第4話・運命の女神は、彼女に仕事を任せました。
翌日。
朝8時半に、赤煉瓦亭に出勤した加賀。
いつものようにコックコートに着替えて厨房に向かうと、いつもとは空気が違うことに気がついた。
仕込み作業がいつもよりも早く進んでいるのである。
「おはようございます。いつもより早いみたいですけれど、今日は何かあるのですか?」
カウンターの横の椅子に座って新聞を見ている足柄シェフに挨拶する加賀。
すると、足柄シェフはすこしだけ寂しそうな顔をして、すぐに頭を振って真顔に戻る。
「おお、おはようさん。今日はあの異世界の外交官とやらの国会招聘だろ? 晩餐会をここでやりたいとゴネたらしくてな。一応晩餐会は東京のホテルでやるらしいが、その後でここで一息入れたいんだとさ」
「なるほど。席はあるのですか?」
「それは問題ない。そういう時のために常時二つは空けてあるからな」
「そういう理由で、今日はこの状態なのですね?了解しました。それでメニューはどれで」
そう納得している加賀だが、足柄シェフは頭をポリポリと掻いている。
「まあそのなんだ。ここじゃあ話しづらいから、ちょっと場所を変えるか」
「はぁ……」
そう話してから、足柄シェフは加賀を北海道庁舎まで連れて行く。
そして観光課ではなく知事室まで向かうと、足柄シェフは扉をノックする。
──コンコン
『どうぞ』
「失礼します。赤煉瓦亭の足柄です。加賀美春を連れてきました」
挨拶をして部屋に入る足柄。
その後ろを、オズオズと加賀も入って行く。
そこはテレビでよく見る光景。
そしてよく見る男性知事が、窓辺に立って待っていた。
「貴方が加賀君だね。初めまして、北海道知事の沖田謙三です」
「は、はじま、初めまして、加賀美春と申します」
丁寧に挨拶する加賀だが。
(うっわ‼︎ 私、何かやらかした? この前の晩餐会? エルフの外交官の怒りに触れた?)
そんな事が脳裏をぐるぐると渦巻くが。
「単刀直入に話しさせてもらいます。ちょっとこのテーブルの上の水晶球に触れてもらえるかな?」
ふと見ると、知事の机の隣に小さな机があり、そこに小座布団に乗せられた水晶玉がある。
表面には、どこの国のものかわからない細かい文字が、全体にびっしりと刻まれている。
一見すると、立体的な魔法陣のようにも見える。
「これですか?」
「ああ。どちらの掌でも構わない。その上に乗せてくれ」
「はぁ。それでは……」
おっかなびっくりと掌をポンと載せる。
──キィィィィィィン
すると、中心部が淡く輝き、やがて水晶玉全体が白く強く輝いた。
「うわっ‼︎ これはなんですか? テスラコイル?」
慌てて手を下げながら、問いかける加賀だが。
沖田知事も、いまの水晶球の反応を見て驚いている。
「まあ、そうなるな。済まないがちょっとこれを見てくれるか?」
知事室の壁に掛けてあるテレビをつける。
そこでは、ちょうど異世界からやってきた外交官のカティーサークに対しての質問が行われている所であった。
その外交官の席の隣に、知事室にあるものと同じ水晶玉が置いてあった。
その前に菅野官房長官が立って触れると、スーッと赤く輝いた。
「ははあ。私と同じく光ってますねぇ」
そう加賀が呟いたが、その後も数人の議員が順番に触れているが、誰も光らなかった。
「すいません知事。私は嫌な予感しかしないのですが」
そう加賀が恐る恐る問いかけると。
『ただいま見ていただいた通り、この魔力感知水晶は、触れたものの魔力を算出する事ができます。今触れていただいて反応がなかった方は、残念ですが私たちの世界に来るだけの魔力を持っていません。万が一やって来た場合、魔障酔いという状態に陥り、意識を失ってしまいます』
そう画面の向こうで、外交官のカティーサークが説明をしているところである。
その横に予め話を聞いて用意してあったらしいボードが設置されると、そこの項目を一つずつ指差して説明している。
『赤く輝いた方は、魔力係数が30〜50。私たちの世界に来ても害がありませんが、来るためには私たちのように
ふむふむ。
その説明をしっかりと聞いている沖田知事と足柄シェフ、そして加賀の三名。
