第8話・現代人はキカイが好き
加賀たちが異世界から戻ってから一ヶ月。
この間に様々な出来事があった。
神聖ミーディアル王国からは一週間に一度、語学研修として異世界の魔術師がやって来るようになった。その結果、ひと月ほどてカタコトの挨拶ができるようにはなったものの、まだまだ複雑な会話などの部分で頭を悩ませている。
それ以外にも、神聖ミーディアル王国の使節団が日本の各県を訪れて、例の魔力感知球を県知事に貸与している。
どの県でも、自分の県に
日本国政府でも早急に異世界に対しての窓口を開いているのだが、先手を切った北海道知事の受けが良かったのか、
そして、カティーサーク外交官と沖田知事との話し合いの結果、赤レンガ庁舎敷地内に、『赤煉瓦ゲート』という小さな建物が建築された。
その入り口に
魔力がなければ何もできないので、現在は連絡用の警備員が付いているものの、観光客などは誰でも触れるようになってしまった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
そしてとある月曜日。
翌日の火曜日朝10時に、加賀は業務として異世界に向かう事になった。
その打ち合わせも全て終えると、局内で山城部長が加賀と話しをしていた。
「加賀君。明日の準備は大丈夫かな?」
「はい。期間は5日間、録音機材などの持ち込みは不可なので大量のメモも持っています。検疫所で浄化の魔法処理を受ける事、貴重品を持ち込まないこと。まあなんとかなるのでは?」
「そうだねぇ。また持ち込み可能なものと不可能なものの区分が決まっていないので、今回はそれらの調査と打ち合わせを異世界ギルドで行う事。仕事という事はお忘れなく」
「しっかりと朝9時から夕方5時までは仕事します。そのあとは観光です」
「勤務時間以外の行動には制限はないけど、あまり無茶しないようにね」
「はぁ。無茶と言いますと?」
「事故と怪我。あちこち問い合わせてみたけど、異世界での事故や病気は保険の適応外という話らしいから」
「成る程。まあ、怪我しても魔法で治るのではないでしょうか?」
「それもいいねぇ。加賀君、回復魔法を覚えて来てよ」
突然凄いことをいう山城部長。
しかし、いずれは何処かの保険会社で冒険者保険みたいな商品が作られそうな気もする。どの保険会社が一番乗りするか楽しみであると、山城は軽くほくそ笑んでいた。
「確か3日目のスケジュールが冒険者ギルドの視察と体験会ですね。その時に話をしてみますよ」
机の上のタイムスケジュール表を眺めて、そう話している加賀。
「あ、加賀さん。そのスケジュール表、多分無駄になるから。その時の行動は、午前と午後で何するか現地で考えてね」
「はぁ、でもしっかりとしたスケジュールを組んでおかないと駄目ですよね?」
「日本ならね。異世界では、向こうの常識に従って行動してくださいね」
笑顔で説明する山城部長。
なにか腑に落ちないのだが、まあ、何かあるのだろうと心構えだけはしておく。
「今回の視察団も、随分と偏ってますねぇ」
加賀は、同行メンバー表を見ながらしみじみと呟いている。
今回は与党議員から二人、野党議員から一人。
それ以外にも報道枠には新聞社一人と放送局から二人。
そして民間から一人、自分を含めて合計八名の視察である。
「報道関係者と国会議員は分かります。この民間からの方は誰ですか?」
「筑摩大学の教授だよ。学術調査らしいよ」
「へぇ。まあ、私はこのスケジュール通りに動きますから良いですけれど。あんまり頭の固い方とは、ご一緒したくないですね」
きっぱりと思ったことを口にする加賀。
これには山城部長も苦笑するしかない。
「まあまあ。頭が固いのが議員。真実を隠すのが報道。学術のためなら無茶をするのが学者だ。怪我しても保険効かないから、無茶はしないだろうさ」
「それなら良いですけれど……」
そんな話をしていると、入り口の机に大量の箱が置かれた。
「加賀君、これ、明日の出発時に一緒に持って行って」
「はい。持ち込み可能物品の選別用サンプルですね。でも、どうやって持って行くのですか?」
