第6話 叫び
「おはよー、時の人」
夏希がぴょんと跳ね、手を挙げる。
「おはよう……」
「おおっ、渋い、大人の表情。さすが学校一の美女の彼氏様は違うね♪」
朝、登校時。
比呂戸は朝練のため不在である。
あれから僕と光が付き合っている事が急拡散し、話た事もない奴らから急に質問される事が増え、正直辟易していた。
僕らの関係は一部の人間(幼馴染ーズ、金森若葉)にしか教えていなかった。
校門で待ち合わせもしているし、秘密にしているという訳ではなかったが。
『あいつら、なんか仲良くなってる……まさか付き合ってる? でも金森若葉もいるしなあ』
周りの認識はそんな所で止まっていたはずだ。
かといって、金森若葉にその疑問をぶつける事ができる命知らずはこの学校にはいない。
「まさか、獅子身中の虫がいたとはな」
「自分を獅子だなんて、乗りに乗ってるー♪ でも広めたの私じゃないよ。あんたがソッコーで振られたらかわいそうじゃん。質問責めされ始めたのって、噂が大分広まってからだよ。」
「そうだよなあ……比呂戸はあり得ないし」
固きこと岩のごとし、比呂戸がペラペラ話す事はない。
「あんたの事聞かれすぎて、もう反射で完璧に答えられるわ……」
「水島ってどんなやつ? 何で仲いいの? なんで桜木さんと付き合ってるの?」
「昔からテニスやってて、そこそこうまい。勉強は学年で真ん中くらいかな。性格は頑固なとこもあるけど基本優しいと思う。家が近所で小学校から一緒だからね、でもそんなには仲良くないよ? 付き合った経緯は聞いてないなあ、そこまで仲良くないし」
ノータイムで答える夏希。
「当たり障りない内容と、そんなに仲良くないで一点突破か」
「優しいってフォローしてるじゃん」
「いや、ありがとう。迷惑かけてすまん」
「そういう態度、いーよいーよ。でも後で何かオゴってよ」
正直ちょっと気持ちが軽くなった。
質問責めと、遠くからのひそひそ話で削られた精神が少し回復した。
「有名人と付き合う税金みたいなもんだね。頑張りなよ」
「おうよ」
まだ若干憂鬱な気持ちを引きずり、校門をくぐった。
やっと昼か。
精神の疲れで、体は重いがやる事がある。
チャイムと共に席を立とうとした吉岡君に声を掛ける。
「吉岡せんせー、今日お昼ご一緒してもいいっすか?」
「な、なんだよ気持ち悪い」
吉岡君。友達というほどではないが、話せるクラスメート。
ぼっちという訳ではないが、一人でいることが多い。気のいい奴。
そして光・金森若葉と同じ中学校出身。
「なーんでも好きなもの、食べて下さい」
「じゃあ遠慮なく」
スペシャルランチ 800円
さして美味くもない学食の、一番の花形メニューだ。
「なんか視線が気になるんだけど……」
「悪い、ちょっと我慢して」
学食なんて3学年の生徒が集まる場所に出たら、好奇の視線がえらい事になる。
「で、桜木と金森の話だっけ? もちろん俺は二人と話した事なんてないけど、有名人だからねー、二人とも。俺の知ってる範囲でなら教えるよ」
「助かる」
「まあ桜木はモテたね。入学したての頃は今よりもっと線が細くて、美人っていうより美少女って感じ? でも性格いいから、常に誰かがまとわりついてる感じだったね。金森も今ほどギラいてなかったし」
「ふんふん」
「スポーツもすごかったなあ。2年の体育祭の時、金森とバッテリー組んでソフトボールで優勝しちゃってたしね。全試合ほぼ完封」
「ほおほお」
「2年の秋ぐらいになってからかなあ。桜木がバレー部辞めて、ちょっと人を避ける様になったっていうか。人当たりはいいけど、深い付き合いはしない、みたいな。金森が性格きつくなったのもその辺じゃない?」
「え?バレー部辞めた?」
「そうだよ。昔はプレーヤーだったはず。怪我……したんだったっけな」
そうだったのか……。
「昔から成績上位だったの?」
「そこまでは分からないなあ……でも家庭教師付け出してから成績が伸びたとは聞いた」
家庭教師か……これも新しい情報だ。
「他になんか事件とか、有名な出来事とかはある?」
「桜木……っていうより、事件起こしてたのは金森だね。金森がレズだってしつこく言ってた奴がいて……そいつの事ボコボコにしちゃってさ」
