第12話 痺れ

 若葉が話し終わった。


「質問してもいい? 今回の話に違和感がある」

「なあに? 私も昔聞いた話だから、答えられない事もあるかも。セックスの描写のツッコミは止めてね」

「前に光と居る時に柳田に会ったのは知ってるよね? あの時の柳田は確かに強引だったけど、そんな仲になっている相手とのやり取りとは感じなかった」

「それは……、まだこの話続きがあるんだけど、この後私が柳田と光を離すためにした事があって……。柳田に『光と体の関係がある事を絶対他言しない』って約束させているの」

「柳田だけじゃない、光もだ。気まずそうにはしてたけど、流石に体の関係があった相手と会った気まずさじゃない事は分かる」


「カナタ君……光の事、まだ知らない事が多いんだね」

「どういう意味?」

「悪い言い方すると、光はすごい演技派の嘘つきなんだよ。色々な事があったから、自分の感情を消して周りに合わせたり、空気を読んで行動できる」

「自分の気持ちにさえ、ウソをつくことができる」

「それは都合のいい話だ。今までそんな事を感じた事は一切ない」

「それはさ……カナタ君といる時の光って、本当の光なのかな?」


 ――――!


「ここまで言っちゃ可哀そうか……カナタ君も頑張ってるもんね。でも、そろそろ限界かな? 告白した時と同じくらい光が好き? 輝いて見える?」

「……」

「じゃあね……カナタ君」

 


 もう帰らないと。

 今日は家にいる母親から何回も着信がある。


 飯田の話は荒唐無稽に感じたが、柳田のは無い話じゃ無いと思う気持ちがある。

 世の中の男って、こういう場合どうしてるんだろう。

 光の場合は中学生の時の話だから特殊なのかな。大学生の時に付き合った彼女が、高校生の時にヤりまくってましたってよくある話なのかな。

 この女ダメだ、別れよ。になるのか、まあそのくらいやってるよね。になるのかな。

 

 色々な事を考えても、嫌だ。やっぱり嫌だ。


 でも体だけの話じゃない。

 彼女は誰とも付き合ったことが無いと言う。

 飯田の話は言えなくても、柳田は「体の関係だけ」だからノーカウントなんて、許されるはずがない。彼女と若葉、どちらを信じるか。


『光はすごい演技派の嘘つきなんだよ』


 若葉の言葉と、もしそれが本当だったら……という気持ちが何回も頭の中でリフレインしていた。



『今日も送ってくれてありがとう。家に帰るの遅くなっちゃうよね』

『それは別にいいんだ。でも一つお願い。若葉の事だけど』

『なに?』

『相談とか、何をしたとかまでならいいけど』

『僕らの会話や、メッセージのやり取りを一字一句教えるはさすがにやめて』


 少し間が空く。


『一字一句って……ごめん……前にも言ってたよね。前はいいって言ってたから。嫌ならやめるね』

『こっちこそなんかごめん』

 少しホッとする。 

 若葉に情報がいかないなら、聞けることが増える。


『でも、なんでそんなに若葉と仲がいいの?』

『幼馴染だからね。幼稚園から一緒だし』

『うちお父さんいなくて、お母さんも忙しいからよく家で遊んでた』

『そうなんだ。僕も幼馴染がいるけど、割とドライな仲だしね』

『そう? 夏希さんと話してる時の彼方君、すごい楽しそう』

『いやいやいや、ビジネス幼馴染だから。 光と若葉の仲とは別次元』

『そんなに変な仲かな? よく言われるけど、彼方君もそう思う?』


 いかん……地雷踏んだか……?


『変じゃない。僕も若葉が面白い奴だって思うし、光が寂しい思いをしてたってのも分かる』

『そんな二人の仲に、あれこれ外野が言える事なんてないよ』


『ありがと。彼方君ってやっぱり優しいね』


『今度の日曜空いてる? 合宿で使うもの買いに行きたいな』

『もちろんオッケー』

 うん、なんかいい感じ。

 光を好きじゃなくなってるかだと? 馬鹿め、こんなに愛おしいわ。



 2日後。

 珍しく、比呂戸と二人。

 夏希は寝坊したらしく、置いていった。本当にドライな関係である。


「比呂戸さあ、女子を好きになった事ある?」

「まあな。誰だってあるだろ」

「その子と付き合えることになったとして、すごいヤリマンだったどうする?」

「そーいうの付き合う前に分かるだろ」

「いや、分かんないパターンで。見た目は図書委員のメガネっ娘でさ」

「あ、そういう外見好みじゃない」

「いや、見た目はいいんだって! 兎に角付き合うまで分からなくて!」

「んー」

 この朴念仁はなんて答えるんだろう。結構気になる。


「嘘ついたり隠してたらアウトかな。付き合ってから俺一筋になるなら許す」

「そうだよね……ははっ」

 乾いた笑いが出る。

 そうだよそうなんだよね……

 この質問であれこれ察しない比呂戸に少し感謝した。


「あれ?金森若葉じゃね」

 こちらも珍しく、若葉が一人で校門に立っている。光は遅刻かな?

 こっちに気づく若葉。

「おはよー」

「……おはよう」

 あれから理由を付けて光を送るのをやめ、顔を合わせない様にしていた。

 こいつに関わると碌なことが無い。


「あ、カナタ君ちょっといい?」

「なに?」

 嫌々振り返る。


「今日財布忘れちゃってさ、ジュース代貸してくんない?」

 ……? 朝からカツアゲか? 5万貸せとか言われるのか?

「あ、200円でヨロシク」

「まあ、いいよ」

 小銭入れから100円玉二枚を取り、渡す。


「ありがと。彼方君ってやっぱり優しいね」





「おーい彼方、突っ立ってないで早く行こうぜ」

 

 金森若葉は信用できない。

 けど、桜木光は?

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