老婆の微笑み

 僕は営業の仕事をしている。小さな会社ではあるが、全国に取引先がある。その為平日月曜から木曜までは殆ど車・電車・飛行機で全国を飛び回っている。色んな街に行けるのは非常に楽しい。一番好きなのは飛行機に乗っていく出張。月曜日から2泊3日で札幌の予定。好きな出張のベスト3になる。飛行機に乗るのも慣れたものである。

 月曜の朝の空港は、ビジネス利用(僕もそうだが)の客が多い。そんな中で一人の老婆が何か困っているようだった。「何かお困りのようですね」と声をかけると、「えぇ、一人で初めて飛行機に乗るので、どうして良いか分からなくて」と言ってきた。話によると、娘夫婦が住んでいる札幌に遊びにおいでと、チケットの手配などはしてもらい、色々と書類を送ってくれたが、肝心の乗り方などが書いていなかったとのこと。持っている物を見ると、チェックインするためのQRコードの書いてある用紙だった。僕も同じ航空会社だったので、隣でサポートしてあげた。手荷物を預け、保安検査場の通り方、搭乗口まで一緒について行ってあげた。「何から何まで申し訳ないです。飲み物でもいかがでしょうか」と言われたが、これから搭乗でもあるし気持ちだけいただくように言ったが引いてくれない。売店で缶コーヒーを買っていただき、ごちそうになった。その間も娘夫婦の事や自身のことを色々と話していた。搭乗時間となり、飛行機に乗り込む。偶然にも、老婆と隣同士であった。ベルトの閉め方などを教え、離陸時間。少し顔が引きつっていたが、慣れてきたらずっと外を見ていた。飛行機は無事到着し、預け入れ荷物の受け取り、目的地までの行き方を案内して、空港で別れた。何度も何度もお礼を言われ、少し恥ずかしくなってしまった。

 僕はその後、客先を回り、夜はビジネスホテルに泊まる。夜はホテルを出てスープカレーやラーメンを食べて食を楽しむ。これがとても楽しい。3日目は最後のアポイント先の仕事を終え、空港へ向かう。空港ではチェックインを済ませ、お土産を買い(札幌の時は、会社のメンバーもお土産を買ってきて欲しいと頼まれる)、搭乗口近くでのんびりとしている。目線をふとずらすと、こちらに来るときに色々手伝いをした老婆だった。声をかけようとしたが、気を遣わせてしまうのもいけないと思いやめた。搭乗が始まり、僕がゲートから乗り込むとき、老婆はまだ座っていた。こちらを向いて目が合った。軽く会釈をすると、老婆は微笑んで会釈をした。後からの搭乗なんだなと思い、僕は飛行機の中へ入っていった。定刻通り飛行機は離陸・到着をする。降りるとき、老婆の姿は見かけなかった。

 札幌の出張は、約1ヶ月後だった。現地ではもう季節が変わっていてかなり寒いらしい。ちょっと覚悟をして向かった。噂通り、季節が先に進んでいて、普段のスーツでは少し寒かった。いつも通り仕事を終え、空港でお土産を買い搭乗を待っていた。スマホでニュースのチェックをしていると、女性が声をかけてきた。

 「恐れ入ります。急に声をかけて申し訳ないです。人違いでしたらお許しください。先月空港で、おばあさんの搭乗手続きをお手伝いいただいた方ではないでしょうか」一瞬何のことか分からなかったが、先月のことを思い出して、「あぁ、初めて飛行機乗るとのことで、お手伝いした記憶はありますが」と答えた。すると「やはりそうでしたが。お会い出来て光栄です。その節は私の母がお世話になりました」とお礼を言われた。しかし何故僕だと分かったのか。その理由を尋ねると、スマホのケースが寄木細工のもので、それが印象のに残っていて家族に伝えていたとのこと。そしてそのサラリーマンがとても親切にしてくれたと目を輝かして話していたとのことだった。「そうだったんですね。無事ご家族と会えて良かったです。今日はお母様は?」尋ねながらと見渡すと、いる気配が無かった。「実はこちらに2泊3日の予定だったのですが、帰る日に心臓発作を起こしまして入院してしまったのです」大変なことになっていたんだ。「そうだったんですね。じゃあ今は入院されているのですね」と聞くと、「残念ながら、そのまま…」と声を詰まらせた。帰らぬ人となったようだった。僕も何を言って分からず「残念ですね…」と言って黙ってしまった。「あなた様に助けてもらいこちらに来たこと、本当のお礼申し上げます。これから遺骨も持って母の家に帰るところなんです。本当はすぐに帰りたかったのですが、どうしても事情が許さず、遅くなってしまったんです。ただ偶然にもあなた様にお会い出来たのは、母が会いたかったのかもしれません」そう言って、再度お礼をされ女性は座っていたところに戻っていった。隣には家族だろうか。膝の上に遺骨らしき大きさの物があった。

 先月見た老婆は、僕に挨拶しに来たのか。そんなことをしんみり思いながら、搭乗をした。僕の席の隣は空いており誰も座らなかった。離陸後ウトウトとしていると、耳元で「本当にありがとうございました。助かりました」と老婆の声がした。ふと目を覚ましも、そこには誰もいなかった。

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