最終話 彼女が話す彼女と親友の過去

「待って!」

「え?」


 立ち止まる光。


「光って……左利き?」

「……あー、そうじゃないんだけど……」

 パスタを食べる光、ケータイをいじる光、定期を取り出す光。

 どのシーンでも、光は右手を使っていた。



「……うん、まあ彼方君ならいいか」



「私、中学校の時に右腕を怪我しちゃって。肩より上に上がらないんだ。痛くてさ」



 …………! なんだって⁉



「この怪我が原因でバレーができなくなって。でもバレーは大好きだからマネージャーやってるんだ」

「そんなにひどい怪我なんだ……」

「うん、でもこれは誰も知らない。……若葉にも隠してるから」

「……! どうして? 何で若葉に?」

「この怪我さ……バレーの試合中に若葉と交錯してなっちゃったから。本当に勝ちたい試合で皆本気だったから、誰にも責任はないと思うんだ。でもこの怪我のせいで腕が上がらなくなったって知ったら……若葉が自分を責めちゃうから。若葉には、怪我は治ったけどイップス気味になったからサポートに回りたいって言ってる。それでも責任感じちゃってるみたい……」

「それは……辛かったね……」

「うん、すごく辛かった。大好きなバレーができなくなって、その後はしばらく落ち込んでたよ。中学校の時はバレーに触れるのも嫌だったから辞めちゃった。」



「でも……」

「ん?」

「でもなんで? なんで若葉をかばうの? 小さい時からの付き合いで、親友なんだよね。若葉には干渉させてるのに。そういう辛さを相談するのが親友なんじゃない……⁉」


「……うん。傍から見たら変だよね」

「別に変じゃない。人と人の関係なんてそれぞれ違うよ。理由が知りたいだけなんだ」

「……若葉の昔の事が関係してる……としか言えないよ」


 若葉の過去⁉

 光の過去に固執するあまり、完全に見落としていた。

 この歪な関係は、若葉の過去から始まっているのか……!


「これは本当に……ごめん。デリケートな事だから、他の誰にも言えないんだ」



「光……、その話、話してほしい」

「え……?」

「興味本位じゃないんだ。もしかしたら僕らが、いや若葉も含めて3人でハッピーになれるかもしれない」

「……3人で?」

「頼む光……僕を信じて欲しい」




「…………うん。彼方君にそう言われちゃったら、話すしかないよ」

「ありがとう」

「ふふっ、やっぱり彼方君て不思議な人だね」





「若葉は昔――だったから――で、――だった」

「その時――私が――若葉の事――」

「だから―――じゃないけど―――」

「――――――――――――――――」





 ――そうだったのか。


 謎が全て解けた。

 

 全身から力が抜け、座り込む。笑い出したくなってくる。


「ははっ……そうか。そうなんだ……」

「え……?」

「うふっ……ごめん、こっちの話。あは……あははは」

しばらく壊れた人形みたいに笑っていた僕を、光はじっと待っていてくれた。



「話してくれてありがとう。これで、多分なんとかなる」

「よく分からないけど……彼方君のこと信じる」


「うん。……ちょっとずるいけどさ、光、やっぱり君が好き。愛してる」

「……! ずるいって何! う、嬉しいけど」

「ごめん、ずるいのは僕。……後出しみたいな事だからさ」

「わけわかんないよ……もうっ!……ほんとに……」


 涙があふれ、僕に見せまいと振り向く。


 後ろ向きに涙をこらえる光を、優しく抱きしめる。



「怖かったんだよ……ずっと……」

「ごめんな。ごめん」



 さめざめと泣く光の髪を、優しく撫でる。



「土曜日、みんなの呪縛を解きに行こう」

「ヒック……ヒック……うん?」


 あとは若葉に、僕らの思いが届くかどうか……



「うっ……グスッ、そういえば彼方君……時田さんと浮気してるの?」

「はいッ⁉⁉ なんだって⁉」

「若葉や橋本先輩が、見たって」

「いやいやいやいやいや、ありえない。本当にありえない」

「グスッ、でも仲いいし……」

「あいつの事を女として見た事は一切ないし、金を積まれても見れない! 銃で脅されても、喉元に短剣を突き付けられても無理! セックスをしないと出れない部屋に閉じ込められても餓死を選ぶよ!」

「グスッ……うう……いつもの彼方君だぁ……」


 あの非人間ども、なんつー事を吹き込んでやがる……

 後は若葉を土曜に呼び出すだけだが……全て後回しにしよう。


 今はただ、光の体と匂いを感じさせて欲しい。




土曜日 18:00 光のマンション前公園


「こんばんわ。カナタ君」

「やあ、今日も部活? お疲れ様」

 いつもの学校帰りの格好。

 やっぱりこいつはかっこいい。セーラー服を凛と着こなしている。


「今日は結論を聞かせてもらえるんだよね?」

「もちろん」

「それで?」


「結論から言うと……若葉、お前は光離れをするべきだ」



 会話が止まり、時間も止まった様に音が無くなる。



「ふーっ……。想定していた中でも最もふざけた回答ね」

「いや、大真面目だ」

「何を言っている! 光の過去を知って逃げた臆病者のくせに! あんたなんかに光は任せられない‼‼」

「おいおい……人が出てくるぞ。大声出し過ぎ」

「別れなさいッ‼‼ 別れないのならあんたをぶちのめす‼‼ 学校に居れなくしてやるッ‼‼‼」


「光の過去ね……それ嘘だろ」

「……何ッ‼‼」


「正直お前の話に綻びはないと思った。まあそうだよな。直接光から話を聞けない状況を作って色々吹き込んだんだから。万が一確かめた時のために、光が嘘つきだと話して疑心暗鬼にさせた。お前の言う通り逃げたくなった時もある。