「わーお」
「もちろん大問題になってさ。なんとか警察沙汰にはならなかったけど、そいつ学校来なくなっちゃった」
「わーお」
聞いていた話ではあるが、加害者じゃなく被害者が登校拒否ね……よっぽど怖い目にあったんだな……
「ほかにも小さなモメ事はすごい多いよ。あいつ桜木の事になると、すごいから」
「光もそんな事されて迷惑じゃないの?」
「さー、どうなんだろうね。桜木が金森を止める事はあったけど、ずっと一緒に居たからそんなに迷惑じゃなかったんじゃない」
うーん、光は迷惑ならはっきり言いそう。金森若葉の事べた褒めだしな……
吉岡君は、もう少しでスペシャルランチを食べ終わりそう。
「ごめん、最後に1つ。柳田って知ってる? どんな奴?」
「ああ~、いたね。陽キャの中の陽キャ。ヤリチンオブヤリチン。俺は大嫌いだったけどあれが陽キャパワーなのかな…男からも女からも好かれてた」
うえ~やっぱりそんなヤツか。
「もしかして、光にちょっかい出したりしてた?」
「どーなんだろう。よく喋ってるの見たけど、金森センサーに引っかからなかったから、嫌がる事はしてなかったんじゃない?」
金森若葉的ノットギルティって事か……柳田の陽キャパワーなのか、他に理由があるのか。
「ごちそうさまでした。でもこんな事本人に聞きゃいいのに」
「それができなくてねえ……」
「なんか知らんけど、頑張れよ。モテ男と付き合うよりは応援できる」
やっぱりいい奴。でも陽キャに恨みでもあるのか?
その日の放課後。
今日は水曜日、テニスコートは女子が占有しており男子は実質オフ。
本当は基礎トレーニングに充てるという事になっているが、帰る者も多い。
開け放たれた体育館の扉辺りから、中を覗いていた。
バスケ部とバレー部が、青春の汗を煌めかせている。
一際熱いプレーで目立っている男、比呂戸。
普段はボーっとしているが、バスケをしている時は別人だ。神の子バスケの子。
お隣のバレー部は男女に別れ、サーブ練習中。
光も声出しを頑張っている様で、きれいな声が体育館に響いている。
ふと目が合うと、少し驚いた表情をして軽く手を振った。
やがて僕に気付いた金森若葉が、笑顔のまま小走りで近づいてくる。
「カナタくーん? 覗きはダメよ?」
こいつ……親・幼馴染以外では光にしか許していない呼び方を……!
ザ・筒抜け状態。分かってるけどしんどいな……
「私もカナタ君呼びでいいよね? 光と一緒がいいから」
「もちろん。じゃあ僕もワカバって呼ぶね」
「えー、なんか親密な感じ♪」
妙にテンションが高い。
「ごめんね、本当に部外者見学禁止なの。外野が見てると気が散っちゃうから。あと今日も夜錬だから遅いよ。光は私が責任もって家まで送るからさ、心配しないで」
若葉にそう言われると、なんだか心強い。
「そうなんだ。じゃあ、今日はおとなしく帰るよ」
「あ、ねえねえカナタ君。今週日曜ヒマ?」
「ん?まあ暇だよ」
「じゃあさ、私とデートしない?」
デデデデデデデデデート⁉ 若葉と⁉
「もちろん光には許可を貰うよ? 光の事知りたいでしょ? 色々教えてあげようと思って」
正直魅力的な提案だが……何かしら罠の可能性もある。
「ちょっと、黙られると傷つくんだけど」
傷つくと言いながら、冗談交じりの言い方。
「僕ごときが、若葉を満足させられるかな~、って考えてた」
「気が乗らないなら、光情報を一部前払いであげようか。光さ……
カナタ君とのキスが、初めてじゃないよ」
え?
「じゃあ細かい事はメッセージでね」
そう言って練習に戻る。
しばらく動けなかったが、部外者見学禁止のルールを思い出し動き出す。
そうかあ……
膝をつきたくなる程悲しい気持ちを、「やっぱりな」という気持ちで塗りつぶす。
あんなに可愛かったらそうだよ。うん、しょうがない。
処女厨なんてダサい、キモい。
付き合ったことが無くても、キスぐらいするわな。
僕なんかとキスをしてくれた事がすごい事。
駅までどう歩いたか覚えていないが、電車に揺られながら今週日曜の予定は決まったな、とぼんやり思っていた。
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