第3話 バターラビット Lv.7

 ――っと。


 シダの木陰から飛び出した小さな影が足元を横切り、俺はとっさに足を止めた。

 ちょうどわんぱく盛りの子ゴブたちだ。 



 ゴブリンたちの成長は早い。


 まだここへ来て数日だが、来たときはハイハイをしていた子ゴブリンがすでによちよち歩きをしている。



 たぶんレッサーゴブリン同士からはレッサーゴブリンしか生まれないということなのだろう、彼らは皆どこか脆弱そうに見える。


 成長が早いのは確かだが、単に早いというより身体的に全盛期の期間が長いようだ。


 そう考えると長老はかなりの年なんだろうな。



 それより問題はそれ以外の種について。


 レッサーコボルドは数が少なく、オークに至っては3体しかいない。

 メスもいないのでこれでは増えようがない。


 本人たちは気にしていない、と言うより半ば諦めの境地なので俺が気にかけるのも変な話だけど。



 今まで共に生活してわかってきた彼らの特徴は、ゴブリンはさしずめ小学3年生くらいの戦闘力。コボルドはそこに知力を少しばかり上乗せした程度。オークはゴブリン3体分ほどの体躯で力も強いが思考能力に劣る、とまあ、概ねイメージ通りな様子だ。



 今のところゴブリン以外、特に長老以外と話す機会は少ない。


 オークはタラフクたち以上に会話がままならないし、コボルドは臆病な性格らしく全員で集まるとき以外はあまり見かけないというのもある。

 ちなみに言語体系としては全種族グギグギ語で共通しているようだ。


 しかしこれではいつまでたっても全体の様子が把握できないので、俺は一度村長に全員を集めてもらうことにした。



「ナオエ様がお呼びだぁぞ」



 村長が周囲に伝えるとすぐに各自仲間を呼びに行き、即座に全員が招集された。




「みんな知ってると思うけど、当面の危機は去った。とは言え、これからまだどんなモンスターが襲ってこないとも限らない。そこで、一度全員がどれだけ戦えるのかを見ておきたい。まだ俺のことを信用してないやつもいるかもしれないがよかったら協力して欲しい」



 …ダメか?


 俺は先日確かにコイツラの危機を救った。


 しかし言ってしまえばそれだけだ。結局のところぽっと出のよそ者であることに変わりはないし、モンスターですらない。信用しないやつは少なくないかもしれないが、彼らのためにもここはダメ元でもやっておかなければならない。



 だがそんな俺の心配は杞憂に終わった。


 全員言われたとおりに俺との力試しの順番に一列に並んでくれた。心配していたコボルドたちもそわそわしながらも協力的な様子だ。


 果ては子供や長老まで列の後ろの方に並んでいる。

 もちろん慌てて見学に回したけど。



 始めの相手はタラフクだ。


 あまり素早そうには見えないが、一応油断なく構えてかかってくるように言うと、予想はしていたがひどい有様だった。


 右手を振り上げた体制で真正面から向かってきて、力任せに打ち下ろすハンマーパンチなど当たりようがない。大体、ゴブリンの中じゃ大きいとは言え体躯が俺の半分くらいなんだからハンマーパンチじゃ当たったとしても膝くらいだぞ。


 余裕を持って躱すと周囲から歓声があがった。



 まさか全員このレベルなのか?



