第4話 ゴブリンになる
悪夢で目を覚ました。
明確な恐怖体験だとか、自分が死ぬ夢だとかそう言ったものじゃない。
内容はイマイチ思い出せないのだが、もっと根源的な恐怖だった。
まるで自分が自分ではなくなってしまったような。
そもそも今の自分は本当に元の自分と同一なのだろうか。
意識は連続しているように思う。
ただ身体能力などは全くの別物だ。正直客観的に見れば同一視することは難しいんじゃないか。
気にしていないつもりでもこんな特異な状況ではやはりどこかで不安に思っている部分があるのかもしれない。
その日、お手製の寝床で気分の悪い目覚めを迎えた俺は見慣れないものを目にする事になった。
寝床というのは、先日作った蔦を鞣して作ったロープを樹上に張ってハンモック状にした上に、葉っぱや枯れ草を敷いただけの簡易のものだ。
しかしこのベッド、なかなかどうして馬鹿にできない。
枯れ草とロープの弾力で寝心地はなかなかだし、乾いた草の香りがとても落ち着く。
今の身体能力を持ってすれば木にしがみついての作業もなんてことはない。
トカゲかなにかのごとくスルスルと大木を登ることもできる。
今のところやっていることがRPGと言うよりリアルサバイバルゲームじみていてコレジャナイ感がハンパないんだけど、一体誰に文句をつければいいのやら。
ともかく、ゴブリンたちの近くは正直臭いし、衛生的にも危険なので丁度コロニーと祭壇の間くらいの手頃な木に先日これを設えたというわけだ。
ゴブリンたちは「高いところにあるのは崇めやすくてちょうどいいな」というようなことを言い出したので近づくなと言っておいた。
「たしかにな、恐れ多いな」などとかしこまっていたので多分別の勘違いが生まれている気がするがもう気にしないことにした。
そんでいささか寝坊気味の俺がコロニーを尋ねると、見慣れないやつがいた。
といってもゴブリンなのだが。
ただ、なんというかこう、イカツイ。
俺の知っているゴブリンてやつらはもっとこう、頭でっかちで矮小で体は骨と皮だけ、みたいな小汚いやつらだ。
何だコイツは、とフォーカスしてみる。
ステータスにはゴブリンという表示。
「いや、知ってた!」と突っ込みそうになったが、そうかなるほど、コレがゴブリンか。
どうもレッサー種ではない通常のゴブリンなのだ。
そのゴブリンを中心に人垣ならぬゴブ垣ができている。
どこか他所のコロニーから来たのだろうか?
「誰だ、アイツら?」
村長を見つけて聞いてみる。
「おお、ナオエ様丁度よいところに!あやつら、進化しおったのですじゃ!」
「進化?てことはここのゴブリンなのか?」
「そうですじゃ、そうですじゃ。よちよち歩きをしとったわっぱ共が朝起きてみたらこのような!」
珍しく興奮気味の村長。
よくよく見てみればたしかにこれはなかなか。
体つきも一回り大きくなっているし、なんてこった、当社比強そうじゃないか。
そんなゴブリンが都合4匹。
自分でも驚いた様子で他のゴブたちと話している。
にしても一体なんだって突然進化したんだ?
詳しいステータスを確認するとHPが少し多いようだ。
といってもレッサーゴブリンがゴブリンになるのはたぶん進化じゃない。
コイツラなんにもわかってねーなと内心で思いながら、他のゴブのステータスと見比べてみる。
状態の項目が良好になっている。
どうもこの世界では状態異常”虚弱”というバッドステータスの個体をレッサーと呼ぶらしい。
ゲームのときにはなかった設定だ。というか魔物のステータス異常による呼称の使い分けなどプレイヤーには全く必要ないからな。
昨日やったことの中で今までと違うことといえば狩りとバターラビットの捕食だ。
狩りじゃステータスに影響はないだろうから捕食の方だろう。
なるほど、わかってきたぞ。
要するに彼らがレッサー種たる要因は栄養失調ではないだろうか。
食事が1日5匹ほどの芋虫では無理もなかろう。
ともあれめでたく通常ゴブリンになったゴブリンに話を聞いてみよう。
ゴブリンさんて呼んだほうがいいのか?
彼らの方に歩み寄ると「おお…」と謎の歓声を上げてゴブ垣が割れる。
なんだこれ、悪い気はしないな。
「やあ、おはよう」
とりあえず気さくに挨拶をしてみる。
「お、おはようございます、首領様!我々にこのような姿を与えていただき、感涙の極みであります…!」
「そ、そうか、それはよかった」
片膝をついてかしこまるゴブたちに軽いサムズアップでチャーミングに応じてみる。
別に俺が与えたわけではないがまあよかろう。
良きにはからえ。
一見して会話がスムーズだし、言葉遣いもいささか大仰ではあるがまともだ。
ためしにチャット機能を解除してみたが、そこはやはりグギグギ語はグギグギ語らしくさっぱりわからなかった。
「それで、どうだ体の調子とか?」
見たところ違いは歴然だ。何かしら自覚症状もあるだろう。
心なしか表情も豊かになり、知的そうに見える。もちろんゴブ比だけど。
「ものすごい全能感であります!」
お、何だコイツ。
明らかに何か勘違いしている。こういうやつは早死にするぞ。
追々訂正しておくか。
そういえば目に見える変化がもう一つ。
前はひょろひょろと見窄らしく頭に数本しかなかった髪の毛がまとまって生えている。
さっきのやつは褪せた茶色のが頭頂部にひとかたまり。
他のもおよそ似たような感じだが、色や髪型が違うので見分けやすい!
