第9話 巣立って迷って

ゴブリンの集落をあとにした俺は南西を目指した。



 事前に彼らに聞いた話によると、その方角に街があるという。


 ただその道程は遠く、広大な森を出てからもかなり歩くことになるうえ、話自体も伝聞で道中については彼らも何も知らないらしい。

なにせ生活範囲があれでは仕方がない。



 途中には彼らが元いた集落があるらしいとのことだったので、彼らを追い出したのがどんな奴らなのか顔を拝んでやってもいいかもしれない。

やはり上位種がいたりするのだろうか。



 俺もよくよく長距離移動に縁があるものだ。


 今回に関しては来た道を戻っているとも考えられるかもしれないが。



 ゲーム時代のマップとゴブリンの情報を照らし合わせると、おそらく向かう先にあるのは俺が最後にセーブを行った辺境伯領の地方都市”カルセゼル”だ。


 やっと見知った場所に行ける目処がついたとあってどこか安堵している自分がいる。

このままトントン拍子に元の世界に帰る方法も見つかれば良いが。


ちなみにヒメに言われて出かけに立ち寄った祭壇には、台座いっぱいのシダルの実が置かれていた。

正直あまり好きではないのだが、好意を無下にすることはできないとすべてをイベントリに格納してきた。



 滑る苔むした岩場を越え、湿地帯を迂回し、蔦の絡む密林を踏破し、出発から1週間。


 ようやく俺は森の出口へとたどり着いた。

 今の俺の足で1週間なので相当な距離だ。



 途中、魔物が住んでいたと思われるコロニーのあとを2つ見つけた。


 一つ目はレッサー集落のゴブリンたちがもともと住んでいたというコロニーとおおよその位置が合致する。

一度見てやろうと息巻いていたのだが、幸か不幸か彼らが元いた集落は他の魔物に襲われたか災害に巻き込まれたかで壊滅していた。



 それも随分時間が経っているらしかった。


 少し探索してみたが、レッサー集落と比べてそう変わったものも見当たらなかったので早々に立ち去ることにした。


彼らはその事実も知らず、未だに自分たちが生贄であることを受け入れて行きていたのかと思うと言いしれない虚無感に襲われた。

今度彼らに会ったら教えてやろう。



 もう片方の集落は少し大きいもので、こちらも今はもぬけの殻だった。荒らされた様子はなく、こちらは移住したようだ。


 今までの集落とは少し趣が違うのでゴブリン以外の魔物が住んでいたのかもしれない。


 不思議なことにコロニーのあちこちが木漏れ日を受けてキラキラと光っていて、近づいてみると透明な石が洞窟の入口や焚き火跡などに埋め込まれていた。


 多分なにかの目印か儀式的な意味があったのだろうが今はただ幻想的な風景を作るのに一役買っているだけだった。


 色のついたものもあって綺麗だったので目についたものは拾っておいた。




 そうして第二の集落をあとにして3日目の夕方、俺はようやく木々がまばらになるところまでやってきたのだった。


 目を凝らすと木々の隙間から僅かに平坦な地平が覗いている。

ゲームの最後に散々見せられた、そしてこの世界に来て初めて見る地平線だった。



 ただここにたどり着くまでに失ったものは多かった。


 俺が着用していた服の布地の多くは枝に引っかかり樹皮に擦られて失われてしまった。


 尻に穴が空いた時点で「このままでは街にたどり着く頃には間違いなく全裸だ!」と危機感をつのらせた俺は後に出会ったクマのような生き物から、放棄されたコロニーで失敬した尖った石で何とか皮をはいでそれをかぶることにした。


 ほとんどボロ雑巾と化した当時の愛用部屋着は一応イベントリに格納しておく。




 さらになんとも遺憾なことに、この間俺は相変わらず木の実しか食べていない。


 しかも例の果実――スキャンすると翁仙桃という名前だった――が心もとなくなってしまい、緊急用に5つを残して現在は野生のベリーのようなものを拾い食いをしている有様だ。