『黄色く輝いた方は、魔力係数51〜80。問題なく生活もできますし、関連施設でしっかりと勉強すれば魔術も習得することが出来ます。但し、こちらの世界は魔障という魔力の源が薄いので、こちらでは魔術は使えないでしょう』
その説明と同時に議会が騒がしくなる。
自分達も魔術が使える可能性があったのである。
『そして、青く輝いた方は魔力係数81〜100。魔術の素質を秘めています。訓練次第では冒険者として十分に生活することもできますし、秘薬という魔術の触媒さえあれば、こちらの世界でも魔術は使えます』
この言葉は衝撃的である。
この地球の巷にいる自称魔法使い達も、これで本物かどうか見極められるのである。
『質問よろしいでしょうか?』
野党議員が挙手して委員長に問いかける。
『山根議員どうぞ』
『では。いまの説明ですと、青色以上の輝きはあるのですか?』
その言葉に、カティーサークは自ら水晶に手をのせる。
すると水晶が銀色に輝いた。
『私は故郷では、大賢者としての称号を承っています。その私は魔力係数が2000ほど。参考までに私たちの世界の一般の人々の平均が60前後です。魔力係数101以上の方は白く輝きます。訓練次第では秘薬などの触媒も必要とせず、自力で
にこやかに告げるカティーサーク。
『では、そのような方がこの世界には居るのですか?机上の空論ではなく。そのあたりをお答えください』
『ええ。少なくとも私は一人確認しています。個人情報と言うのですか?それがあるのでその方については控えさせていただきますが』
そこでまたいくつかの質問が繰り返されているが、すでに加賀の耳には届いていない。
──ソーッ
ゆっくりと水晶球に近づいてもう一度触れる。
──キィィィィィィン
やはり真っ白に光り輝く。
「カティーサークさんの話している人は、ひょっとして私ですか?」
自分を指差して問いかける加賀。
まあ信じられないし、信じたくないのも分かる。
「ああ。そこでだ。加賀美春、君は明日から北海道庁観光局赤レンガ庁舎観光課から北海道庁総合政策部・異世界政策局に出向を命じます」
静かにそう告げる沖田知事。
「そして後日、異世界アルス・マリアに建設される在アルス・メリア日本大使館に外交官として勤務することになることも、重ねて告げておきます」
その言葉にしばし茫然とする加賀だが、すぐに頭を左右に振った。
「い、いえいえ、私にそんな大役務まりませんし、何よりそこで何をして良いかわかりません」
「まあ、そうだろう。さっきの放送を見て分かる通り、カティーサーク外交官の告げた『自力で
「ですが、私は一介の調理師で、何をしたらいいかわかりません」
そう強めに説明する加賀だが。
「異世界政策部は部長として山城君が、部員には観光局赤レンガ庁舎観光課の職員が数名出向することになっている。今のところの実務はまだないが、君にはアルス・メリア大使館職員になった時点で、向こうの世界で観光資源の調査、我々の世界の観光資源のアピールなどを行ってもらう」
「仕事がないときは?」
「日本に戻ってきて、赤煉瓦亭に勤務しても構わないよ。そこは山城部長と調整したまえ」
「給料も上がるのですよね?」
「当然。異世界に出向する時は危険手当も出る」
そこまで説明を受けて、頭の中でもう一度推敲する加賀。
幸いなことに、自分で
そう、勤務先が少し遠くなるだけ、それならば。
(これは、今までの自分から新しい自分にステップアップするチャンスよね。給料も上がるし、ひょっとしたら異世界で素敵な出会いがあるかも……)
デレーッと鼻の下が少し伸びる加賀。
「では、心して受けさせていただきます」
「その言葉を待っていた。明日からは北海道庁赤レンガ庁舎観光課の隣に場所を作っているので、そこに向かいたまえ。あとのことは山城君と打ち合わせてな」
「はいっ。では失礼します」
丁寧に頭を下げる加賀。
そして部屋から出ると、足柄シェフが加賀に話しかける。
「まあなんだ。異世界の面白い食材ももってこい。厨房は自由に使ってもかまわないからな」
ポンポンと加賀の頭を軽く叩くと、足柄と加賀は赤レンガ庁舎へと戻っていった。
その日の夜。
9時半丁度に、カティーサークたちはやって来た。