でも、お前の話が嘘だとはっきり分かる鍵が見つかった」


「……」


「これは、光と僕しか知らない話だ。光は中学校の時の怪我で、バレーができなくなっている」

「……そんな事知ってる。イップスになって……」

「それは嘘だ。光は右腕を肩より上に上げられなくなっている。それが直接の原因だ」


「嘘だッ……! そんな事……」


「思い出してみろ。球を投げるような動作はすべて左でやっている。イップスになったからってそれは極端だ。プールの授業も全部サボってるだろ。カナズチ……が本当かは分らないけど水泳の動きはとても無理だ」

「そん……な事」


「お前の妄想エロ話で言ってたよな。『バンザイさせて脱がした』とか『腕を上に縛り付けた』とか。悪いけどはっきり覚えてる。そんな体勢は、光には絶対できないんだ」


「……!」



 言葉に詰まり、鬼気迫った表情で震える若葉。



「こんな事、光に確認すればすぐ分かる。そんな嘘を僕がつくと思うか?」



「……だから、何」

「え?」

「だから何よ‼ 確かにあんたに話した話は嘘よ。あんたを試すためにね! それが分かったからってなにも変わらない!あんたから光を守る‼」

「……もういいんだ若葉」

「何がッ‼ 光には昔からあんたみたいな体目当ての男がいっぱい寄ってきた‼ だから守ってきたんだ‼ これからもーー」


「光から聞いた。お前の過去」

「……ッ!」


「義父に、性的虐待を受けてたんだってな」



「……何……で……ひかり……!」



「光を責めるな。これは僕が強引に聞き出した事だ。確かにつらい事だったと思う。でもこれで納得がいった。光が鍵っ子で、その寂しさを埋めるためにお前に依存していったんだと思っていた。それもあるだろうけど、それだけじゃなかった。小学生の時、家に帰りたくなかったお前を慰めるために、光はお前とずっと一緒に居たんだ」


「やがてお前は光を守る事で、アイデンティティを確立していった。光を自分の庇護対象に置く事で。 それに気づいた光はお前には過干渉されても拒否しなかった。なんでも話した。一番の親友として、一番大切にした。光を守る事をやめたら、お前は自分を保てなくなるから。小学校の頃からの話だ、光がお前を救うために意図的にそう誘導したのか、偶然そうなったのかはわからない。」



「お前は光をずっと守ってきた。確かにそれは事実だけど、お前も光に守られていたんだ」



 呆然と立ち尽くす若葉。



「もう光は自分で何でもできる、お前の庇護下にある必要はない。お前もだ。美人だしバレーもすごい、頭も切れる。光に拘らなくても何でもできる、何にでもなれる。もうこの関係を終わらせよう。別に親友をやめろと言ってるんじゃない。関係を一つ先に進めるだけだ」



「若葉っ‼‼」


 遊具の中に隠れていた、光が飛び出してくる。

 若葉が暴走した時の為に待機していたのだが、感極まったのだろう。



「ひか……り……」

「若葉、若葉――」


 がっしり抱き合う二人。


「もういいんだよ、若葉。今まで本当にありがとう。本当に……本当にありがとう」

「光……ごめん、ごめんね」

「若葉の事迷惑だなんて思った事ないよ……。でも、若葉のように彼方君も信じたいんだ……」

「うん……うん……」

「若葉、若葉、ずっと一緒だよ」

「うん……ううっ……うっ……」



 二人の閉じた目から、とめどなく流れる涙。 

 こんなに美しい涙は見た事が無いよ。

 僕もウルッときてしまった。




 それから二人はしばらくワンワン泣いて、手を繋いで座ったまま長い事話していた。

 小学校から中学校にかけての昔話。

 若葉は虐待を受けていた小学校時代、光は大好きなバレーができなくなった中学校時代、それぞれ普段話題に上ることがなかったのだろう。

 

 なんか僕、邪魔者? 少し離れた位置に立っている置物。



「じゃ、悪いわねカナタ君」

「ごめんね、また月曜日に」


 この流れで、若葉はお泊りする事になった。

 憑き物が取れたような顔になって、大変結構。

 まあ、邪魔者は退散しますよ……


「カナタ君も泊まったら? お母さんに、未来の旦那様って紹介すればいいんじゃない?」

「ちょ……若葉!」

「はは……遠慮しとくよ」

「なんだ、意気地無しねえ……」


 正直魅力的な話だが、今日は二人っきりにさせてあげたい。


「じゃあね、また」


「彼方君! 本当にありがとう!」

「カナタく~ん、愛してるよ~!」



 大きく手を振る二人。

 さっきまで僕を殺す勢いで詰め寄ろうとしてたのに、ゲンキンな奴。





 とてつもなく、空が広く感じる。


 最近の僕といえば、考え事をしながら下を向いて歩いてばっかりだった。 


 来週から、どんな日々が始まるのかな。


 火サスの主人公ばりの僕の立ち回りを、今晩幼馴染達に報告してやろう。




 久々に晴れやかな気持ちになって、小学生の時に流行っていた歌を歌いながら家路についた。

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