第3話・運命は適当に扉を叩く
加賀は、心臓が止まりそうである。
突然の異世界からの来訪者が、これまた突然目の前にあったレストランで食事をしたいと言い出したのである。
仕込みで残っていた彼女やコックたちは、何とかメニューを全てクリアし、厨房で待機を続けている。
会食は順調に進み、今のところクレームらしきものは厨房には届いていない。
そして残すは、ラストのデザートのみ。
「では、最後のデザート行きます」
ホールマネージャーの谷口が、デザートプレートの載せられたワゴンを押していく。
それを見送ると、加賀はすぐに綺麗なコックコートに着替えに向かう。
貴賓に対しての、最後の挨拶が残っているのである。
──ガチャッ
厨房の扉が開き、ようやく足柄シェフが到着した。
「助かったぁ。足柄シェフ、あとは最後の挨拶ですのでお願いします」
ホッとした表情で加賀がそう話すが。
「何言ってんだ? 今日のシェフはミハルちゃんだろう。とっとと行ってこい」
「ええええぇ。もう勘弁してください」
「お前もこれからスーシェフになるんだろうが。そうなると、これぐらいは日常茶飯事だ、いいから行ってこい。これも勉強だ」
そう告げられると、もう観念するしかない。
そして着替え終わった加賀の元に谷口マネージャーがやってくる。
「では、外交担当官のカティサークさんがお待ちですよ。日本語が通用してますのでご安心を。料理も全て、残さず食べて頂けましたよ」
「余計に怖いですよ。何で始めてきた異世界で、日本語が流暢なんですか」
「わたしにはわかりませんが、翻訳魔法だそうです」
「はぁ‥‥もう良いです。ではいきます」
観念した表情で客室に向かう加賀。
そして部屋の前でノックして入ると、そこでは先日見たカティサークとフォルティア、そして菅野官房長官と防衛省のお偉いさんが座っていた。
「本日は我がレストランをご利用いただきありがとうございます。シェフ代行の加賀と申します」
丁寧に頭を下げる加賀。
すると、カティーサークはゆっくりと立ち上がると、加賀に近づいていく。
──ガシッ
そして手を掴まれると、ブンブンと握手をさせられた。
ほのかに暖かい手。
人間と同じく血が通っているのが感じられる。
「本日は私のわがままにお付き合い頂いてありがとうございます。最高の料理でした」
「それは光栄です」
「もし国交が認められたら、また食べにきます。というか、勝手に食べにきます」
笑顔でそう告げるカティーサーク。
そこまで褒められると、加賀としても悪い気がしない。
「是非いらしてください。ですが次の来店は、せめて前日までに予約していただけると助かります」
「そうですね。その時はお願いします」
「このまま私たちの世界に連れて帰って、うちの王城で働いて欲しいぐらいですよ」
──キラーン
そのカティーサークの言葉に、菅野官房長官の瞳が光ったような気がするが気のせいであろう。
「あはは。私、給料高いですよ」
「月に白金貨5枚出します。それだけの価値があると思いますので」
──ゴホン
そこまで話していると、フォルティアが咳払いをする。
「カティサークさん、そろそろお話の続きです。加賀さんも困っているではありませんか」
その言葉でとっさに手を離すカティーサーク。
「あらあら、これは失礼。ではまたご縁がありましたら」
「はい。それでは失礼します」
最後に深々と挨拶すると、加賀はゆっくりと部屋から退室する。
………
……
…
「ぷっはー。喉がカラカラですよ‥‥」
「そのようで。このあとは、此処で急遽会見となったらしいですので。あとは私の仕事です、厨房でゆっくりと休んでください」
「ありがとうございます。谷口さんも頑張ってくださいね」
「これも昔取った杵柄、何とかなるものですよ」
その笑顔を見てから、加賀は厨房に戻った。
そして戻った時の厨房は再び戦場となっていた。
大量の食材の仕込みが始まり、まるで大宴会が始まるのかという雰囲気が醸し出されていたのである。
「い、一体何があったのですか?」
「国家間の会談の後とかはな、首相や大統領などに供されたメニューが爆発的に売れるんだ。明日からはこれを中心に回すから、準備を頼むな」
「なるほど。そういう事でしたら」
そう返事を返すと。加賀も仕込みに加わることになった。
そしてその日は、次々と運び込まれる食材の仕込みで日付が変わるまで働かされたという。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日からは、足柄シェフの予言通り。
メニューNo.5の注文が実に8割。