飛行機や北海道新幹線ではなく、やはり赤レンガ庁舎前の
そこから現れたのは阿倍野内閣総理大臣とその秘書、経済産業省の蒲生太郎大臣、カティーサークとその護衛騎士のレオン、そして向こうの世界にある異世界ギルドの職員である猫族獣人のペルーシャという豪華な顔ぶれであった。
加賀も綺麗なコックコートを着て出迎えるように告げられたので、沖田知事と共に女王達を出迎えた。
「本日は赤煉瓦亭にようこそお越しくださいました。心からのおもてなしをお楽しみください」
「あら、この前の臨時シェフさん‥‥加賀さんといったかしら?」
突然名前を呼ばれて、赤城の心臓が激しく脈打つ。
「はい。覚えて頂いて光栄です」
「それはもう。それで、私の国の王城で働く決心はついたかしら? 我が国の女王からも、是非にとお願いされてきたのですよ」
「えっ、いえ、その……」
この大賢者さんは、本気でスカウトしていた。
答えに詰まった加賀だが、その様子を悟ったのかカティーサークはすぐに話題を変えてくれた。
「まあ、その話はまたということで。阿倍野総理、この方が私のお勧めしていた女性ですよ」
「なるほど。そうでしたか……では、積もる話は中でゆっくりと」
そう話をしていると、谷口マネージャーが総理達を部屋に案内した。
「……助かったぁぁぁ」
額から流れる汗を拭うと、すぐに厨房に戻る加賀。
「よお、挨拶は終わったのか」
「はい。また王城で働かないか誘われましたよ。何処まで本気なのか分かりませんよ」
そんなことを話してから、すぐさま調理作業に戻っていった。
………
……
…
「ふぁぁ。もう11時になりますよ。エルフって夜行性でしたっけ?」
一通りの作業を終えた加賀達であるが、最後にまた挨拶するかもしれないという理由で、加賀と足柄シェフを残して若手やスーシェフはみな帰宅した。
「俺はエルフとか分からん。ロード・オブ・ザなんとかって言う映画で見たぐらいだ」
「指輪物語ですか。あれもいい作品ですよ」
「そうか。まあ、異世界ってそんな感じなんだろう?化け物とか出るのか?」
「出るんじゃないですかねぇ……あれ?私も向こうに行くこと確定ですか?」
ふと、朝の話を思い出す加賀。
「まあそうだろうなぁ。山城の旦那が上司だから問題はないだろうが、なにかあったら相談に来いよ」
「なんでしょう。すぐに来そうな気もしますけど」
などなどと話していると。
「加賀さん、カティーサークさんたちがお帰りらしく、ご挨拶をと言う事ですよ」
「はい、今すぐ向かいます」
慌てて立ち上がると、谷口マネージャーの方へと向かう加賀。
そのまま客室に向かうと、室内からは温和な空気が流れている。
みな笑顔で楽しそうに歓談していたのであろう。
「失礼します。本日はありがとうございました」
「こちらこそ美味しい料理をありがとう。また来るので、その時はお願いします」
「はい。私は明日付で部署が変わりますが、リクエストがありましたら対応させていただきますので」
その言葉には、カティーサークだけでなく阿倍野総理や蒲生大臣も驚いている。
「ほう、明日付で変わるのか。次は何処に行くのかな?」
阿倍野総理が赤城に問いかけるが。
「北海道庁総合政策部・異世界政策局です。北海道における異世界関連の専門局ですので、必然的に現地での対応は私が務めることになりますので」
そう沖田知事に言われているので、その通りに返答した。
「そうか、なら大丈夫だな。後日連絡するが、近いうちに君には異世界に建設される在アルス・メリア日本大使館に勤めてもらう事になるので。今日はありがとうな」
蒲生大臣が加賀の肩を叩きながら告げる。
この件は、山城と沖田知事からも聞かされているので、努めて冷静に返事を返す。
「はい」
「それでは。今度は私の国でお会いしましょう」
そう告げると、カティーサークは騎士と職員を伴って部屋から出て行った。
そして総理大臣達も部屋から出て行くと、室内には呆然としている加賀だけが残っていた。
加賀、異世界アルス・メリア日本大使館勤務、確定。
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