第2話 平穏

結論から言おう。


 俺が斬りつける――というよりほとんど力任せに叩きつけた一撃は大蛇の巨体を両断していた。



 「!?」


驚いたのはむしろ俺。


 ――思っていたより……それにこの感覚、どこかで……。


 そうだジャイアントパイソンというのは俺があの遺跡で見掛け次第蹴散らしていたあの大蛇のことだ。


 おそらくコイツは亜種なので多少ステータスに補正はかかっているのだろうが、やはりレベルとしては同程度だったのだろう。



 手にはほとんど何の感覚も残ってはいなかった。

 ただ緊張のあまり力が入りすぎたのか、かすかなしびれだけが残っている。



 このときは全く思いつかなかったのだが、何も折れそうな剣を拾わずともイベントリの愛用武器を出せばよかった。そんなことも思いつかないくらい俺の意識はまだ現実の延長にいるらしい。



 だって、普通目に入る武器を掴むだろ。

 こんなことにいきなり慣れろというほうが無理な話だ。



 スキルや魔法は使えないがアイテムは取り出せる。

それはさっきゴブリンたちに例の実をあげた時に確認済みだ。


 おそらくだが、キャラクターに依存しないシステム機能とステータスの補正値はゲーム時代のものを受け継いでいる。というのが現状でできうる精一杯の推論だろうか。



 振り返るとゴブリンたちが膝立ちで呆然とこちらを見ていた。



「あの、大丈夫?」



 恐る恐る声をかける。



「おお、なんという」



 状況が理解できていない、またはただ何も考えられなくなってしまっているらしいゴブリンたちのなかで、さすがに長老だけはなんとか口を開く。



 よく考えてみれば当然の結果だったのかもしれない。


 事前にあまりにも恐ろしいものだと聞いていたせいですっかりそのつもりになっていたが、それはあくまでもゴブリンレベルの話であり、ヒューマンの俺からすればそれほどの敵ではなかったということか。