その他のメニューが残り2割という感じて注文が殺到した。
あまりにも注文や問い合わせが殺到するため、当面の間は、赤煉瓦亭は完全予約制に移行することになってしまった。
そうなると客というのは不思議なもので、メニューNo.5の注文しかやってこなくなる。
「毎日毎日同じメニュー……これはまさに生き地獄のような」
──スパーン
そうぼやいている加賀の後頭部を、足柄シェフが軽く叩く。
「良いから楽しそうにやれ。次はミハルのメインだろうが」
「はいっ。では」
すぐにストーブ前に移動すると、フライパンを軽く熱する。
そしていつものように間違いのない料理を仕上げると、すぐさまカウンターに運ぶ。
これもいつもの様子。
そんな毎日を繰り返していると、時折、加賀と話がしたいという客も現れる。
テレビ局からも取材が来たこともあるが、面倒臭いので軽く流した。
テレビでは毎日異世界との国交についてどうするかが論議されている。
国会では、これを気に国交を結ぶべき、そのための法整備をしたい与党と、他国に対しての侵略行為であると反発する野党で揉めている。
それに日本の北海道に開いた異世界の扉は、日本だけが所有するべきではないという各国からの政治的圧力、はては国連にまで話が及ぶなどもあり、異世界問題はまさに荒波に揉まれている。
そして、カティーサークが日本にやってきて5日後。
日本国の代表が、あの
代表として選ばれたのは菅野官房長官と自由民権党の南原崇議員、記録科から神崎泰久、社会研究党の伊達陽子という堂々たるメンバーである。
いずれも、国会で言葉の殴り合いを展開している、つわもの議員である。
異世界へ向かう前は喧々轟々としていた一行も、いざ視察を終えて戻って来ると、異世界国交についてまじめに考え始めている。
異世界視察の報告書が提出されてからは、直ちに特設された『異世界対策委員会』にて内容を精査され、国会および各政党に配布される。
それらを元に、日夜話し合いが続けられている。
………
……
…
「ふぅん。明日は異世界外交官のカティーサークそんとあの騎士が国会に招聘されるのか……」
風呂上がりで、素肌にバスタオルを巻いたままの姿でソファーに腰掛けると、冷蔵庫から持ってきた恵比寿ビールの口を開く加賀。
──グビッグビッ……
一気に三分の一を喉に流し込むと、あらかじめ作っておいたカマンベールのフライを口の中に放り込む。
「ぷっはー。これこそ仕事終わりの醍醐味。独身万歳だよっ……」
そう呟きながらテレビを見る。
そこでは、いつものように肩書きだけ立派なコメンテーターが、自分の予測がいかにも正しいかと、怪しげな正当性をもたせながら適当なことを話している。
『そこで、現在までの異世界について、判っていることをご説明しましょう‥‥』
巨大なフリップを出して一つ一つ説明する司会。
そこに書かれていることは、ありていにいうとあちこちにあるラノベのファンタジー設定。
魔法がありモンスターがいる。
様々な職業や店もあれば、それを取りまとめているギルドもある。
そして冒険者の存在。
画面の下に流れているTwitterのテロップが、突然にわかに楽しくなる。
すぐさま国交を結ぶべきという事を書いたものもあれば、すぐに異世界で冒険者になりたいという意見もある。
魔法を覚えてきたら、この現代では一攫千金という言葉もあり、実に多様な意見がある。
『それで、簡単な貨幣経済もあるそうで。具体的にはですねぇ』
──ダン
フリップの紙が剥がされると、そこには向こうの世界と加賀たちの世界の貨幣のレートが記されている。
「へぇ。白金貨、金貨、銀貨、銅貨と鉄貨ねぇ。鉄貨幣が10円ぐらいだぁ‥‥ん?」
金銭の数え方は、地球と同じく10進法。
但し白金貨は金貨100枚。
「あれれ? この前、私はカティーサークさんにスカウトされたよねぇ? えーっと……月に白金貨5枚って話ししていたから、月給が五十万円か……」
そう呟きながらビールを一気に飲み干して、突然立ち上がる加賀。
──ストーン
体を纏っていたバスタオルがストーンと床に落ちる。
「違っがぁぅ。月に五百万? 年間六千万……しまったぁぁぁぁぁ」
あの場で、社交辞令的に話を受けておけばよかった。
頭を抱えて部屋を転がる加賀だが、すぐに自分が全裸だったのを思い出して着替えることにする。
「あの場を盛り上げるためのリップサービス、そう、きっと社交辞令だよなぁ……」
そのままベットによじ登ると、加賀はスーッと眠りについた。
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