「台車があるでしょ? 荷物の中身はお菓子だけじゃなく、様々な食料品や衣類、二以上生活用品なども含まれていますから。少々、気を付けてくださいね」
「はい。ちなみに私が選んだお土産も入れて良いですか?」
「構わないよ。他にも色々と入れてあるから、検疫を通ったか報告してね」
「はい。では明日はそれ持って出勤しますので」
そう話すと、丁度定時となったので加賀は退社した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日。
朝一で買い物を終えた加賀は、買い物袋を抱えて出社した。
そして購入した荷物を纏めて箱に詰めると、それを台車に乗せて準備する。
「チェックリストオッケー。着替え荷物オッケー。私物オッケー。スマホと時計はデスクの中と……」
持ち込み禁止リストのトップにある記録媒体。
スマホなどもカメラ機能があるので禁止である。
「おや、まだ居たのか」
奥のデスクから山城部長が声を掛ける。
「まだ30分ありますので」
「でも、
──ガバッ
机から飛びずさると、加賀は窓から外を見る。
すると、赤煉瓦ゲートの前には、すでに使節団が集まっていた。
「い、行ってきます‼︎」
「お気をつけてね〜」
荷物の載っている台車をガラガラと押しながら、加賀はすぐに小屋へと走った。
「お、お待たせしました。遅れて申し訳ありません」
集まっている人々に頭を下げる加賀。
だが、予定以上も早くやって来たのはここにいる面々なので、特にお咎めなどない。寧ろどこで話をききつけたのか、あちこちにテレビ局や新聞社がやって来ている。
「胸から取材許可証を下げていない方はカメラを下げてください。無許可での報道撮影は後ほど社の方に抗議文を送らせていただきますので」
周囲の報道陣にそう説明すると、近くの観光客が加賀に話しかける。
「あ、あの、スマホの撮影は……」
「個人で楽しむ程度なら構いませんけれど。出来れば綺麗に撮ってくださいね」
笑いながらそう話すと、観光客もホッとしたらしくスマホやカメラを用意した。
「さて、そろそろ時間なのに誰も来ないではないか。私たちを待たせるとは、異世界人も随分といいご身分ですね」
どこかの議員が笑いながら話しているが、こちらは連れて行ってもらう立場。
どの口が言うのかと突っ込みたくなる。
──キィィィィィィン
突然、
すると中からは、金髪の女性騎士が姿を現した。
「初めまして。神聖ミーディアル王国より皆様をお迎えに参りましたジョセフィーヌと申します。本日は宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げるジョセフィーヌに、周囲の男性は思わず顔を赤らめる。
「ご丁寧にありがとうございます。異世界政策局の加賀です。どうぞ宜しくお願いします」
丁寧に挨拶を返すと、ジョセフィーヌは手の中に8枚の赤いカードを取り出した。
「これが
そう説明してから全員にゲートパスを配布する。
それを配り終わると、ジョセフィーヌは自前のゲートパスを取り出し、
「それでは、私のやる通りにしてください」
スッと
すると、全身が光り輝いて消えた。
──ザワザワッ
その場がざわつくのも無理はない。
だが、加賀はぐっと拳を握って前に出る。
「では行きます」
おおおおおお
周囲から歓声が上がる。
そして加賀も台車を引きずりながら手をかざすと、そのまま光になって扉に吸い込まれた。
意識が飛んだらしい。
ほんの僅か、時間にして3秒ほど。
そして気がつくと、加賀は白亜の回廊に立っていた。
目の前には押していた台車もしっかりとある。
「うん。この前と同じ、ここに繋がるのは共通なのかな?」
ボソッと呟くと、前に立っているジョセフィーヌがクスクスと笑っている。
「ええ。ここは二つの世界を繋ぐための回廊ですので。ここは世界の狭間の空間、ここからいくつもの世界へと道は分岐します」
ジョセフィーヌが加賀をはじめ、転移門を通ってきた地球人にそう説明をしている。すると、大学教授が手を挙げて、質問を始めた。
「ちょっと質問をいいかな? この空間はどうやって維持しているのだ? 我々の世界以外にも繋がるのかな?」
