第5話・異世界の通行許可証を手に入れる

 加賀美春が異世界政策局に勤務して数日後。

 いつものように庁舎に出勤して、電話応対を続けている。

 大体かかってくるのは異世界からくる外交官に会いたいとか、テレビ出演交渉、雑誌や新聞社の取材などの申込みが殺到している。

 いまの地球が嫌になったので異世界に移住したいという人や、自分は実は異世界の人間で、こっちの世界にやってきたのだが帰る術がなかったので帰らせてほしいという、何処かこじらせてしまった方の対応もしなくてはならない。


 もっとも、一番多いのは。


「はい、誠に申し訳ありません。カティーサーク外交官がいつくるのかなどまったくわかりません。ですので取材については全てお断りしているのです」


 丁寧に説明するが、それをなんとかするのが仕事だろうと怒鳴ってくる新聞社。

 そんな時は、静かに頭を下げてこっちから電話を切る。

 取材を始めとした諸々の交渉についてのイニシアティブは、すべてこっちが持っている。

 それゆえ、高圧的な態度の報道は全て取材お断りを入れるようにとの指示が出ている。


――カツカツ

「お、皆揃っているかな?」


 知事室に呼び出されていた山城部長が、にこやかに戻ってくる。

 このような機嫌の時は、必ず裏がある。

 悪い意味での裏ではなく、こっちにもおすそ分けがくるパターンの裏。

 部長が居ない時は、このような笑顔を『山城スマイル』と呼んでいる。 


「ええ、全員揃っていますが。何かあったのですか?」


 局員の一人が丁寧に説明している。

 いま残っているのは女子職員4名と男性職員が2名の合計六名。

 それ以外にも二人の男性職員がいるのだが、彼らは今日は午前中で仕事を切り上げ、そのまま出張に向かっている。


「それなら全員で知事室に。電話は観光課に受け取ってもらうように話をしてあるので」


 それだけを説明すると、全員が山城に着いて本庁舎のち自室へと向かった。


――ガチャッ 

 軽くノックをしてから知事室に入る一行。

 部屋に入った瞬間、まず目についたのが金髪の双子のようなエルフ。

 その二人が沖田知事と話をしている所であった。


「紹介しましょう。異世界ギルドの職員のオードリーさんと、神聖ミーディル王国の魔導騎士団の一人、ファリアさんです」


 沖田が立ち上がってオードリー達を紹介したので、エルフの二人も慌てて立ち上がると丁寧に頭を下げた。


「異世界ギルドのオードリーです。本日は宜しくお願いします」

「神聖ミーディアル王国魔導騎士団所属、ファリアです。よろしくおねがいしますね」


 その挨拶に丁寧に頭を下げると、職員達も一人ずつ自己紹介した。

 そして全員が席に着くと、早速、沖田知事が全員に一言。


「まず、以前から話があった在アルス・メリア日本大使館について。つい先ほど、日本政府から正式に通達があり、向こうの世界にある【異世界ギルド】と連携を組んで現地に日本大使館を設立、実稼働させることが決定した」


 ついに、異世界の日本大使館が動き出す。

 これには、すべての職員がざわめき始める。


「そこでだ。君たちの中から希望者には異世界に赴き、そちらに建設する在アルス・メリア日本大使館の職員を務めてもらいたい。まあ日本政府からも職員は派遣されてくるのだが、今回はカティーサーク外交官からの要請で、ここ異世界政策局からも出向という形で向かってもらうことになった。基本的には外務省嘱託職員として勤務してもらうことになり、形式的には異世界政策局からの派遣、のち実務をこなしてもらっているうちに外交官としての資格を得るようになる……という形になるがね。希望者はいるかね?」


 その知事の言葉に、目の前の職員全員が一斉に手をあげる。

 そして、お互いを見て苦笑している。


「では、異世界に向かうための方法について、説明をお願いします」


 そう話を振られると、オードリーが右手の中にパスポートサイズのカードを生み出した。


「これは、私たちの世界とこちらの世界を行き来するために必要なカードです。仮称として【ゲートパス】とでも命名しておきましょう。この世界の言葉で説明するならば、旅券と航空チケットが一つになったようなものと考えてください。このカードには登録者の魔力と魂の波長が組み込まれています。本人以外には使えず、それでいて、魔力を持たないものでも転移門ゲートを通り抜けるための通行証としても使えます」


 そうオードリーが説明したとき。

――ヒュンッ

 沖田知事が、今の説明にあったゲートパスを手の中に作り出す。

 続いて山城部長、ファリアもゲートパスを提示して職員たちに見せると、オードリーは再び説明を続けた。


「こちらのお二人は、すでにゲートパスの登録を済ませています。彼らは保有魔力が高い故に、私たちの世界に来ても魔力酔いなどに悩まされることはないでしょう。逆に説明しますと、魔力が少ない方ですと、私たちの世界に長時間勤務することは難しいかと思います」

