玄関

 先週の日曜日にこの家に引っ越して来た。3LDKの間取りは、一人には広すぎると思ったが、この近所の物件に比べるとはるかに安い。安いから『事故物件』かと思い、色々と調べてみるが特にそういうことも無かった。なぜ安いのかまったく見当が付かない。両隣も普通に住んでいそうだし、契約した後、夜見に来たけど、至って普通だった。ゴミ置き場も綺麗だし、近所のコンビニも一般的。治安も普通だし、交通の便も消して悪くない。

 金曜、仕事を終え夕飯を外で食べ家に帰ってきた。この土日休みは、引っ越しの荷ほどきを徹底してやろうと決めていた。荷物のほとんどは一つの部屋に固めてある。部屋の割り振りは、一つは趣味部屋。一つは寝室。LDで食事&くつろぎ(友達も呼べる)一つは多目的(客間にも変わる)と決めていた。一つ一つの部屋を作って行かなければ。今夜は、各部屋に段ボールを分けていくか。

 荷物をまとめた部屋から廊下を使って各部屋に荷物を分けていく。廊下は電気は付けていなかった。この廊下は玄関へと続いている。荷物の移動をしているときに、横目でふと玄関に何があるように感じた。荷物を置いてから暗い玄関に目をやると、何かある。自分の靴じゃ無いな。何だろう?廊下の電気を付けると、パッと廊下が明るくなった。玄関には自分の靴以外何も無い。自分の影だったのか。

 廊下の電気を消し、荷物移動を再開した。何度目かの時、やはり玄関に何かがある。足を止めてじーっと見てみた。自分の影かと思い動くも何も変わらなかった。再度電気を付けてみても、何も無い。まあいいか。気にすることも無く荷物移動を続け、玄関の何かも何度か目に入ったが、無視した。移動に目処が立ったので、寝ることにした。

 夜中、外廊下を誰かが歩く音とで目が覚めた。カツッ、カツッという靴音。どこの住人が帰ってきたんだなぁ、夜中だとこんな音も聞こえるんだと思って、また眠りについた。

 翌朝、平日と同じ時間に起き、朝食を食べ荷物の片付け・各部屋を整えていくことにした。昨日の夜、気になっていた玄関には何も気配は無かった。やっぱり気のせいだったのか。

 ネットで購入した家具などが次々と届く。趣味部屋を作ったり、寝室のベッド(引っ越してからはシュラフで寝ていた)を組み立てたり、あっという間に一日が過ぎていった。そういえば、まともに昼飯も食べてなかった。家の近くにラーメン屋があるので、そこに行ってみよう。着替えて玄関で靴を履き、電気を消してドアを開けようとしたとき、足が何かに当たった。ドアを開けて廊下の明かりが入ってきた。何も無い。なんだ?なんか固い物に当たった気がしたが。まあいいか。

 歩いて5分ぐらいのところのラーメン屋。今風でも無く、かといって古くも無く。とても入りやすい店だ。ラーメンチャーハンセット(餃子付き)を頼む。今時リーズナブルな800円。醤油ラーメンも旨く、チャーハンも良い味を出していた。餃子も食べ応えがあり、これは当たりの店だ。常連になってみようウキウキと家路についた。

 家に帰りドアを開ける。リビングの電気が付いていた。あれ?消したと思っていたけどと思い玄関の電気は点けずに中に入った。その時。コツッと何かに足がぶつかった。慌てて廊下の電気を点けて足下を見るも、何も無かった。気になるけど、見ても何も無い。気にしても仕方が無いか。お腹がいっぱいなのと、疲れもあって、組み立てたベッドでごろんとして、そのまま眠ってしまった。

 どれくらい時間が経ったか、外廊下を誰かが歩く音とで目が覚めた。あぁ、昨日の夜も聞こえたなぁ。誰かこの時間に帰ってくるのが定番なのか。その音をちょっと気にしてみると。どうやらこの階の廊下を歩いているようだ。そして足音はうちのドアの前で止まった気がした。頭の中に勝手に風景が浮かんだ。腰から下だったが、黒いタイトスカートで赤いハイヒールを履いた、女性だった。今ドアの前に立っている。

これは寝ぼけているのか?本当に見ているのか?なんか家の中の気配を確認しているのか、ドアを開けようとしているのか分からない。というか、今これはどういう状況なんだ?寝ぼけているのか?よく分からないまま、また眠りについてしまった。

 翌朝。自然と目が覚める。あぁ、結局寝ちゃったんだ。今日も片付けをするか。時々感じる玄関の「何か」。でも気にしている場合じゃ無い。休みを有効に使って片付けを居ないといつまでも部屋を使えない。手際よくやっていこう。そして気がつく2時を回っていた。おっと、昼も食べずにこの時間か。スーパーで食料も買い出ししなきゃいけないし。一旦気分転換にでるか。車でスーパーまで行くことにした。

 駐車場まで行くと、財布を持つのを忘れていた。こりゃまずい。部屋に戻り、ドアを開け、靴をさっと脱ぎ、財布の置いてある部屋へ行く。バッグの中に入れたとき、ふと今入ってきたときの風景を思い出した。特に何も考えずに部屋に入ってきたけど、何か玄関にあった。記憶をたどった。


 玄関に、赤いハイヒールがあった。その脇で靴を急いで脱いだんだ。


 自分一人で住んでいるのに、他の人の靴があるわけ無い。ましてや女性のヒールなど。怖いけど、玄関を通り越さないと外は出られない。部屋から顔を出し、玄関を見てみる。少しくらい玄関に、赤いハイヒールが揃っておいてあるのが見えた。その瞬間背筋がぞーっとして、顔を引っ込めた。そして頭が混乱した。アレは何だ?なんでハイヒールがあるんだ?それと同時に、昨日の夜のことを思い出した。頭の中に浮かんだ、赤いハイヒールを履いた女。おい、一体何なんだ?もう一度見てみよう。

 顔を出して玄関を見ると、赤いハイヒールは無かった。もう、何が起こっているんだ!ヒステリックになったのは言うまでも無い。とりあえずこんなことに構ってられない。買い物に行かなくては。廊下の電気を点け、玄関に向かう。靴をはき直して、電気は点けたまま出かけた。

 この建物のエレベーターは、ドアがガラスになっているタイプだった。1階に下りる途中の階で、黒いタイトスカートに赤いハイヒールを履いた人が一瞬見えた。

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