 しばらく続けてみたがほとんど同じことの繰り返しなので切り上げて、試しに一発受けてみることにした。


 ダメージは…ピンポン玉が当たった程度か。


 とてもではないが戦力にならない。


 一応全員と試したが似たり寄ったりで、ただコボルドは一応奇襲を試みる知恵をみせ、オークは他に比べればやはり力が強い。



 僅かに敏捷性も備えたオークにオークリーダーを命じ、チカラと名付けてもし戦闘が起きたら前線に立つように……と理解させるのに30分くらいを要したかな。


 後にこの昇進によって彼は他の魔物から賞賛の視線を浴びていた。



 あまり成果は上がらなかったものの、戦力の把握に成功したので試しに実践に出てみることにした。


 数匹のゴブリンにチカラとタラフク、コボルドの約半数と、あまり気乗りしなかったのだけどどうしてもいくというのでヒメもつれて狩りに向かう。



 もちろん実地訓練の意味もあるが、一番の理由は俺の我慢が限界に達したからだったりもする。


 この数日、彼らの行動は一向に変化がない。

 つまり食べ物も代り映えしないわけで、毎度おなじみの虫と草だ。


 そういうわけでここへきてからというもの俺はひたすらあの実しか食べていない。


 肉が足らんのだ。


 実はそれが一番の理由なのはもちろん黙っておく。



 ちなみにこの前倒したダークパイソンは毒で食べられたものじゃないということだったので、適当な窪地まで運んで埋めた。


 一瞬俺が持っていた毒耐性なら或いは…という考えが浮かんだが、さすがに前世のシティズン的矜持が咎めたのでやめておいた。




 はじめ、狩りを提案したところ村長には反対された。


 というのも狩りというのは彼らにとって極めて成功率の低い行為であり、そうすると連れ出された人数分のワームが減るという。



「もちろんナオエ様のお達しとあらば是非もありません。ただ、もし行きすがら食料を見つけることがあればどうか採集を許してやってください」



 もちろん村長のお願いには快諾した。

 俺としては何かしら取れるだろうと楽観しているのだが、その心配も当然だ。


 そもそも彼らは戦闘より採集向きの成長を遂げているらしい。

 そうせざるを得なかったと言うべきか。



 しかしこの特性がいざ狩りに出てみると意外な効果をみせた。

 彼らは獲物を発見するのがうまかった。


 どうやら探知のスキルを持っているらしい。


 見つけたところで不器用さのあまりすぐにこちらも気づかれてしまうのは彼ららしいが。



 そんなことを繰り返しつつ木々のまばらな草むらをしばし徘徊し、今、目の前に数匹大型のウサギがいる。十数メートル先で細い葉の植物を食べていて、今のところこちらは気づかれていない。


 もちろん動くなと厳命を出し、ヒメを最後尾に、オークはデカイので腹ばいにさせている。


 うちでは村長の次に話せることが先程発覚したコボルドに獲物について聞いてみる。



「あ、あれはバターラビットであります。森の開けたところでよく見かけるヤツであります。あんなものは強くて捕まえられないであります」



 なるほど、ここでは比較的ありふれたモンスターらしい。

 それにしてもバターラビットとはなんて食欲をそそる名前なんだ。


 フォーカスしてみるとたしかに”バターラビットLv.7”という表示。



 しかしレベル7とは。


 ゲーム時代範囲攻撃で大量に狩っていたモンスターがレベル300前後。単体ボスともなれば700代というのもいた。


 彼らレッサー種の戦闘力の低さが知れるというものだ。



「バターとはどんな味かわからないであります」



 などとどうでもいい情報を喋っているコボルドにヘイチョウと名付けてもう少し話を聞いてみる。



「捕まえられないっていうのは逃げ足が早いのか?」



 見た目からして栗毛のウサギなので逃げ足は早そうだ。


 そう思って聞いたのだが、「違うであります、ヤツラはつよいであります。体当りされたら命落とすであります」とのこと。


 まじかよ。


 どんだけ虚弱なんだ、と心のなかで呟きながら彼らの戦力は期待できないと確信する。



 ある意味ちょうどいいので自分で捕獲することにした。

 今の自分の身体能力がどの程度か把握するいい機会だ。



 獲物に気づかれないように慎重に動きやすい場所を探る。


 茂みを移動して低木の切れ目、角度によって向こうからは見えづらい絶妙な場所に位置取ることに成功した。と、自分なりに工夫してはいるものの、もちろん素手で獣を捕まえようなどという試みは俺にとっても前代未聞であることは言うまでもない。


 隠身のスキルは持っているが発動しているのかはよくわからないので慎重をきす。



 武器はない。

 取り立てて作戦もない。


 先日の戦闘の手応えから考えるに、素手で十分捕まえられると踏んだのだが果たして。



 体勢を整え、後は走り抜けざまに捕まえるだけなのだが…。



 「おお……!なんだか緊張してきたぞ!」



 以前なら目にも入らないようなモンスターだが、なにせここへ来て初めての自発的な狩りだ。無理もなかろう。


 ゴブリンたちは一様にうずくまって、言われたとおり一切身動きせずにこちらを見守っている。



 やばい、失敗したらとんだ恥さらしだぞ。


 ゾゾゾゾゾ、となんだよくわからないぞわぞわが背筋に走る。



 脚をかがめて力を貯めると、俺は一息に地面を蹴って獲物の方へ飛び出した。


 瞬間、頭の中を様々な思考がかすめる。



 まず感じたのは経験したことのないような暴力的な加速感。まさに意識が置いていかれる感覚だ。

 自分の認識ではまだ茂みから一歩踏み出した辺りなのだが、もうとっくに草原の真ん中だ。



 そして驚いて身動きできな状態の感覚を差し置いて、何の問題もなく状況を把握して処理する頭。


 現在地、獲物との相対距離、姿勢の制御、軌道の予測。それらが俺の意識とはまるで別のところで行われているような異様な体験だ。



 明らかにヒキニート、いや、トップアスリートですら順応できる速度ではない。



 我に返ったときには広場を突っ切った反対側の木の手前に立っていた。


 手には2羽のバターラビット。


 耳のねっこを捕まえている。



 「おおお、怖えー…」と内心ビビっていると隠れていたゴブリンたちが歓声を上げて飛び出してきた。



「スゴイ! ハヤイ!!」

「ミタカ! サッキ ハヤカッタナ!」

「ムリダ オレ ミエナイ」

「ニヒキ! ニヒキトッタ!!」



 口々に興奮してまくし立てている面々。


 とりあえず恥は晒さずにすんだようでホッと胸をなでおろす。



 今日はここまでで切り上げることにして獲物をオークに預けて一行と共に帰路についた。


 彼らには今までにない獲物らしく道中も興奮覚めやまぬようで、オークが獲物を掲げるたびにゴブたちが周りをくるくる走り回ったりと、強い魔物が寄ってくるんじゃないかとヒヤヒヤしたほどだ。