 しかしそうするとやはりこの体はゲーム時代のものなのだろうか。

だとするとどうしてスキルが使えないのか。

なぜジャージ姿なのか。


 やはりまだまだわからないことが多いことに変わりはない。




「オマエ ツヨイ」



 タラフクが歩み寄ってきで俺の服を引っ張る。

続けて何か言おうとしたところを長老が首を掴んでそのまま地面に引き倒してしまった。



「お、恐れ多くも強き御仁よ。貴方様は当代の剣聖かとお見受けします。よもやそのような方とは…先程からのご無礼どうか平にご容赦ください…!」



 他のゴブリンたちも真似をしてか額を地面にこすりつけるようにうずくまっている。


 頭を下げているというよりうずくまっているのだが多分コレが彼らなりの敬意の示し方なのだろう。


それにしても剣聖というのはなんともマヌケっぽい響きだ。

多分それが彼らの知る最も強いものの称号なのだろう。


「いや、多分俺は普通のヒューマンだと思うけど…。剣聖っていうのがいるの?」



 いったいどういうものだろうか。

当代って言うくらいだから世襲する称号かなにかだろうか。



「剣聖はヒューマンの中でも抜きん出た剣の腕を持ち、その剣閃は竜の額を割り7つの魔物の森を裂くと聞き及んでおります」



 ようするにあまり知らないらしかった。

いくらなんでも大きめの蛇をやっつけたくらいでそんな恐ろしい使い手というのは飛躍し過ぎだろう。



 俺は普通の人間で、そもそも種族として基本的な身体能力がゴブリンより高いだけだという説明を何とか納得してもらい、その場を収めることができた。



 俺の感覚からすれば恐ろしく狭い範囲でのみ彼らは生活をしている。


 話は納得はしてもらえたものの、その後俺はなし崩し的にリーダー的な立場になってしまった。


 気がつけばステータスに『称号:レッサーデーモンの首領』という表示が加わっている。


 人間が魔物の首領ってどうなんだそれ。



 その後やはり開かれた宴の席。

俺は彼らの生活についていろいろ聞いてみた。


 まずコロニーの構成についてだが、ゴブリンが17、コボルトが8、オークが3というものだった。


 劣等種とはいえこの中ではオークは大柄で強そうに見える。

 主に見張りや建築などを担当しているらしい。


建築というのは実際には大雨で崩れた土砂をどけたり木の根切ったりというレベルで、いわば土方さんだ。




 彼らの1日はこうだ。


 まずオークは昼まで寝ている。

ほかはめいめい起き出して探索――主に食料集めを行う。


 昼前に集めたものを食べるのだが、これは本当にただ食べるだけで、加熱はおろか切りも洗いもしない。


 メニューは主に木の根や虫だ。

本当は木の実がいいらしいが木の実が彼らの手の届く場所に都合よく生っていることは稀なのだとか。


 昼寝をして午後から再び探索を行い、持ち寄ったものを食べ、寝る。


 信じられないことに毎日ただ寝る食べる探索するの3つの行動しかしていないのだという。



「我々の様なものは他にできることがないのですじゃ。平原などに住む上位個体などは他種族を襲ったりするほどの知恵があると聞きますが我々の様な劣等種には想像もできません」

「にしたって、もうちょっと家を補強するとかやることはあるんじゃないか?」

「もちろん我々も好んでこのような住処を作っているわけではないのですが、恥ずかしながら我らの知恵ではいくら強固にしようとしたところでうまくいったことはないのです」



 どうやら彼ら自身向上心はあるらしいのだが、個体能力の限界値というか、知能レベルの補正の都合上不可能ということらしい。


 なんだか不憫になってきたよ俺。


 長老などは頭良さそうなもんだが覚えることと生み出すことはまるで違うのだとか。



「よかったら俺が教えようか?一応首領らしいし」

「なんと!お心遣い感謝いたします。どうか我々に知恵をお授けください」



 などとやり取りをしていると食べ物が運ばれてきた。


 といってもどうせあのカミナリミミズなんでしょ、と横目で見ていると驚いた事に運ばれてきたのは魚だった。



 それはもう見事に、カビが生えている。


 一応ステータスをスキャンする。


〈干物〉

状態:悪辣


ということらしい。



「これ、あそこの川でとったのか?」

「ワタシ チガウ トリ」



 どうやら鳥が落としていったものがたまたま乾燥したということらしい。



「コレ トテモゴチソウ ワタシ アリガトウ」



 すごくたどたどしくも真剣に伝えようとするのはあの時のメスゴブリンである。

ちなみに俺に差し出されそうになっていた生贄もこの子だったらしいが、説明されたときの俺はまるで区別ができないでいた。


 良いのか悪いのか今は少し順応してきたらしく輪郭でなんとなく判別ができる。


 こいつのことはヒメと呼ぶことにしよう。



 いかん。

なんかゴブリンフェチに目覚めそうだ。


 取り返しのつかない恐怖を覚えつつあたりを確認すると、どうやらこの魚はこのコロニーの至宝的位置づけの食料であるらしく、コボルトなんかはよだれが垂れ流しだ。



 まあ多分彼らならこの状態の食料でも問題ないのだろう。


 そういう意味では彼らのほうがよほど強い存在とも言えるのかもな。


 俺みたいなもんは腹を下してイチコロなので気持ちだけ受け取ってみんなに振る舞ってやると、もはや俺を見る目が崇拝に変わっている。


 やめろ、そんな目で見るんじゃない。

なんだかむず痒くて仕方がない。


 結局俺は今日も例の果物で食事を済ませることとなった。




 宴のあと俺は断りを入れて始め寝かされていた祭壇まで行き、これからのことを考えた。


 まずもっとしっかりした住処が必要だ。


 考え事のためにわざわざこんな所まで来たのも、彼らの住処は常に異臭が漂っていて実は長居したくないという理由もあったりする。


 そもそも衛生観念なんてものが存在していないのだから当然だ。



 その他もろもろを解決するのに最も迅速かつ効率的な方法がある。


 進化だ。



 俺の知識がこの世界と整合性があるのならば、おそらく彼らは経験値をつめば進化するハズだ。


 まず一定以上の知恵を身に着けてもらうためにこれは必須の条件だろう。

今の状態では教えたところでうまくいくとは思えない。


 となればまず行うべきは狩りの実地訓練か。



 今までひたすら拾ったものを食べてきた彼らは実は採集スキルはかなり高いらしい。


 珍しい薬草の場所も知っているようなのだが、それがなんなのかは一切わかっていなかった。

ただそれがそこにあると知り、採集の方法がわかっているだけで、効能や使い道には気づけ無い。


 彼らの判断基準はただ食べられるか否かである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る