これは俺的には地味にありがたい。
実は今までまともに見分けられてたのってヒメとタラフク、あとは村長くらいなんだよね。
そのヒメが彼らをうっとりと羨望の眼差しで見てるのを発見した時は嫉妬で気が狂いそうになるところだった、というような冗談はさておき、この調子ならいずれヒメや他のみんなも通常個体になれるかもしれない。
そうするとヒメは美人さんになるんじゃなかろうかと、これは冗談抜きに少し興味がある。
後程彼らにも名前が必要かもしれないな。
適宜名付けるとしよう。
そういえばオークリーダーに名前があるのにコボルドに名前がないのはどういうことか、という話を聞いていたのを思い出し、リーダー格の彼にはスケロクと名付けた。
ヘイチョウはコボルドナンバー2らしい。
不可抗力ながら名前がややこしくなってしまった。
もちろん面と向かってそんなことを言ってくるやつはいないのでこの件は通りすがりにたまたま耳にしていたのだが、その話をしていたコボルドたちは俺が何か超常的な力で見通したとでも思ったのか、ビクビクしながら俯いて発表聞いていた。
下僕ってわけでもないんだしもっと気さくな感じでいいんだけど。
もちろん群れを統治するつもりもない。
生贄の身分を脱した今彼らがもう少しマシな生活を送れたらいいなとは思わなくもないがそんだけだ。
そんなこんなで劣等種になっていた原因を突き止めた俺は数日の間彼らの肉確保に奔走した。
その間俺の食事が木の実オンリーというのがなんとも涙ぐましい。
実はそんな俺の心境を察してか何度かヒメが採集の時に見つけた食べられそうなものを持ってきてくれたりもしたのだが、やはり調理無しで食べるのは難しいものばかりで、なんだかこっちが申し訳ない気分になった。
本当にできた子なんですヒメは。
そのかいもあって、数日でコロニーの約3分の1が通常種になることに成功した。
集まってみてみると随分強そうに見える。
あくまで当社比ですが。
残りの個体はその後も変化は現れなかった。
村長を含めた彼らの共通点は、年長者であること。
どうやら一定の年数を重ねてしまうと形態が固定されてしまうらしい。
村長には残念な報告になってしまったが、当の本人たちは気にしていないようだ。
「そもそもの立場を考えれば身に余る出来事ですじゃ。ナオエ様がお心を傷められることなど何一つありません」
しっかり会話できる相手ができただけでも嬉しそうだった。
それにしても一度レッサーに堕ちると能力が下がり自力では抜け出せないというのはなかなかハードなシステムだ。
「オデ 狩り 行く ナオエ様 教えて」
村長と話しをしているとタラフクに狩りに誘われた。
どういうわけかコイツだけは話し方がたどたどしいままだ。
せっかくなので腕前拝見と通常種になれた個体全員を連れて大規模な狩りに出かけることにした。
バターラビットを相手にしばらく粘ってみたが、どうやら独力で捕獲するには至らないようだ。
それでも動きは以前と比べて雲泥の差だ。
協力して追い立てた獲物をヘイチョウが捕まえる作戦では、獲物に触れるところまで善戦していた。
コボルドたちは戦闘に入ると四足移動になりなかなか早い。
何か武器でもあれば捕まえるのも不可能ではないかもしれない。
今度棍棒でも作ってみるか。
そして今回一番の成果は、オークリーダーのチカラがバターラビットよりも格上のヘビーラットを捕まえてきたことだ。
「ナオエ様ぁ見てくだいー、食べられますかぁ」
チカラはヘビーラットの首元をむんずと掴んで持ってきた。
食べられるかどうかは訊かれても困るんだが。
聞いたところ、行軍から遅れてしまい追いつこうとしているところ巣穴を見つけ、それとは知らずに掘り返したら眠っていたので容易に捕獲できたらしい。
ヘビーラットはパワーこそバターラビットより強く体重もあるが、足が短くその犬ほどもある巨躯のため動きは鈍い。
考えればバターラビット戦の主な敗因はスピードだ。
彼らにはヘビーラットの方が狩りやすいのかもしれない。
以降その日は巣穴捜索に充てることにした。
首尾よく巣穴を見つけても空振りということも多く、収穫は3匹。それに俺がたまたま見つけて捕獲したバターラビットが2羽。それが本日の収穫だ。
かなりのゴチソウだ。
俺は食えんけども。
何より重要なのは、自分たちで狩りができるようになったことで彼らは経験値を得ることができる。
このまま行けば本当に進化も夢ではないかもしれない。
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