「沖田知事も、山城部長も、このカードに登録したのですか?」

「ええ。私達も登録は終わらせてありますよ。これで、帰りに飲みに行く場所が増えましたからね」

「家族サービスにも使いたい所ですが、登録したものしか行けませんし、偽造もできません。その代わり、本人の魂を登録するので最高の身分証明になりますよ」


 沖田知事と山城部長の言葉で、一人の職員がナイフではなくヘアピンを抜いてチクッと親指を指す。


――ポタッ

 そして言われた通りにカードに血を垂らして登録すると、カードの表面に異世界の文字が浮かび上がり、そこに漢字で自分の名前も表示された。


「こ、これは魔法のカードですか」

「ええ。お察しの通り。我が国は魔導具の生産にも長けている国でして、今回もこのカードをはじめ、様々な魔導具を生産することに成功しました。その集大成が、異世界と現世界をつなぐ転移門です」


 その説明を聞いてからの職員の反応は早かった。

 興味を持ったもの、安全であるとわかったものが次々とカード登録をしては、友達同士で交換して見せあいはじめる。

 ほんの数分で、この場の職員のすべてがカードへの登録を完了したのである。


「さて。これで早番の二人以外は全員が登録完了となりましたね。ここの皆さんは後日、異世界アルス・メリア日本大使館の職員として異世界に向かってもらいます。これは辞令として正式に手続きを行いますので、よろしくお願いします。なお、引継ぎ関係で新しく異世界政策局にも職員が増えますので、仲良くやってください」


 山城がそう話すと全員が返事を返す。

 それならばと、山城は駄目押しの一言。


「それとですね、異世界からも人材を派遣職員という形で受け入れることになりましたので、そちらの方々にも仕事のやり方などを教えてあげてください。何分、こちらとあちらでは文明どころか、世界法則も違うそうですので、よろしくお願いしますね」

「え、えええっ?」

「あの、教えるもなにも、私達はまだ異世界語は覚えていませんよ?」

「そうです。会話が成立しないと」


 そう不安がる一同。

 するとファリアが小さく手をあげた。

 

「それでですね。まず私達の世界のギルド員の中から、日本語が話せるものを送ります。そこで語学研修をして、簡単な日常会話をマスターしてください」

「勤務時間に語学研修ですか?」

「ええ。そもそも今現在の仕事といっても、各政党や議員の魔力係数のまとめとかしか行っていませんよね?」

「それと異世界に行きたいという方々の電話応対です」

「関係各省と、あと外国からの問い合わせもあります」


 意外と忙しい毎日のようである。


「皆さんが、私たちの世界の言葉を理解できるようになっていただけるのを楽しみにしています。本日、ここにいらっしゃらない二名分のゲートパスについては、山城さんにお渡ししておきますので、責任をもって直接、登録させてください。それと、本日登録を終えた方のリストを、後日でかまいませんので提出してください」

「了解しました。それでですが、本日このあと定刻になりましたら、一時間ほどで構いませんので異世界を案内してほしいのですが」


 山城がオードリーにそう話す。

 するとオードリーとファリアはあと互いの顔を見てから、ゆっくりと頷いた。


「そうですね。異世界に来ていただくにしても、何も知らないのでは一から説明を行わなくてはなりませんからね。それでは、視察という形でよければ、皆さんの勤務時間が終わりましたら、私たちの世界をご紹介することにしましょう」


――キャァァァァァッ

 室内に黄色い悲鳴が湧き上がる。


「では、定刻になったら、また来ますので」

「それは構いませんが、どちらかへ行かれるのですか? 護衛を付けるには手続きがかかりますので少しお時間をいただきたいのですけれど」

「皆さんが仕事を終える定刻までは、私達もその辺を散歩してきます。この建物の敷地、確か柵でおおわれている範囲内ならば、自由に出歩いてもかまいませんよね?」「警備員を付けます。それと、敷地内を警護している警察官にも連絡をしておきます」

「よろしくお願いします」


 山城部長がオードリーたちに問いかける。

 まだあちこちで歩かれても困るのと、取材陣が敷地内を徘徊しているのも気になっているから。

 そしてオードリーとファリアは軽く会釈すると、赤レンガ庁舎から出ていった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「さて。これから忙しくなりますけど、まず日本大使館の完成より先に、向こうの世界を知るために異世界ギルドへ出向してもらいます。これは二人一組でシフトを組みましょう」


 山城部長が、政策局員に淡々と説明を始める。


「業務内容はどのような感じになりますか?」

「当面はあちらの世界、神聖ミーディアル王国の調査がメインとなります。彼らの視点と私たちの視点では、見えるものが違って来ます。私たちの文化や常識をまず考えた上で、あちらの世界で足りないものなどを調べてください」


