流用ラーメン

杜侍音

流用ラーメン


「ここ、か……。やっと見つけた」


 森の陰にひっそりと佇むようにラーメン屋があった。

 ここが、私の目的地。


 ここで提供されるラーメンを食べられるのは、どうやら人生で一度きりだという。

 にわかに信じがたい話だが、それでもその噂が本当ならと、全国各地のラーメンを制覇してから訪れることにした。

 もし、ハードルの上がりきったラーメンが人生で一番美味しかった場合、私はこれからのラーメンを後悔しながら食べることになるからだ。

 もちろん、上げすぎたハードルが外れたラーメンであっても、しっかりと完食はしたいと思う。


 さて、私は地元徳島から遥々ここまでやって来たわけだが、まさか途中で車を降りて歩くことになるとは。

 人生で一度きりというのは行くのが面倒だからでは?

 まぁ、余計に期待値は上がるというもの。


「ごめんくださーい」


 掘っ建て小屋の軋んだ扉は固く、悲鳴のような音をたてながら開く。

 内装は──星を付けても一欠片にもならないか。

 油っこく汚い。外観から想像した通りの見た目だ。掃除くらいはしてほしいが、まぁいい。味と内装は関係ないからな。

 いや、不快に感じるから味を素直には受け取れなくはなってしまう。


「……らっしゃい」


 店員も無愛想だ。

 これは人生で一度きりしか食べられない謎が解明したようなものだな。

 さっさと食べて帰るか。


「オススメはなんですか?」

「……んこつラーメンしかないです……」

「とんこつか。じゃあ、それで」


 きっとかなり濃い味のとんこつラーメンだな。空気中の水分が油分になってしまっている。

 床も机も椅子さえもギトギトだが、店員──一人しかいないから店主か──の、肌艶はいい気がする。赤ちゃんと張り合えるのではないか?

 褐色肌で天然パーマの男は慣れない手つきで湯切りを行う。おいおい、麺ビチャビチャじゃないか。大丈夫か?


「……待たせしました」

「あ、ああ。ありが、うわぁっ⁉︎」


 生首。

 こっちをジッと見つめる店主の顔がそこにあった、ように見えた……。


「……気のせいか」


 特徴的な髪には麺。目には味付け卵、一文字の口にはメンマ。チャーシューを三角に折って立体的にしたものを鼻に見立て、モヤシで背景を白塗りすることで顔の輪郭を作り出している。

 語頭から覇気のない店主が出したラーメンが、そのまま顔になったラーメン。

 確かにもう一度食べようとは思わないな。あぁ、スープの色が肌色を表しているんだな、これ。


「い、いただきます……」


 とりあえず麺から──ん? 美味い‼︎

 なんだこの味は⁉︎ ただのとんこつスープとは違う、どちらかと言うとこちらの方が癖が強いが、正直かなり私好みである。

 ちぢれた麺にスープが絡み合い、ガツンと遠慮なく旨味の暴力が押し寄せてくる。

 あっという間にスープまで完飲──ここまで色々あったからか、達成感すら覚える。


「大将、このラーメンとても美味かったよ」

「……うか、良かったよ……」


 ここまで見事なラーメンを出されちゃ、大将と呼ばざるを得ない。


「なぁ、どうしてこんな辺鄙なとこで店出してるんだ? もっと街中で店構え綺麗にすれば行列のできるラーメン屋として、儲かるだろ」

「……れは知らない。前の人からただ引き継いだだけだから」

「そうか。ならどうして人生で一度きりしか食べられないんだ? 立地か? 言ったら悪いが内装か? それとも……んっ、あれ……いてて」


 急に腹が痛くなった。

 私も老いたな。油っこいものを食べるとすぐに腹を壊す。


「……イレは右手に」

「あぁ、すまな、いてて……」


 ここのトイレはあまり使いたくないが、四の五の言ってる場合じゃない。

 トイレは和式。便器に直接座らず済むとはいえ、足の筋力も衰えてるからな……。正直しんどい。



「ぐ、ぐわぁっ……! はぁ、はぁ……久々に壊したな。実はアレルギー反応の問題で一度しか食べられない、とかか? あはは、それは衛生面を改善すりゃ何とかなるだろ」


 トイレットペーパー……くそ、ねぇのかよ。


「おい大将。トイレットペーパーないんだけど。……大将? トイレットペーパー!」


 返事がない。

 気配がするから、カウンターにいるとは思うけど。あぁ、仕方ねぇ。ポケットのティッシュ使うか、まったく。

 ギリギリ拭き取りきり、トイレを流して、洗面台で手を洗おうとした時、異変に気付いた。

 大将が目の前にいる。

 違う、私だ。

 私の顔が大将そのものになってる。


「はぁ⁉︎ なんだよこれ⁉︎」


 私はすぐさま問い詰めてやろうと、トイレの扉を開くと、大将が目の前にいた。今度は本物だ。


「お、おい⁉︎ これは一体どういうことだよ⁉︎」

「……たしも分かりません。わたしもラーメンを食べた時、こうなってしまったのですから」

「は、はぁ? どういう……え?」


 大将の右手には、骨をも切断する大きな包丁が。


「……のラーメンの素材はわたしたちですよ」

「わた、う、嘘だろ、まさか……⁉︎」

「……だ、まだだから。あなたはわたしの、次」


 骨切り包丁はそのまま大将の首を攫っていった。

 そういえば大将って、何年物だったのだろう。性別は本当はどちらだったのだろう。


 ……あぁ、でもこれは良い素材だな。


 わたしは血抜きと仕込みを終えた後、何十年も継ぎ足して止まない大きな鍋に素材をぶち込んだ。

 そして、次の客が来るまでわたしは鍋を煮込み続けるのだ。

 これこそが、このラーメンのこだわりである。


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流用ラーメン 杜侍音 @nekousagi

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