この問いかけにはジョセフィーヌは頭を捻って一言だけ。
「さあ?私にはわかりませんね。魔法としか説明できませんので」
「その魔法の原理について教えて欲しいのだ。それが解明できれば、私たちの世界でも魔法が使えるかもしれないのだからな」
「成る程。それでしたら、ミーディアル王国にいる魔術師にでも弟子入りするといいでしょう……」
必死に教えを乞う大学教授を軽くあしらうと、ジョセフィーヌはもう一つの扉に近づく。
「この先が神聖ミーディアル王国の異世界ギルドです。では先程と同じ方法で……」
再び手をかざすと、ジョセフィーヌがまた消えた。
「それにしても……弟子入りなどする時間が勿体無い。何故、文章で説明してくれないのか理解できない」
「教授は焦りすぎなのですよ。こういうのはじっくりと学ばなくてはなりませんよ」
「他の誰かに先に研究されて、それが学会で発表されたらどうするのだ?」
やれやれと、加賀も呆れ顔になってしまう。
この教授は、どこまでも自分本位の考え方しか持っていないようである。
「そんなくだらない事、私には理解できませんね」
「何っ、くだらないだと?」
声を荒げる教授など放置して、加賀は
──スッ
すると加賀の身体が光に包まれ、転移門を変えて再び実体化した。
足元には、見たことがある巨大な魔法陣。
右側に扉があり、上には『税関・検疫』という漢字で書かれたプレートが貼り付けてある。
その手前で立っている背の低い騎士が、加賀に向かって一言。
「ようこそ神聖ミーディアル王国へ。地球から来た者よ、この先で検疫を受けて欲しい」
「は。はい。これはほんの手土産です。どうかお納めください」
慌てて台車から荷物を降ろそうとするが。
「先に検疫を。その荷物も全て、魔法で浄化しなくてはならない」
淡々と説明する騎士。
「ありがとう御座います。そうですよね、では失礼します」
──ガチャッ
扉を開けて室内に入ると、またしても魔法陣が床に記されている。
そして部屋には、猫族のミヌエットが待機していた。
「ではこれから検疫しますねー。荷物も全てそこにおいてくださいね」
「はい。先日はありがとう御座います」
「ありゃ、加賀さんでしたか。この前はごちそうさまでした。また美味しい料理を食べさせてくださいね」
そうミヌエットが話しかけると、魔法陣がゆっくりと輝く。
そして光が収まると、ミヌエットはニコニコと笑ってる。
「検疫終わりです。こちらの扉から次の部屋へどうぞ。手荷物検査です」
「まあ、危険薬物や武器などを持ち込まれても困りますからね」
「そうそう。ではどうぞ。次の方、魔法陣に乗ってくださいね〜」
加賀は次の部屋に入る。
今度はカウンターといくつかの仕切りのある巨大なテーブルが置いてある部屋。
女性職員が加賀を手招きすると、早速説明を始める。
「ここでは手荷物の検査を行います。機械類は一切持ち込めませんので、ここで預かることになります。預けなくて壊れても、私たちは一切責任は負えませんので……と、加賀さんは先日もいらしたので、ご存知ですよね?」
説明書をガン見しながら、女性職員がそう説明する。その言葉に加賀も笑顔で頷くと、そのまま簡単に手荷物を確認する。
「あまりマジマジと見られると恥ずかしいですね」
「ですから仕切りで男性と女性に分けられてます。まあ、女性の場合は‥‥ね。はい問題ありません。こちらの荷車?」
「台車ですね」
「へぇ。台車と言うのですね。こらはどうするのですか?」
「女王様に贈り物です。あと、この世界にはない珍しいものもご用意しましたので、我が日本国との国交が正式に結ばれた際には輸出することができます。それらの打ち合わせに使う見本品と思ってください」
「‥‥はい、分かりました。では台車の荷物はここでお預かりしますね。そちらの部屋からお通りください」
最後の出口は扉が解放されている。
台車ごと荷物を預けてから建物の外に出ると、目の前には小説や漫画で見た中世ファンタジーの風景が広がっていた。
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