第10話 滑空

「飯田はそのまま上機嫌で帰ったみたい。光は犯された状態のまま座っていた。何で分かるかって?日中の様子がおかしかったから、光の家に行ったの。インターホンを押しても出なかったから、中にに入った。精液でひどい臭いだった。」

「頭に血が上って色々聞いたけど、何を話しても反応ないし。兎に角シャワーを浴びさせて、飯田に渡されたっていうピルを飲ませた」

「時間が経って、やっと話してくれた。泣きながら、肩を震わせながら……警察には言わないでって言われたけど、のお母さんと相談して、警察に行った」

「飯田はすぐに逮捕されたよ。悪質性が認められれて、10年は出てこれないはず。学校では怪我したって事にして、しばらく休んで。事件のショックで、バレーもできなくなった。それからかな、私が光の事を守ろうって思ったのは。カナタ君も不思議だったでしょ? 何でこんなに光に執着するのかって」


 辻褄は……合う。


「そこから少しづつ、少しづつ、時間をかけて昔の光に戻っていった。未だに男性は得意じゃないよ。だから誰とも付き合わなかった。光が断るのも勇気がいるから、私がガードしてた。でもビックリしたのはカナタ君と付き合う事にした事。なんでOKしたのか、最初は分らなかった」

「でもだんだんと……、光がこの人なら安心できるって言うのが分かってきた。だから話したんだよ」

 

 沈黙の時間が流れる……


 嘘だ……と決めつければ楽になる。あまりにも荒唐無稽だ。でも、本当ににそうか?

 普段自分が大病を患うとは思わない。交通事故に遭うとは考えてもいない。犯罪に巻き込まれる事だって……

 

「話は分かった……まだ信じられないけど……」

「信じられなくてもいい。でも光の事、嫌いにならないで。カナタ君なら光を受け止められるよ」



 若葉とその場で別れ、家路につく。

 嘘だったら? は特に考える必要はない。


 本当だったら? 当然彼女は被害者、責める事なんてできない。

 汚された? 頭で考えれば汚いとは思わない。

 彼女をもっと大事にして、守っていきたい。

 なんだ、別にどっちでも問題ないじゃん……


 抗うことができない喪失感に蓋をして、考えるのをやめた。



 それでも、真実を確かめずにはいられない。

 日中はずっとその方法を模索している。

 彼女には当然聞けない。

 ストレートにはもちろん、回りくどく聞いても答えてはくれないだろう。

 事件の当事者以外は知らない情報のため、元同級生とかに聞くのも無駄。

 光のお母さん……に聞くのも大分ハードルが高い。

 彼氏です、と自己紹介した後に娘の最もデリケートな部分を知りたがる彼氏なんて、嫌だろう。

 つまり、詰んだ状態だ。

 

 できる事と言えば、事件そのものではなく間接的に聞く事。

 唯一の糸口であるバレーを辞めた原因をあくまで、偶発的に。

 

『そういえば彼方君、明日学校で練習試合あるんだって?』

 光に伝えるのを忘れていた。当然全力は尽くすが、カッコよく勝てるか分からないしな……

『ごめん、言うの忘れてた。つまらないから見ない方がいいよ?』

『えー、彼方君が練習しているのたまに見てるけど、うまいじゃん』

 そうだったのか……見られていると思っていなかった。


『そんな事ないよ、弱小テニス部だしね』

『明日、応援するよ』

『ありがとう。バレー部もあるだろうから、無理しないでね』

『少しくらいなら抜けられるから、大丈夫』

『バレー部も大会前で、熱入ってるよね。光もプレーしたくならない?』


 このくらいならどうだ……?

 やっぱり、返信が少し遅い。


『んー、バレーは好きだけど、ちょっと昔にあってね』

『昔はプレーしてたって事?』

『うん……中学校の時もバレー部で……でも色々あってプレーはやめたの』


 これ以上聞けない返し方。一度に聞くのはまずい。


『そうなんだ。でも好きなバレーに良い形で関われてるから、良いよね』

『うん、バレーは大好き』


 違う話題も振っておくか……


『大会終わって一息ついたら、プールにでも行かない?』

『あー、私カナヅチなんだ。ごめん』


 これは意外だな。彼女はスポーツ万能だって聞いたけど。


『全然泳げなくて。学校の授業も全部見学にしてる。走るのとかは得意なんだけど』

『それならしょうがないね』

『水着が見たいんだったら……今度部屋で見せてあげようか……?』

『楽しみにしておくよ』

『うん……』


 冷たい反応と思われただろうか……?

 でもしょうがないんだ。

 彼女の過去以外の情報は、興味が薄れてきてしまっているんだ。



「彼女、応援に来てるわよ」

 夏希に肘でつつかれる。

 彼女は若葉と一緒に、テニスコートのフェンスに張り付いてこちらを見ていた。


「『君に勝利をプレゼントするよ』とか言ったら?」

「あー、恥ずかしいからいいよ。そんなの」

 試合前の緊張、というだけではおざなりな反応を訝しむ夏希から離れ、コートに立つ。

 主審役の先輩から、試合開始が告げられる。



 相手は同学年だがストロークのミスが多いタイプだった為、繋げるテニスで難なく勝利できた。

 彼女はもう居ない。バレー部の練習に戻ったのだろう。

 握手をして、次の試合の応援に回る。


 全試合を終了し、相手高校が帰っていった。

 軽いミーティングの後、本日の部活は終了となった。

 ラケットバックを脇に抱えた夏希に話しかけられる。

「まだ、お悩み中なの?」

 ああ……こいつにはキス云々の相談をしたままで終わっていた。

 もう、そんなレベルの話では無くなっているのに。


「別に……もう解決したよ」

「わっかりやすく、まだ悩んでるね」

「でも本当、大丈夫だから」

「そう……」

 これ以上聞いても無駄と感じ、追及するのをやめた様だ。


「今日も桜木さん待ってくの?」

「うん」

「じゃあ、また明日ね」

「ばいばい」


 正直帰りたいが、あの話を聞いた後に見送りをやめたとなると、若葉の反応が気になる。

 若葉と一緒じゃ今日は何も聞けないし、疲れるだけだ。



 またエントランスで光を見送る。

 光の姿が見えなくなってから、若葉。

「カナタ君。もしかしてだけど、過去の話を光に確かめようとしてないよね?」

「してない、そんな事聞けるわけないだろ」

「光にさ、昔のことをカナタ君に聞かれたら教えてって言ってあるんだ。嘘ついたね?カナタ君」

 若葉の眼光が強まる。

「いや……偶然にというか話の流れでーー」

「嘘 つ い た ね」


 若葉の眼光に射抜かれ、動けなくなる。

 あんな一言まで、こいつに報告してるってのかよ……

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