 その説明で納得する一行。

 すると、階下から報道関係者が何名も駆け上がってくる。


「異世界政策局で、取材予約とかはできないのか?」

「こちとら仕事で来ていまして。手ぶらで帰るわけにはいかないのですよ」

「頼むから取材を受け付けるように説得してくれませんか?」

 

 あちこちの報道関係者が、泣き言を入れてくる。

 加賀や他の職員がそれは無理だと説明しても、中々納得してくれない。


「さて。勘違いされても困りますが、私たち異世界政策局は取材申し込み受付ではありません。異世界との繋がりを第一と考え、必要な情報の相互交換や査察団の派遣手続きなどを行う機関です」

「ですから、繋がりをお願いしたいのですよ」


――フゥ

 溜息をつく山城部長。


「そこの箱に名刺を入れてお帰りください。話はしておきますが、直接連絡が行くかどうかは責任が持てませんので。それ以上しつこく言いますと……神聖ミーディアル王国に直接取材の申し込みをして見ては?」


 最後の方はどすの利いた声になっている山城。


「では! 今、外で視察をしている異世界の人に取材しても良いのか?」

「ここが札幌市の庁舎敷地であるのを理解しているのでしたら、お好きにどうぞ。私たちは皆さんが何処の報道関係なのか、全て報告しなくてはなりませんから。さて、おかえりはそちらですが?」


 スッと階段を指差す山城。

 すると文句を言いながらも報道関係者は階段を降りていった。


「あの、大丈夫でしょうか?」


 加賀が恐る恐る問いかけるが、山城はカラッと笑っている。


「まあ大丈夫じゃないですか? そちらの関係者扉の鍵は外してくださいね。多分ここにくると思いますから」


 そう話をすると、山城は席に戻る。

 そしてまた暫くは電話応対が続いて居たが、階下が少し騒がしくなると、関係者扉の手前に局員が待機した。

 やがて階下から視察としてやって来ていたファリアが上がって来ると、すぐに階段横にある関係者扉から中に入ってもらう。

 すると取材陣がカウンターにやってきて取材させろと話して来るが。


「本日の窓口受付は終了しましたので、また後日宜しくお願いします」


 そう説明をして『本日の窓口受付は終了しました』と書かれているプレートをカウンターに置いた。


「そこの影にいるのでしょう? 三分でいいのでお願いしますよ」


 しつこくカウンターに詰め寄ってくる報道記者。

 気持ちはわかるが、例外は作れない。

 やがて敷地内を散策しているオードリーも警備員と共に戻ってくると、奥にいるファリアの元に合流した。


「どうやら戻ってきたようですね」

「さて、それじゃあ、仕事を終わらせますか」


 気合を入れてデスクワークを始める加賀達だが、ふとオードリーとファリアの言葉が耳に届いてしまう。 


『申し訳ありません。現地の人々に魔術の説明をしてしまいまして』

『術式をですか?』

『いえ、簡単に修練法を やはり、この世界には魔法はまだ早すぎでしたよね、軽率でした。つい、才能のある若者を見ていますと、やり過ぎてしまいまして……目の前で魔力が高まっていくのを見ていますと、やはり教官時代を思いだして』

『それはかまいませんよ。早いか遅いか、それだけの違いでしょうから。指先集中法は魔力感覚を導く初歩なので、それは教えても構わないと思うけれど。それであっさりと魔力が上がるって、潜在魔力はかなり高そうなのかな?』


 指先集中法?

 それが何を意味しているのかははっきりとわからないが、魔力感覚を導くという言葉に惹かれ、加賀はつい、両手の指先を合わせてみる。


──フォン

 すると、指先に確かに何か力を感じる。


「あ、これが魔力なんだ」


 そう呟いてしまい、慌てて口を閉ざすが後の祭り。

 その言葉に、ロビーのほぼ全員が右手人差し指をじっと睨みつけている。


『どうでしょうね。まあ、この世界の人々にも、私たちの世界の訓練方法が‥‥あれ?』


――プッ

 ふと事務局を見ると、職員全員が両手の指先を合わせて念じている姿が見える。

 この光景には、思わずオードリーとファリアも吹き出してしまう。


「あの、今度、語学研修以外に魔法の座学もしましょうか? 神聖ミーディアル王国の異世界ギルドになりますけれど」

「本当ですか‼︎」

「是非お願いします」

「私たちも魔法が使えますか?」


 などなど、次々と質問が飛んでくるが。

――ゴホン

 山城部長が軽く咳払い。

 すると、すぐさま職員達は仕事に戻った。

 その後は、オードリーとファリアは大陸語で真剣に打ち合わせを開始。

 やがて5時のアラームが鳴り響くと、職員たちは全員挨拶をして着替えに出ていった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る