕事は交渉人だからなぁ。また食べたいけれど、晩御飯以外は町で食べてくるらしいからなぁ」
豪華な晩餐は夜のみ。
朝と昼は町の食堂などで食べるらしい。
加賀も明日の朝と昼は町で食べるようにと説明を受けている。
手渡された割符を持っていけば、どこの食堂や酒場でも好きなだけ食べられるらしい。
「割符は全部で13枚か。あと4日だから、8枚でいいのに多めに渡すなんて」
そう考えた加賀だか、部屋の外がワイワイと騒がしくなったのでなんとなく理解した。
「なるほどねえ。夜の繁華街用でしたか。明日には行きたいですけどねぇ‥‥」
そのまま意識がなくなり、加賀はスーッと眠りについた。
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