 ところで獲物を渡したらオークが途端に首をポッキリやってしまったのはちょっとした恐怖体験だった。

 今後こういうことにも慣れていかないとな。


 やはりゲーム感覚とはいかない。

 さすがに自分にはしばらく無理そうなのでこっそり彼らに感謝しておく。



 その後、ウサギを持ち帰って気がついたのだが。



 火がない。



 「いや、ちょっと考えればわかるだろ俺!?」



 いくらなんでも生肉なんて食えないよ。


 そういうわけで俺は小一時間叫び続けているのだ。



「うぉぉおおお!ひぃぃぃいいい!出ろぉおおおおおおお!!」



 なんて実にマヌケな感じでな。



 そう。

 やはりこっちに来てからと言うもの魔法が一切使えなくなっている。


 大規模魔法はおろか超初級のスピットファイアすら使えない始末。

 米粒ほどの火花も出やしない。



 「というかそもそも魔法がないのか?」



 考えてみればここは似ていると言うだけで俺がゲームの中に入り込んだってわけじゃない。


 でなければゴブリンとコミュニケーションなんてどうかしている。


 とはいえステータススキャンやシステムウィンドウのことを考えるとゲーム説は濃厚だ。現状ではそこが定かではないので、魔法が使えるようにと努力や試行錯誤する意味があるのかもわからない状態だ。



 そんなわけで調理を諦めた俺はゴブリンたちに丸投げすることにした。


 一応俺の獲物ということで、2羽のバターラビットは今は俺が腰掛けている祭壇の上に置かれている。

 というかそもそも彼らは自分たちが食べてもいいとは考えていないらしい。


 彼らはただ俺に言われたから自分たちの食料が減ることもいとわず手伝いに出向いてくれたようだ。村長も渋るわけだ。


 結果、大した手助けにはならなかったわけだが、そんなことは問題じゃない。


 俺はバターラビットを掴むと祭壇から集落の方へ向かった。



「ナオエ様、本日は有難うございました。獲物を取るところを見せていただき、若い衆も何か得られるものがあったことでしょう」



 あれだけ狩りに消極的だった村長も実際に獲物を見て少し希望を見出したようだった。

 それだけでも役に立てたと言うものだ。



 中心部の広場ではすでに夕食の準備が始まっていた。

 そこに統率というものは一切なので、一見して全体が何をしているのかはわからないが。



「今日は皆がついてきてくれたおかげで上手く獲物を手に入れることができた。皆で分けるといい」



 あたかも最初からそのつもりだったかのような態度でセリフを棒読みして、獲物は近くにいたヒメに渡し、さっそうと踵を返す俺。


 といってもみんなで分ければ取り分はせいぜい、からあげクン3コ程だろうから喜ばれるほどの量でもないかもしれないが。



「「「うわああああああ!!!」」」



「なんだ!?」



 背後からの突然の叫び声に俺は身構えてあたりを見渡した。


 広場の一角、村長とヒメのいるあたりで数体のゴブが転げ回っている。



「どうした?」



 慌ててヒメのところに戻って様子を見る。見たところ何かに襲われたという様子ではなさそうだ。



「いや、気にせんでよろしいですじゃ。コイツら喜んでるだけですで」

「は?」



 なんでも貴重品の肉が食えるということで雄叫びを上げて全身で喜びを表しているのだとか。


 つまり以前木の実をあげたときのアレか。



「しかし本当によろしいのですか?ヤツらのこと、どうせ大したやくにもたっておらんのでしょう?」



 さすが村長、お見通しというわけだ。



「構わないさ」



 ゴブたちの盛り上がりぶりを見渡す。

 …もういい、ほっといて寝よう。


 こっちは久々の肉を逃したと言うのにいい気なものだが、それだけ喜んでもらえるのならそのかいもあったというものだとでも思っておくか。



 次々に上がる歓声に背を向けて歩きだす。



 今日も祭壇の辺で寝るとするか。

 いい加減自分の住処もなんとかしないとな。


 そんなことを考えながら歩いていると、誰かに後ろから服を引っ張られた。



「なんだ、ヒメか。どうした?」

「ア、アリガト コレ」



 そう言ってヒメが差し出したのは、丸い石だった。

 一応スキャンしてみる。



 ステータス:丸い石

   備考 :川の流れによってうまい具合に丸く削れた石。



 本当にただ丸いだけの石だった。



「ん、ありがとう。助かるよ」



 自分でもよくわからない言葉をかけると、ヒメは嬉しそうに一度肩をすくめてみんなのいる広場へかけていった。 



 かわいいな、ヒメ…。



 ほんわかしながらも自分の守備範囲はどうなってしまったんだと内心慌てふためく俺だった。   

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