第13話 もう結構

 日曜日。

 僕らは街でデートをしていた。

 いや、デートと呼べるのだろうか。

 僕は裏切られた怒りで怒鳴りつけたい気持ちを押えながら、彼女に合わせていた。

 「光の誠実な彼氏としてデートをする」というロールプレイ。


 拷問か、これ。


 あれだけ言うなと言った事を簡単に破っているのに、おくびにも出さすニコニコしながら買い物をしていた。

 嘘つき。

 若葉が言った言葉が、また思い出される。

 

 今日は光がデートプランを考える日。

 あんまり甘いコースは嫌だな。おなか痛いって言って途中で帰ろうか。

 実際腹の中は怒りと不信感でグツグツ煮えている。


「じゃあ次は、このカフェ入ろっか」

「うん」



「なんか今日……あんまり楽しくなかった?」

「え? なんで?」

「なんか元気がないっていうか、あんまり笑ってない」


 笑えるかっての。

 言いたいが、言ったら若葉に筒抜けになって嫌味たっぷりのお説教をされる。


「ちょっと悩み事っていうかね……」

「悩み事? 学校の事……? 家の事? 相談乗るよ?」

「うーん……まあ相談するまでもないっていうか、大したことないから大丈夫」

「そうなんだ……でも今日だけじゃなくて、最近ずっと元気なくない?」

「僕はいつもこんな感じだよ」

 そう言って、遮るようにカップに口を付ける。


「大会が終わったら、夏休みだね」

 ああ……そういえばそうだった。


「彼方君は、夏期講習とか行く? 狙ってる大学とかあるの?」

「特には。行ける大学があったら行く、ぐらいにしか考えてないや」

「そっか。私はスポーツトレーナーの勉強ができる大学で考えてる。やっぱりバレーに関わっていたいんだ」

「そんなに好きなら――」


 なんでプレーヤーやめちゃったの?

 喉まで出かかった言葉をコーヒーで流し込む。


「?」

「そんなに好きなんだ」

「うん。大好き」


 乾いた時間が流れていく。

 

 

 ポツポツと断続的に会話をしながら、帰りの電車を待つ。


 ホームで電車を待つ人達に視線を流しながら話していると、

 

 ――柳田⁉


 あの特徴的に軽薄なツラは忘れようもない。

 女が横に居るが、構わない。


「光、ごめん、ちょっと待ってて!」

「え?」

 弾ける様に、人の合間を縫って柳田に向かう。


「こんにちわ」

「……? ああ、お前桜木といた」

「誰?」

 女は知らない顔だ。

「彼女と一緒のとこ悪いけど、ちょっと話聞かせてくれない?」

「あ? 嫌だよ」

「まあまあ、そう言わずに。ぶっちゃけ、光と昔なんかあった?」

「……ッ⁉」

 明らかな動揺。


「なんもないから」

「いや、あったでしょ。明らかに動揺してるよね」

「何だよお前、うぜーよ。消えろ」

「分かった。じゃあ、アドレス教えてくんない?」

「嫌だっつってんだろ!」

「誰?コイツ」


 あまりにも考えなしに突撃してしまったか……

 電車がホームに入るアナウンスが鳴り出す。

「頼む! 人助けすると思って」

「行くぞ」

 女を引っ張り、離れていく柳田。

 くそ……ここまでか。光の傍に戻らないと。


「彼方君……何してたの?」

「柳田君に挨拶しようと思ってさ」

「挨拶? なんか怒鳴ってなかった?」

「彼女が近くにいたから、邪魔だったみたい」

「本当に……?」

 こちらの目をジッと見つめてくる。


「ああ、そうだよ」

「そう……」

 納得いってません。体で表すようにうつむく彼女。

 僕が降りる駅に近づく。


「今日は見送りはいいや、じゃあまた明日ね」

「うん、じゃあまた」



 このままじゃいけないって事は分かっている。

 僕が一番忌避するべき状態、宙ぶらりんの状態だ。

 前進にせよ、後退にせよ、どちらかには進まねばならない。


 ①若葉の話を信じて、彼女と別れる

 ②若葉の話を信じて、彼女の過去を受け入れる

 ③若葉の話を信じない


 進むべき道は3つだ。

 若葉の話が本当だったとして、彼女を受け入れられるだろうか。

 『どんな過去があっても、大事なのは今』

 僕の取り巻く状況を聞いた人は、そんな事を言うかもしれない。

 でもやっぱり嫌だ。彼女を好きであればあるほど、彼女が汚されていたという事実は耐え難い苦痛となる。

 こっちから好きだって告白して、彼女にそういう過去があったから受け入れられないというのは薄情なのか……?

 

 なら、別れる?

 若葉の話が嘘なら、奴の思うつぼになる。

 付き合ってからの時間は短いが、あの桜木光と恋人関係になっているという事実を簡単に捨てられるか?


 じゃあ若葉の話は信じないか。

 若葉の話が嘘だったとしても、彼女が約束を破り若葉に連絡している事は確実だ。

 若葉に関しては、話が通じないとまで感じる。

 

 もう少しだけでいい、何でもいいから判断できる情報が欲しい。



「おはよ~。ってまだゾンビやってんの?」

「そうだよ。腐ってるよ」

 朝一、僕の表情を見た夏希からツッコミが入る。


「そんなにうまくいってないの?」

「うまくいってるような、いってないような」

「その表情じゃ、全然うまくいってないでしょ」

 周りからはそう見えるか……

 母親からも、「いじめられてるなら相談しなさい」と真面目に言われている。


「やっぱり、無理だったのかな。僕みたいな普通な奴が、学校で一番かわいい子と付き合うなんて」

「うわっ、すっごい弱気」

「弱気にもなるって」

「かわいくてもそうじゃなくても、付き合ってみないと分からない事は多いんじゃない? 桜木さんがどんな人かは知らないけど、関係を続けたいかやめたいかはこれから決めればいいじゃん」

「まさに今それを悩んでんだよ」

「あらそ~。でも自分なんて……みたいに卑下するのはダメじゃん? あんたを付き合う価値ありと判断してくれた桜木さんに悪いよ」

 

 そうかもな……。


 やっぱり前進しよう。

 3択のどれでもない、真実を確かめるという道に。

 

 若葉に今日光を見送りした後会えないか、とメッセージを送った。

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