第5話 川辺にて

 くさい。

 とにかくくさい。


 あまりにくさかったので俺は川辺にやってきていた。



 コロニー近くの滝がある濁流ではなく、実は少し離れたところに流れの穏やかな清流があるのを発見していたのだ。


 深さはそこそこ。

 とは言え流れが殆ど無いので足さえ付けば問題なさそうだ。



 ここで俺は水浴びをする。


 ゴブたちに習って、というわけでもないが、こちらに来てから一度も体を洗っていないことを遅まきながら思い出した。


 この間など散々土いじりをしたのに手だけ洗って平気で寝てしまった。

 前世じゃ考えられん。


 前世だとほとんど部屋から出てすらいなかったわけだが。



 いかん、順応してるぞ。



 何分ゴブたちがひどい状態なので自分は比較的マシなものだと勘違いしていたフシがある。


 水で流すだけにはなるが、そのまま放置するよりよかろう。



 どうせ誰もいなので適当な岩の上に服を置いて全裸で川へ入る。


 「うん、なかなか爽快な気分だ」


 前の世界じゃまず経験できないからな。



 だいたいこういうパブリックスペースで水浴びしてたらたまたま少し離れたところで女騎士なんかが同じように…とか言いたいところだがそもそも女性どころかメス個体をゴブ以外見てない気がする。


  ヒメが来たらどうしよう。



 前の世界じゃ実刑ものだけど(?)、考えてみればここには警察も法もないんだよな。

 人の集落に行けば何かしら準ずるものはあるだろうけど、少なくともここにはない。


 不思議な気分だ。


 今まで自分が固執して、慎重に気を使ってきた煩わしいものがここには一切ない。


 身軽で、なんでもできそうだ。



 でもそのまえに。



「この服はなんとかならんものか」



 一応洗ってみたが、多少土汚れが落ちた程度で草の汁なんかは落ちそうにないし、何より深刻なのは布自体の劣化だ。


 擦り切れたりほつれたりして裾の方は手の施しようがない。


 そもそもが部屋着のジャージだ。

 こんなサバイサルを想定した作りになっていないのは当然だが。



「といっても服なんてあるはずないしなぁ」



 最悪イベントリの装備だが、あれは服というより鎧だし。

 普段使いにはちょっと…。



「そもそもどうして俺はジャージなんだ?」



 普通に考えれば最後に着ていた装備が着用されてるというのが順当そうだが。


 今まではそこまで気にしていなかったが、さすがに状況が差し迫っているので気になってウィンドウを開いて装備状態を確認。



「どうなってるんだ…?」



 中はほとんど空だった。

 いくらスクロールしてもほとんどのスロットは空白。


 唯一ある装備は最後に獲得したラウダビレスと一緒にあった財宝に紛れた宝刀や装飾盾くらいで、それを除けばこっちに来てから拾った小物と果物、水。


 重量制限のパーセンテージが一桁の時点で元あった装備が格納されているはずもない。



 なんてこった。

 今まで苦労して集めたレア装備も魔法薬も全てなくなっているってことか。


 当然移動道具のたぐいもない。



「いや、むしろこの場合今まで確認もせずにあるものと思い込んでいたことのほうが問題か。……てことは、このジャージが取り返しのつかない破れ方をしたら全裸は不可避……」



 いやそうじゃない。

 一体何処行っちまったんだ数々の超級アイテムたちは。


 普通こういうときってすごい装備とか能力とかもらえるもんじゃないの?


 アイテムもスキルも取られるって…。



「いや、まあ…考えても仕方ない。こんな状況で普通もへったくれもあるか」




 せっかくだし泳ぐか!


 考えるのはやめだ。

 俺はここでできることをする。


 正直俺にとっちゃ前の暮らしより今の方がいいくらいだ。



 咎めるものもいないので勢い良く水面へダイブをキメる。



「おお!これは気持ちいい!」



 気温はそう高くはない。

 なのに水は冷たくない。

 不思議だ。


 言うなれば、気温が体温より少し高く、水温が少し高いような。

 よくわからんがそんな感覚だ。



 ちなみにいつも服にくっついている例のやつは一緒に剥がれるかと思いきや、羽をパタつかせて俺の肩に着地している。


 泳いでも振り落とされる気配はない。



「しかしなんなんだ、お前は?」



 指でつまむと程よい弾力があるル状。

 体も半透明だし、鉱物が付着して入るが動かなければまるっきしゼリーだ。

 ただいくら強くつまんでも壊れたりはしない。



 ぷにぷに。



「ほうほう、尻尾は少し質感が違うんだな」



 ぷにぷに。


 ぷにぷにぷにぷにぷにぷに、かぷ。



 !?



「なんだ!?食われた!」



 しつこくつついていると突如指に噛みつかれた。


 「口があるのか!」


 といっても歯はないので全く痛くない。

 ちくわに噛まれたみたいだ。



「それより、これは意志があるということなのか?」



 試しにそのまま川に放ってみる。


 ボチャン、と水面に落ちて、しばらくするとまたぱたぱたと肩に着地した。



「なんかなついてるみたいで愛着がわいてくるな」



 親しみがあって擦り寄ってくるというより機会的に俺の元にもどってくるというような動きにも見える。

 自発的な動きはしないし、正直あまり生き物という感じじゃない。



 ちなみにゲーム時代にはテイムという機能があり、モンスターなどを配下に置くことができたのだけど、その場合テイミングウィンドウでステータスを確認できた。

 それも出ていないのでどうやら俺がテイムしている状態というわけではないようだ。




 いつまでも泳いでいて風でも引いたら馬鹿らしいので手近な大岩の上に上がってきた。



  「タオル…ないよね。仕方ない、自然乾燥だな」




 一度状況を整理してみよう。


 まず大前提として俺はゲーム世界に飛んできている。

 正確にゲームの世界かどうかは分からないが、とりあえず元いた世界にゴブリンはいない。



 次に現在地だが、人里から離れた森。

 実はこれしかわからない。


 一応マップ機能というのがあるのだが、なにせ殆どが未踏破区域なので現状意味をなしていない。


 もしくはここがダンジョン扱いで、外へ出ればワールドマップが表示されて大まかな位置がわかるのかもしれないけど。



 それから装備。


 これが結構深刻だ。

 先の通り着るものもタオルもない有様。

 超絶武器と謎の生命体(?)だけ所持している。



 これが俺の今現在置かれている状況だ。


「どんな状況だよ」



 服に関してはこればかりはヒューマンの集落にいかないことにはなんとも。



 正直それほど元の世界に戻りたいとは思わない。


 友達も少なく姉とは疎遠だし、両親とはそれほど険悪な関係ではなかったけどやはり後ろめたい部分はある。強いて言うならひどいばーちゃん子だった俺は実家のばーちゃんが気になるくらいか。


 それを考えると方法くらい調べてもいいかなと思わなくもない。



 それらを総合して得られる今後の方針は、人間に会うこと。


 ゴブリンと仲良く暮らしてる場合じゃないよ、いやマジで。



 「いい加減コロニーを離れることを考えるべきだろうな、やっぱり」


 彼らの生活力も随分向上したことだし、俺がいなくても十分やっていけるだろう。

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