第8話 行石

「これが、光の初体験」

 しゃべり終え、ジッとこちらを見る若葉。

 こちらの反応を伺っている様だ。


「うん……若葉の真剣な気持ちも、こんな話を僕にしてくれる信頼も分かった。だから正直に話す。はっきり言って信じられない」

「信じられない……か。でもこれは確かに光から聞いた事だよ。こんな事はさすがに話さないって思う? 光は私に隠し事は一切しない。隠す必要もない」

「隠し事をしないのは本当にそうなんだろうと思う。だから光か若葉、どちらかが嘘をついている。

もしくは誇張しているか……」

「信じたくない気持ちは分かるよ。でも嘘つき扱いはひどいな。私の事を警戒してるから?」

「とにかく話してくれてありがとう。光にはもちろん話さない」

「だからそんな――」

「もういいだろ! 金はここに置いてくから!」

 千円札を数枚、放り投げるように放つ。


 そこから走った、めちゃくちゃに走った。



 何を言ってんだ、あのくそ女。

 彼女の初キスが、ナイフで脅されてレイプ中にだって?

 ありえない。

 何を言い出すかと思ったら、イカレてんのか?

 執着心が強いだけじゃない、妄想癖までヤバいぞ。

 完全に病人だ。

 そんな事あり得ない事だ。

 


 でも、もし本当だったら?

 


『どうだった? 若葉とのデー―――トは』

 ……若葉から何も聞いてないのか?何て答えよう。

 若葉が先に適当なウソをついていてくれれば、それに合わせるだけと思っていた。


『うん、楽しかった。何回かときめいた』

『うわきもの 彼女の親友とデートに行くなんて』


 ポンッ

 猫が顔を真っ赤にして怒っているスタンプ。


『ごめん、うそ。ってかすんなり許可しましたよね……?』

『ちょっとからかっただけ。でも良かった、楽しんでくれて』

『若葉も彼方君の事気に入ってるみたいだし』

『彼方君も、若葉ともっと仲良くなって欲しくて』

『ほら、若葉ってあんな性格だから誤解されやすいけど』

『私にとっては、本当に大切な親友だから』


 ポンッ

『あれ?』


 ポンッ

『彼方君?』


 ポンッ

『寝ちゃった?』


 返事をする気になれなくて、スマホを置いたまま。

 若葉若葉って……

 もうしばらく、その名前を出さないでくれないかな。


 ポンッ

『楽しかったんだ、カナタ君は』

 ポンッ

『次は逃げないでね』



「おっはよ! って何その顔! 朝から人糞でも踏んだ?」

「なんか10歳くらい老けてね?」

「おはよ」

 スタスタ。


「スルーすんなよ!」

「うるせー、僕にかまうな」

 スタスタ。


「見ました奥さん?」

「これはいよいよですわね……」

 普段ノリの良くない比呂戸まで小芝居に付き合っている。

「まさか? ついに破局?」

「分かった分かった。僕が悪かった。話を聞いて下さい」


 今の状況――特に光と若葉の距離が近すぎる事に関してのみ相談してみた。


「それは何ていうか……うーん、まあねえ。……確かに異常かも」

 オブラートに包もうとして、結局ストレートに言ってしまう夏希。

 このぐらい見え透いていると、楽なんだけどなあ。


「あっ、ごめん。まあ距離感なんて人それぞれだし、何とかなるよ」

「はい。中身ゼロの励まし頂きました~」

「ごめんなさいね~想像上にコメントしづらい相談だったので~」

「桜木に『なんでも話しすぎるな』って言うだけだろ?」

「それを言った事がソッコー筒抜けになって、若葉に睨まれるだけだよ」

「付き合ってるのはお前と桜木だろ? お互い好きなんだろ? それだけじゃね?」

 僕の幼馴染-ズって、結構単細胞ね……


 でもそういう言葉から元気を貰える時もある。単純に前進しかないって気持ちになる。

「そうだよな。一世一代の告白をして、彼氏に昇格して、どんどん好きになって貰えたんだ」

 自信がムクムクと隆起してゆく。


「やあああるぞおおおおおおお!!」

「お、炭鉱で働く少年だ」

 頭の中で、パズーの吹くトランペットが鳴り響いていた。



「彼方君、おはよう」

「お、おはよう」


 何てこった、今日は彼女の方が校舎の前で待っていてくれた。

 当然若葉も隣りにいる。


「昨日はありがとね、カナタ君」

「こちらこそ、誘ってくれてありがとう」


 光の前ではこういう感じで行こうってか。了解了解。

 じゃあ我々はこれで……といった感じで去る幼馴染二人。

 元気をありがとう。真っ向から戦うぜこのイカレ女と、


「今日は夜練ないから、3人で帰れるよ」

 屈託のない笑顔で話す彼女。別に2人でいいのになあ。

「分かった。じゃあ部活終わったら校門で待ってる」



 放課後。

 3人で光の家まで向かう。

 母親がこの時間居ないと言うので、彼女を家まで送るという流れに。

 恐縮しつつ、左腕を大きく振る彼女がエントランスに消えた。その5秒後。


「前の公園で、少し話そうか」

 恐ろしく冷たい声。

 初めてキスをした公園で、負ける訳にはいかない。

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