屋上

 俺が住んでいるところは、マンションという名前は付いているが、そんな大した建物ではない。30世帯ぐらい。ワンルームでは無いが、一人暮らしにはちょっと持て余す。二人暮らし向けぐらいなのかもしれない。そんなところに俺は一人で住んでいた。越してきて数年経つが、近所付き合いはほとんど無い。そういうのが面倒くさい俺には最高だった。廊下やエレベーターで会えば挨拶する程度。それぐらいが一番心地良い。

 車が好きな俺は、駐車場でちょくちょく車いじりをしていた。別の階の住人が声をかけてきて、車談義になった。立ち話程度だからこれもいいのだ。その住人がたまたま教えてくれたのが、このマンションの屋上のことだった。屋上への立ち入りは原則禁止だが、ドアが開いているのでそこでのんびりするのが気持ちいいと。いい話を聞いた。

 その後、下見がてら行ってみると、話の通り屋上へのドアは開いており、出ることが出来た。この建物もその周りも同じぐらいの高さであるから、開放的だった。そして俺は思いついた。アウトドアチェアと缶ビール持ってきてのんびりしよう。部屋に戻り、最近使っていなかったアウトドアチェアを引っ張り出し、冷蔵庫の缶ビールを保冷バッグに2本入れ、再度屋上に上がった。

 季節は秋の足音が聞こえる感じ。日差しも心地良い暑さだ。アウトドアチェアをばっと広げ、どっしり座る。そして缶ビールをプシュって開け、空に乾杯した。ビールが気持ちよく喉を通過していく。最高だ。自宅にこんなところがあったなんて。スマホをいじりながら2本目のビールを開け、良い感じに酔ってきた(元々酒は強くない)。

 目を瞑り、何も考えないでいた。時々吹く風が気持ちよく、いつの間にか眠ってしまった。ふと目を覚ますと、少し日が傾き始めていた。ただ、頭がぼーっとして気持ちがよかったのでそのままぼーっとしていた。

 「キュッ」という靴が床に擦れる音が後ろでした。ふと振り返ると、柵のところに男が立っていた。あれ?いつの間にか誰か来てたんだ。俺が座り直すとアウトドアチェアが音を立て、その音で男がこっちを向いた。目が合ったので会釈した。そのまま居続けてもよかったが、人が居るとなるとなんかのんびり出来ない。今日のところは撤収するか。立ち上がり、片付け始めると男は歩いて反対側の柵のところに移動した。静かに移動していたので、気がつかなかった。そのまま帰ってもよかったが、怪しまれてもやなので声をかけた。

 「ここ住んでますけど、屋上がこんな気持ちいいの初めて知りましたよ」俺がそういうと、その男は「ここ、いいですよね」とボソッと言った。会話は続かない。別にそれでいいのだが、俺はその男になんか違和感を感じた。ちょっと待て。なんでこの男、コート着てるんだ?俺は半袖短パンだぞ。なんだ?なんかおかしいぞ。俺の頭の中は混乱した。そして場をつなぎたくなり、話し始めてしまった。「よく上がってくるのですか?」。その問いに男は「いや、以前に一回だけ。そのまま飛び降りちゃったんで…」と答えた。一体何を言ってるんだ。その時、俺が飲んだ缶ビールが風に飛ばされ“カラカラッ!”と転がっていった。缶を目で追って、振り返ってみると、男はそこの居なかった。慌てて柵から下をのぞき込むも、何も無かった。

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