 火さえ起こせれば食べられるものの選択肢はぐっと広がるのだが、生食となると本当に木の実くらいしか食べられるものがない。

それすらも毒があるかもしれないのだから、スキャンの能力がなかったら死んでたな、俺。



 「しかもスキャンできるとは言え、ここいらで食べられる実ってベリー以外は例のシダルの実くらいなんだよな……」



 まともな食事があれば絶対食わない味だけど背に腹は代えられない。

ベリーは美味いが量が取れないのだ。



 「そもそも房で生ってるのはいいけど種が大きくて極端に可食部が少ないんだよな、シダルの実」


と言いつつも見つけた分はすべて回収していく。中にはピンク色に色づいているものもあり、それは少し甘みがあるので絶対に逃さないように気をつける。

今や俺のイベントリはシダルの実だらけだ。


 そういうわけで切実に火がほしい。



 森の裾野を出る前に俺は河のほとりで一度野営をした。


 今後森を出ると拾い食いすらままならない可能性があるのでこれからの食料確保のためだ。どう考えたって草原に現代人が生食できるものはない。


 野営って言葉を使ってみたがテントはおろか荷物ひとつ無い手ぶらの男が河原で寝てるわけだからほとんど行き倒れだな。




 「というかさ」



 俺はサカサカした下草の上に転がって星空を眺める。



 「というか、なんか物凄くひもじいんだけど…」



 何がきっかけだったのか、急に自身の身の上の不遇さを嘆きたい衝動に駆られた。



 「一体前世で何したら異世界で物理的に身ぐるみ剥がされて独りぼっちで河原で寝るハメになるワケだ?

 そうじゃないでしょうよ!こんな場合は普通すごい能力に目覚めて美少女に囲まれながら自由奔放な生活を送るのがセオリーでしょうよ!いや何かしたって言うよりむしろ何もしなかったからなのか!?」



 俺は夜空に喚きながら草の上で足をバタつかせる。



 いつか超人的な力を手にして英雄的生活を送るという夢を俺だってみたことがある。


 ところが実際の俺と来たら少し身体能力が高いだけで?人外に拾われて?森で素っ裸に熊の生皮?



「……。」



 ……!!?



 「俺ずっとゲームの世界に飛んできたもんだと思ってたけどもしかしてこれ、ターザn――」



 あまりのストレスに脳が耐えきれなかったのか気がついたら朝になっていた。



 やめだやめだ。

こんなことを考えても仕方がないことはわかっていたんだ。

そう、俺は昨日何も考えなかったし何の結論にも至らなかった。


 そういうことにしておこう。


 それがいい。

精神衛生上。



 食料もいささか過剰なほど確保したし――ほとんどシダルの実だが。

気を取り直して移動を再開する。



「うまくはないんだけど意外と栄養価はあるっぽいんだよな、シダル……」



 クマの毛皮も素肌には着心地が悪かったり臭かったり動きにくかったりと、けして着衣として有能ではないのだけど、この状況では何一つ贅沢など言えない。

この毛皮のおかげなのかこれだけ見晴らしのいい場所を歩いていても魔物に襲われることはないのはありがたい。



 「そういえば今まで森のなかにいたせいか平野の開放感がスゴイ!むしろ何か不安感すら覚えるな」



 ……そう、スースーします。



 俺、今、スースーします。



 俺は遠い目で爽やかな風の吹き抜ける草原を眺めた。


 なんか道には迷わないけどもっと大事な何かに迷いが生じている気がするな。




 アホなこと考えてないで先を急ごう。



 マップで確認するとどうやら方向は問題ない。


 やはりゲーム時代の探索は反映されないようで、これから向かう街も未踏破エリアとなっていて場所の確認はできないが進行方向は問題ない。



 こうなれば足でかせぐしかないだろうな。

うまくすれば旅人かなにかに会えるかもしれないし、とにかく歩くしか無い。


 「街に近づけばその確率も……なんだあれ?」

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